3月5日から始まるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に続き、3月27日にはNBP日本プロ野球が開幕する。2025年は、福岡ソフトバンクホークスが5年ぶりに日本一を奪還。緊迫した場面でも選手たちが実力を発揮できるよう、助言してきたのがメンタルパフォーマンスコーチの伴元裕さんだ。ミラノ・コルティナ五輪でも、トップ選手たちのメンタルコントロールはさまざまドラマを巻き起こした。『集中力革命 ブレても力を発揮するメンタルの技術』(Gakken)著者で、「メンタルは磨くことができるスキル」という伴さんに、本番で力を発揮するための集中力について聞いた。
福岡ソフトバンクホークスメンタルパフォーマンスコーチ、株式会社OWN PEAK代表取締役
メジャーでは大半のチームにメンタルコーチが在籍
2025年シーズン、福岡ソフトバンクホークスは最大借金7の最下位から逆転してリーグ優勝。そして日本一と、厳しい状況を乗り越えるたびに強くなって最強のチームになりました。勇敢に戦い続けてくれた選手たちを心から尊敬しますし、メンタルパフォーマンスコーチとして同じ場にいることができたことは誇りです。
メンタルパフォーマンスコーチという肩書は聞きなれないかもしれませんが、アメリカのオリンピックトレーニングセンターには、5人のメンタルコーチがフルタイムで常駐していますし、メジャーリーグは30球団中27球団がメンタルコーチを配置しています。メンタルパフォーマンスコーチ、メンタルスキルコーチ、メンタルトレーニングコンサルタントなど呼称は違いますが、いずれもスポーツ心理学の専門家です。
日本プロ野球界でスポーツ心理学の専門家がチームに帯同したのは、横浜DeNAベイスターズが最初で2022年から、次いでホークスが2024年秋からメンタルパフォーマンスコーチを導入しました。
心の持ち方で仕事のパフォーマンスが変わる
私がスポーツにおけるメンタルパフォーマンスの重要性を意識し、学びたいと思ったきっかけは学生時代のテニスの経験です。テニスは極めてメンタルなスポーツで、頭の中で考えていることが、一打一打のショットに如実に表れてしまいます。心がパフォーマンスに与える影響の強さを実感したのです。
その後、商社に就職し働く中で、人生を変える上司に出会いました。その上司の口癖は、「お前がそこにいた価値を残せ」というもの。ただ時計を見ながら定時を待つのではなく、今日一日を通してどんな進捗を生み出すのか、今日という日にどんな意味があるのかを最初に整理して仕事に臨む。この考え方を実践する中で、心の持ち方によって仕事のパフォーマンスが高まることを実感しました。
スポーツと仕事、両方の経験を通じ、心とパフォーマンスの関係性を体感したことで、この分野を本格的に学びたい、研究者ではなく実践家を目指したいと考え、そのアプローチを学べるプログラムを探した結果、米国デンバー大学を留学先に選びました。帰国し、五輪メダリストやサッカーチーム・アカデミーのメンタルトレーナーをするなかで、ホークスからオファーをいただきました。
60人全員が一致していた「注意を向ける先」
メンタルには大きく分けて2つの領域があります。1つは心の病を予防したりニュートラルに戻したりするカウンセリングのような領域、もう1つはパフォーマンス・エンハンスメント。グッドな状態をグレートなパフォーマンスに支援する領域です。私の専門は後者ですが混同される方もいますし、まだ日本のプロ野球ではなじみが薄い存在ですから、選手たちに受け入れてもらえるだろうかと懸念していました。しかし杞憂(きゆう)でした。最近の選手たちはメジャーリーグのトレーニング方法や技術のトレンドにも敏感です。そんなこともあり、ホークスの選手たちから球団に、スポーツ心理学の専門家の導入を希望する声があがっていたようです。
最初に何を伝えたらいいのか考えたときに、彼らにとっての一番のテーマはプレッシャーがかかる場面で、いつも通りのパフォーマンスを発揮するためにはどうしたらいいかというだろうと思いました。本人たちの実感から、何に注意を向けるといいパフォーマンスができるのかを一緒に検証していこうと決めました。そこで春のキャンプで最初に行ったのが、前シーズン後半で「最も良いパフォーマンスを出せた試合」と「最も出せなかった試合」を思い出してもらい、プレー中に注意が向いていたことをすべて書き出してもらうことでした。
結果は驚くべきものでした。60人の選手全員が、良いパフォーマンスを発揮していた時は、打ちたい、勝ちたい、抑えたいという結果への執着ではなく、今この瞬間に起こっている具体的な行動に意識を向けていたのです。ある選手はボールだけを見ていた。別の選手はピッチャーのモーションをぼんやりととらえていた。投手の中には、リズムやテンポに集中していた選手もいれば、キャッチャーミットだけを見ていた選手もいました。意識を向ける先の具体的な内容はそれぞれ異なるものの、行動に意識を向けるということは全員が一致していました。
この結果は、スポーツ心理学の知見とも重なる内容でした。重要なのは、今この瞬間に意識を向けること。プロ野球選手は何万人もの観客が見つめる中で結果を求められます。そのプレッシャーは計り知れないものがありますが、結果がどうなるかを考えると不安や焦り、緊張が生まれパフォーマンスは下がります。注意を向けるべき対象が何なのか、それは結果ではなく今ここで起こっていることです。たとえ一瞬、ほかに意識が飛んでしまってもそれに気づいたら、この瞬間の自分のプレーに注意を戻そうという原則を、春のキャンプの段階で選手と共有できたことが、シーズンを通じて基盤となりました。集中力や緊張との向き合い方は、性格ではなく、自らコントロールできる技術なのです。そのことを私なりに書いたのが『 集中力革命 ブレても力を発揮するメンタルの技術 』(Gakken)です。
集中力とは保つものではなく、戻すもの
多くの人が集中力とは「集中を保つ力」だと考えています。しかし、保つと考えると、保てていない時に、「自分は集中できていない」と感じてしまう。そして集中が保てていない自分を否定し始めてしまいがちです。しかし、集中が切れない選手などいません。集中力とは、気が散ったときにそれに気づき、再び必要なことへ意識を戻せる力なのです。
どれだけ早く、意識を本来向けるべきことに注意を戻せるかが重要です。日本を代表する選手である近藤健介選手や柳田悠岐選手でも、集中がそれることはありますが、それに気づき、自分の中で戻るべきポイントを具体的に持っているから、次の行動に迷わないのでしょう。
集中を戻す先は、個々の選手によって異なります。例えば、野村勇選手は2025年シーズンにキャリアハイの成績で活躍しました。ここで結果を出せなかったらレギュラーから外されるかもしれないという不安との闘いは常にあったはずです。自分のフォームはこれで正しいのか、構えやスイングはあっているのか、これで打てるのかと、いろいろなところに意識が飛ぶと自分との戦いが始まってしまいます。そうではなく、集中するものを絞る。野村選手の場合は、自分が狙うゾーンに入ってきたボールだけを見ることに絞っていた。私がしたことは、そこに注意を戻し続けるための支援をすることだけでした。
心理学を学ぼうという決意の背中を押した1冊
私が心理学を学ぶきっかけになったのは、商社勤務時代に読んだ本が稲盛和夫さんの『 生き方 』(サンマーク出版)です。
人生・仕事の成果は、「能力 × 熱意 × 考え方」で決まるという考え方を軸に、人としての在り方や思考の土台を示す一冊。能力や熱意は0だったとしても、掛け算の結果はマイナスにはなりませんが、考え方はプラスもマイナスもある。ネガティブな考え方を掛け算したら、成果として180度違うものになる可能性を孕んでいる。それほど考え方は生きていく中での成果に直結するものなのだということが、稲盛さんご自身の経験とともに書かれています。それはまさに仕事の中で私が感じたこととマッチしていました。心とパフォーマンスの関係性について本格的に学びたいという思いの背中を押してくれた本です。
もう1冊ご紹介するのは、『 〈叱る依存〉がとまらない 』(村中直人著、紀伊国屋書店)です。スポーツの指導だけでなく、仕事の場面での上司・部下、部活動の先輩・後輩、あるいは家庭での親子の関わりの中でも起きやすい「叱る」ですが、そのとき脳で何が起きているのか。「叱る」「正す」という反応が、どのような思考や前提から生まれているのかを構造的に理解できる本です。特に「処罰感情」という視点は目からうろこでした。人は「叱りたい」欲求とどう向き合えばいいのかを知ることができます。
取材・文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/後藤麻由香
後編 ホークス伴元裕メンタルコーチ、三振後に「切り替えろ」と言わない理由



