コロナ禍で加速したDX(デジタル・トランスフォーメーション)の取り組み。その後も減速することなく、世界中の企業がDXを目標として掲げているが、なぜうまくいかないのか。「DXプログラムの87%が当初の期待に応えられていない」という調査研究もある(注)。1500人を超える企業のデジタルリーダーの経験やインタビューから得た洞察をもとに「DXのベストプラクティス」をまとめた新刊書籍『 ハッキング・デジタル DXの成功法則 』(日本経済新聞出版)の著者、横井朋子氏に聞いた。

 デジタル技術は組織を改善するために何ができるか。そんな当初の興奮は乗り越えたものの、いまだ多くの経営幹部が「とはいえ、どうすればいいのか」と悩んでいます。私たちがいるスイスのビジネススクールIMD(International Institute for Management Development)でも、プログラムに参加するエグゼクティブの多くが同じ課題に直面していました。そうした悩みや疑問に答えるためにまとめたのが、『ハッキング・デジタル DXの成功法則』です。

 IMDのマイケル・ウェイド教授をはじめとする私たち4人のチームは、過去10年に及ぶ調査研究、そして1,500人を超える企業のデジタルリーダー(CEOやCDO、CXOなど)へのインタビューから得た洞察をもとにDXの成功を左右する課題を明らかにし、それらを解決するための方法(ツールやベストプラクティス)をまとめました。この本全体が、DXで成功を収めるための方法を示した実用的なガイドブックとなっています。

『ハッキング・デジタル』の共著者。左からウェイド、ボネ、横井、オブウェゲザー(著者提供)
『ハッキング・デジタル』の共著者。左からウェイド、ボネ、横井、オブウェゲザー(著者提供)
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 全体を通じて浮かび上がってきたのは、DXだからといって必ずしも「デジタル技術」の問題ではないということです。むしろ、DXがうまくいかないのは「マネジメント」の問題です。DXはIT化やデジタル化ではありません。私たちはDXを「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いて組織を変化させ、業績を改善すること」と定義しています。

キャタピラーは何を間違えたのか

 例えば、建設や採掘、運送業界向けに大型機械を製造・販売している米キャタピラーの例を見てみましょう。
 同社とその顧客にとって、コネクティビティ(デジタル・サービスでつながること)がもたらす恩恵は明らかでした。例えば、建設機械にセンサーやGPS発信器を取り付ければ、遠隔地でも機械の使用状況を確認して、ダウンタイムの削減や生産性の向上、燃費の改善、資産管理(機械の紛失は意外に多い)に取り組むことができます。
 機械の使用状況から故障を予見して補修部品を提供することも、製品開発の知見を得ることも可能です。キャタピラーでは、経営トップがデジタル化の推進を指示し、専門チーム(CATコネクト)を立ち上げました。

 しかし、取り組み開始からわずか5年後、同社のほとんどのデジタル・サービス販売施策が中止となってしまいます。
 キャタピラーは何を間違えたのでしょうか。

顧客の疑念を払拭できていなかった

 1つは、「新たに導入するデジタル・サービスにどんなメリットがあるのかを十分に説明できていなかった」という問題です。このため、顧客側からの引き合いがほとんどありませんでした。
 そもそも顧客は、この新たなデジタル・サービスに代金を払う必要性を感じていなかったのです。それどころか、「収集されたデータがどう使われるのか」「自分たちのデータが、キャタピラーの取引先である競合他社の手に渡るのではないか」と懐疑的に捉えていました。

 さらには、顧客企業のなかで「購買責任者」「オペレーター」「現場監督」といったそれぞれの立場ごとに、新サービスに対する考え方が異なっていました。購買責任者は、コストを最小限に抑えたいので、できれば無償で新サービスを提供してほしいと考えています。一方、オペレーターは、「このサービスによって自分の働きぶりが上司に監視されるのではないか」と不安視していました。
 そして、この新サービスで最も恩恵を受けるのが現場監督ですが、彼らが購買プロセスの意思決定に参加することはありませんでした。

 もう1つは、「新サービスを販売する際のインセンティブ」の問題です。新たなデジタル・サービスが収益と結び付かなかったのは、顧客がお金を払いたがらないだけでなく、営業チームがそのサービスの販売に力を入れていなかったからなのです。
「30万ドルの建設機械を売るなかで、なぜ月額20ドルの新サービスを追加することに時間を割く必要があるのか」。彼らはそう考えていました。

 また、インセンティブの問題は、社外にもありました。機械を売るディーラーや代理店にとって、この新サービスは「脅威」に見えていたのです。キャタピラーは自分たちを飛ばして、顧客に直接、補修部品を販売するつもりではないかと。
 これでは、いくら画期的なデジタル・サービスでも普及しません。デジタルで稼ぐ新しい戦略も、こうしたマネジメントの問題で壁にぶつかってしまうのです。

(図表1)「製品」から「サービス」への変革ジャーニー(出所:ウェイド他『ハッキング・デジタル』)
(図表1)「製品」から「サービス」への変革ジャーニー(出所:ウェイド他『ハッキング・デジタル』)
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デジタルチームを独立させるべきか

 DXの成功を左右するマネジメントの問題は、この他にもあります。
 例えば、デジタルチームの在り方です。「DX推進室」のような専門組織をつくったとして、その専門組織にすべてを丸投げしていないでしょうか。
「デジタルチームを他の部門と分けるべきか、それとも密接に統合させるべきか」という議論は今も続いていますが、実際のところ、この2択は間違っています。一般的には、どちらに振り切っても、良い結果は得られません。

 デジタルチームを完全に分離することで、現在のガバナンスや運用の制約にとらわれない、斬新な発想ができるようになります。従来のプロセスや命令系統の束縛から解放されて、変革の勢いは加速するでしょう。しかし、その一方で、デジタルチームが日々のビジネスから孤立してしまうといったリスクも生まれます。その結果、プロジェクトの運用と拡張が行き詰まってしまいます。
 反対に、デジタルチームを完全に統合すれば、デジタル実験から日々のビジネス(業務)への移行をシームレスに行うことができます。しかし、漸進主義や重複を生み出し、新鮮な思考や組織的学習、真のデジタル・イノベーションを犠牲にするといったリスクが生まれます。

 従って、適切なバランスを見つけること、すなわち、デジタルの勢いを加速させるための「独立性」と、成功したプロジェクトを事業全体に移行させるための「統合性」を両立させることが重要です。
 ハイブリッドなアプローチが最もうまくいくのです。デジタルチームを独立させることで勢いをつけるとともに、適切な統合ポイントが分かれば、プロジェクトを前進させることができます。DXが進むにつれて、デジタルな取り組みが業務に組み込まれていけば、やがて専門チームの必要性は減少していくでしょう。

 一般的には「燃料を入れて、滑走路に行き、正しい方角に離陸すれば大丈夫」というふうに、DXは「飛行機」に例えられることが多いのですが、私たちの経験からすると、この比喩は正しくありません。
 むしろ、DXは「トレッキング」のようなものです。しっかり準備することが不可欠ですが、それだけでは不十分です。旅に出てからも油断は禁物。トレッキングを成功させるためには、常に周囲の環境に注意を払い、障害を避け、状況の変化に対応し、仲間たちの意思を統一し、なによりも重要なこととして、忍耐強く歩を進める必要があります。
『ハッキング・デジタル』では、このようなDXの成功を左右するマネジメントの課題を30項目ピックアップし、それぞれについてその課題を解決する手法(ベストプラクティス)を示しています。

DXに問われる社会的責任

 最後に1つ、DXにおける最も新しいトレンドを紹介しておきましょう。
 それは、「DXの社会的責任と持続可能性」です。
 例えば、コロナ禍でウイルスの拡散を防ぐために人々の位置や動きを追跡するスマートフォンアプリが世界中で利用されましたが、同時にプライバシーへの影響を懸念する声も上がりました。どこまでデータを収集して、匿名化するかは、国によって大きく異なります。

 アップルやグーグル、フェイスブック(メタ)、そして多くの通信会社は、顧客や政府、従業員に対する倫理的責任をどうとるかという難しい選択に迫られました。倫理性が、DXにおいて大きな役割を担うようになったのです。
 それだけではありません。このようなプライバシーの侵害の他にも、セキュリティーの侵害や、女性差別や人種差別を行うAIチャットボットによる被害などもあります。非倫理的なデジタル業務によってもたらされるリスクが増えているのです。今話題の「ChatGPT」においても、こうした観点から十分にリスクを注視しておく必要があります。

(図表2)DXの社会的責任、4つのカテゴリー(出所:ウェイド他『ハッキング・デジタル』)<br>
(図表2)DXの社会的責任、4つのカテゴリー(出所:ウェイド他『ハッキング・デジタル』)
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 ヨーロッパでは、こうした問題への対処を「企業のデジタル責任(CDR:Corporate Digital Responsibility)」と総称する企業も出始めています。デジタルリーダーには、デジタルの仕組みや技術が社会や環境に与える影響を定量化し、低減することが、これまで以上に求められているのです。
 そのためには、データやデジタル技術を「社会的」「経済的」「技術的」「環境的」に責任あるかたちで利用するための実践と行動を定義するとよいでしょう(図表2参照)。これらについて適切に対処できなければ、「機会」が「脅威」となる恐れもあります。
 また、DXの倫理性と持続可能性について自社の現状を把握して組織全体で見直しを行ったり、デジタル・プロジェクトの計画段階からその倫理性を考慮したりしておくとよいでしょう。DXの社会的責任は、後追いで対処するよりも、最初からロードマップの中に、あるいは活動の中に組み込んでおいたほうが、はるかに効果的です。

(注)Wade. M.. and J. Shan. “Covid-19 Has Accelerated Digital Transformation but May Have Made It Harder Not Easier.” MIS Quarterly Executive. Vol. 19. No. 3. pp. 213–220. 2020.

取材・文/伊藤公一(日経BP 書籍編集者)