受信したメールがポップアップで表示されると、画面を切り替えて見てしまう。スマートフォンの通知音が鳴るたびに相手先を確認せずにはいられない……。そんな人は少なくないでしょう。情報過多の時代に、私たちはどうしたら目の前のことに集中できるのでしょうか。その具体策を解き明かし、オランダで10万部超えのベストセラーとなった書籍の和訳版が『 脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術 』(マルク・ティッヘラー、オスカル・デ・ボス著、児島修訳/日経BP)です。本書の翻訳を手掛けた児島修さんは「仕事とプライベートの充実に欠かせない知識を得られる本」と評します。インタビュー後編では、そんな本書と併せて読むことをお薦めしたい4冊を聞きました。
集中力のすべてを網羅する「集中力本」の決定版
既刊の集中力に関する類書と、『 脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術 』(マルク・ティッヘラー、オスカル・デ・ボス著、児島修訳/日経BP)との違いはどんなところにありますか?
児島修氏(以下、児島) 集中力に関連する本との比較でいうと、今までの類書は、集中力を複雑化しすぎるか、逆に単純化しすぎる傾向がありました。この本はバランスがよく、シンプルですが集中力の全てを網羅している。阻害要因は4つしかないというところから考えていけますし、対策も具体的なものばかりです。ずっと使っていけるシステムじゃないかと思いました。そういう意味で、既存の集中力本を読んできた方にも、決定版として手にとってほしい1冊です。
この本を翻訳してから、ご自身の働き方も変わったそうですね。
児島 集中して仕事を終えると、余裕ができて心身ともに快適です。脳をオフにする時間が新たな活力も生む。するとそういう働き方を維持したいと思うようになりますし、「空いている時間も何かやらなければ」と追い立てられてむやみに時間を使うことが、いかに意味がないのかも見えてきます。それが見えていない時は、私自身ひたすらやらなければいけないと思い込んでやっていたので、偉そうなことは言えませんが。
脳をオフにすることの効果を知ることで、積極的にそういう時間を持とうという意識にもなれました。この本の原題は『Focus AAN/UIT(オランダ語でON/OFFの意味)』なのですが、翻訳が済んだ時点で、「脳をオフにすることがポイントですね」と編集者の黒田さんにお伝えしたことが、日本語タイトルのきっかけになったとお聞きしています。
『脳オフ』と併せて読んでほしい4冊
その一部をご紹介いただけますか?
児島 何かをやめることは、ネガティブなイメージがあり、とにかく続けることが良いことのように思われがちですが、『 やめる 最良の人生戦略 』(ジュリア・ケラー著/児島修訳/日経ビジネス人文庫 ※2023年に刊行された『 QUITTING やめる力 最良の人生戦略 』を2026年6月に文庫化)は、今までやらなければいけないと思っていたこと、当たり前だと思っていたことをやめてみる大切さが書かれている本です。
『 やめる 最良の人生戦略 』は、生物の行動特性やアスリートなどさまざまな事例を紹介しながら、思い切ってやめることで解放され、初めてやる必要がなかったと分かる「やめること」の妥当性を解き明かしています。今やっていることをやめてみると新しいことができる。集中することで心の余裕や時間の余白が生まれ、自分が進むべき道が見えてくることに、つながるものを感じます。
それをさらに推し進めると『 DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール 』(ビル・パーキンス著、児島修訳/ダイヤモンド社)に行き着きます。人生の時間は限られているのだから、本当に自分のやりたいことをやりましょうという本書は、お金を貯めることではなく、どう使い切るか、どう生きるかに焦点を当てています。一番自分のやりたいこととは何なのかを考えさせてくれる本です。
SNSやネットによって、個人も集団もいかに集中力が奪われているかを書いているのが『 奪われた集中力:もう一度“じっくり”考えるための方法 』(ヨハン・ハリ著、福井昌子訳/作品社)です。著者はイギリス人のジャーナリストで、3カ月間ネットをやめてみるなどの実験も行い、世界各地の専門家や研究者に取材した研究結果が紹介されています。ルポルタージュ的な面もあるジャーナリスティックな1冊です。SNSやショート動画、人工知能(AI)などさまざまな刺激の中で、いかに影響を受けないようにしていくかが語られています。
『 アート・オブ・スペンディングマネー 1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか? 』(モーガン・ハウセル著、児島修訳/ダイヤモンド社)は『 サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット 』(モーガン・ハウセル著、児島修訳/ダイヤモンド社)の続編で、自分にとって幸せなお金の使い方とは何かを考えるためのヒントが書かれています。時間やお金をどう使えば幸せになるのかを考えるという意味では、集中力によって生まれた余白をどう生かしたいのか考える際にも通じる点があります。
翻訳で大事なのは「読者に伝わるか」
翻訳をしていて苦しいことや、苦労することはありますか?
児島 意味が分からないとか、書いていることに共感できないということは、稀(まれ)にありますが、翻訳の仕事は原文がありますので1行も進まないということはありません。むしろ苦しいのは、仕事量が多すぎるとそれをこなすために自分の時間をいかに投入するか、時間と体力の勝負になってしまうことです。
仕事量をセーブすると決める前は、忙しくてほかの本を読む時間もありませんでした。1日やっても原文の数ページしか進まないので、ほんの数ページ分しか接する世界がない、本当に狭い世界に生きている感じがして辛いと感じることもありました。
ただ、翻訳自体がつらいわけではないのです。人が書いていることを自分の言葉で書き起こしますので、自分の考えではないことを自分の言葉で語るというある程度の制約があります。多少自我が抑えられることはあるかもしれませんが、翻訳をやっている人はそこに不自由を感じてはいないと思いますし、むしろその制約が楽しいと思ってやっています。
数多くある翻訳本の中でも、児島さんが翻訳した本はヒットが目白押しです。理由はどういうところにありますか? 翻訳する際に意識していることはありますか?
児島 いろいろ失敗を繰り返してやっていくうちに、だんだん「こうすればいいのかな」と思えるようになってきたのではないかと思います。原文通りに訳してはいても、訳文のちょっとしたニュアンスで、分かりにくくなったり、意味がずれていってしまったりすることは多々あります。ただ訳すのではなく、どうすれば伝わるのか、ということを常に意識しています。
翻訳では、よく「直訳か意訳か」と言われますが、私は結果的にどちらになったとしても、作者が伝えたかったことの意味が読者にきちんと伝わることが一番大事なのだと考えています。
たくさんやっている中で、「今までこうやっていたけれど、こんなふうにやったほうがいいんじゃないかな」というのが、少しずつ積み重なっていったのかもしれないですね。自分で気づいた部分もありますが、読者や編集者、校正の方に指摘されての積み重ねもあります。
でも本当に、ヒット作に恵まれたのは運が8割、9割です。当たり前ですが、本がヒットするのは、編集者、制作・販売に関わるすべての人がそれぞれの持ち場でいい仕事をしているからにほかなりません。今回も自分のパートである翻訳を精一杯担当したにすぎないと考えています。
文/中城邦子 構成/黒田琴音(日経BOOKSユニット編集部)、市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子
マルク・ティッヘラー、オスカル・デ・ボス著/児島修訳/日経BP/1980円(税込み)








