2016年にノーベル賞を受賞した大隅良典氏と共同でオートファジーの研究を推し進め、オートファジー分野で被引用数が世界1位の論文も出している、大阪大学教授で生命科学者の吉森保さん。2020年に刊行した『 LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義 』は、科学的思考を授けてくれる一冊として今なお売れ続けるロングセラーとなっている。そんな吉森さんが、連続起業家・孫泰蔵さんの『 冒険の書~AI時代のアンラーニング 』を読み、感銘を受けたことで実現した今回の対談。実際に教育の現場に立つ吉森さんと、起業家として新たな教育の形を模索する孫さんが、科学とAI(人工知能)、そして教育について、縦横無尽に語りつくす。第3回はオートファジーとAIについて。(全3回)
第1回
「孫泰蔵×吉森保『偏差値を高めるより好きなことをする方がいい』」
第2回
「孫泰蔵×吉森保『AI時代、選択と集中なんて古くない?』」
オートファジーは「パルテノン神殿」ではなく「伊勢神宮」
孫泰蔵氏(以下、孫) 吉森先生の本『 LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 』ですごく面白かったのは、実は「死なない生き物」もいるし、「老化しない生き物」もいる。だから、人間も死ななくなるかもしれない、というお話でした。
吉森保氏(以下、吉森) ハダカデバネズミやアホウドリは老化することがない「不老」で、ベニクラゲは捕食されるなどがなければ死なない「不死」なんですよ。人間は老化して死ぬのが必然だけれども、動物はそれが必然ではない場合もある。面白いですよね。
孫 この「不老不死」は、吉森先生が研究されているオートファジーとも大きく関係しているんですよね。
吉森 せっかくなのでオートファジーについて少し説明させていただくと、オートは自分、ファジーは食べる、の意味。なので、日本語では「自食作用」と言ったりします。僕たちの体は、約37兆個の細胞からできていて、細胞一つひとつが生きています。細胞の中には一種の社会があり、「メンブレントラフィック」という、非常に複雑な交通網が築かれていて、生命維持のための物流システムを稼働させているんですね。オートファジーもその輸送網の一つで、毎日細胞の中身を少しずつ回収して細胞内の工場に運んで分解して、リサイクルし、それによって細胞をリフレッシュしてくれているんです。つまり細胞は自分で自分の一部を「食べている」のです。このオートファジーを止めるとどうなるかというと、心不全やアルツハイマー病など、様々な病気になるわけですね。その中にはお年寄りがなりやすい加齢性疾患もたくさん含まれていて、つまりオートファジーは老化に対抗する細胞の機能と言えます。
よく例として挙げるのは、「パルテノン神殿」と「伊勢神宮」です。前者は石造りで立派ではあるけれど、ボロボロに老朽化してしまっている。後者は、「式年遷宮(しきねんせんぐう)」といって20年に一度、完全に新しい社殿に建て替えるのでピカピカなんです。細胞というのはもう何億年も前から、自前で式年遷宮をやっているようなもの。しかも20年単位ではなく「毎日」です。なので、年齢と共に下がってしまうオートファジーの働きをできるだけ維持できれば、僕たちの健康寿命は延びる可能性がある。僕は25年以上そんな研究をしています。
孫 ちなみに吉森先生は、不老不死についてどうお考えなんでしょうか?
吉森 僕は、不老はいいなと思うけれど、不死はいやですね(笑)。不老のハダカデバネズミは、まさに「ピンピンコロリ」の言葉通り、老化をしないままある日突然死ぬんです。人間に置き換えると、元気で意識がはっきりしたまま突然死が訪れるので、恐怖といえば恐怖かもしれません。老化して認知症になるのも、ある種死の恐怖を感じなくて済むとか、悪い面ばかりではないと考える医師も少なくないですし。
とはいえ、先ほども「健康寿命」と言いましたが、日本人の健康寿命は平均寿命より約10年短いんですね。要するに、人生最後の10年間はほとんどの人が何かしらの病気にかかってしまう可能性が極めて高いんです。病気になるなら長生きしたくないかもしれないけれど、健康寿命を延ばして元気に過ごせるのなら、長生きにも希望はあると思っていて。面倒なことはAI(人工知能)にお願いして、自分は好きなことをする。そんな楽しい未来を描ける高齢者も、増えるかもしれませんからね。
「ChatGPT」はもうAIではない!?
吉森 僕が携わっているオートファジーを含め、生命科学は今急速に発展しているわけですが、AIの進化スピードも目を見張るものがありますよね。
孫 OpenAIの「ChatGPT」などは多くの人々にとっては突然とんでもないものが出てきたように感じるでしょうね。リリースから2カ月で1億ユーザーを獲得したことは、インターネット始まって以来のスピードでした。毎日膨大なデータがやりとりされているので、精度が向上するスピードも桁違いです。
今、AI=generative AIであるかのように紹介されることがありますが、実はAIの定義ってすごく曖昧なんです。AI研究者の中には、「まだはっきりと技術的に定義されていない知性の概念のことだけをAIと定義する」という考え方もあるようです。その点、ChatGPTの「GPT」とは「Generative Pre-trained Transformer」の略で固有の技術名なわけですから、ChatGPTはもう「AI」とは呼ばない、とも言えるんですね。
吉森 そうなんですか。それは知りませんでした。
孫 オートマトン(automaton)、コンパイラ(compiler)、インタプリタ(interpreter)、マシンラーニング(machine learning)、ディープラーニング(deep learning)のような技術もかつては「AI」と呼ばれていました。しかしそれぞれに固有の名前が付けられたことによって、もはやそれらは「AI」とは呼ばれなくなったとも言えるのです。
そこであらためてChatGPTのようなgenerative AIの特徴は何かというと、トランスフォーマー(transformer)と呼ばれる技術にあります。すごくざっくりした言い方をすれば、大事な文字とその文字の並びに注目(attention)する、つまり、人間が文章全体をななめ読みするようなやり方で文章を把握し、入力された質問への回答を生成する仕組みです。この技術は2017年に発表された「Attention is All You Need」という画期的な論文を皮切りに世界中で研究・開発が拡大していきました。現在、ChatGPT のみならず様々なgenerative AIが登場し、まさに日進月歩の発達を続けています。
吉森 今までだったら文章一つひとつから意味を理解・学習させるのが常識だったところを、文章全体をななめ読みするというアイデアの大転換が起こったわけですね。
孫 そうなんです。generative AIが登場するまでは、人工知能研究の最終目標ともいわれている、人間の要求に何でも応えてくれる汎用人工知能「AGI(Artificial general intelligence)」の実現は、今世紀中には無理じゃないかと言われていました。ですが、ChatGPTが登場したことで大きく前倒しになる可能性が出てきて、世界中が騒然としているわけです。
実は人間もあまり考えていない!?
孫 これは僕の個人的な感想なんですけども、ChatGPTのメカニズムを知った時、こんなことを考えたんです。ひょっとしたら人間って、自分ではちゃんと「思考」して話しているつもりだけれど、実はgenerative AIのように、言葉をよくあるパターンで生成しているだけに過ぎないんじゃないか? と。僕たちの受け答えは、実は僕たちが考えているほど、「考えられてはいない」のかもしれないなんて思ったりもしています。
吉森 つまり、オートマタ、自動のからくり人形みたいなものじゃないかということですよね。その可能性はあると思います。というのも、「人間には本当に意思があるのか?」は、生命科学でも長年議論されているテーマなんです。僕たちはAかBのどちらかを選ぶ時、自由意志で選んでいると思い込んでいるんですけど、ある脳の研究では「こっちがいい」と考える少し前に、実はどちらを選択するかは0.35秒の間に決まっている、という実験結果が出ています。その後、いや自由意志はある、ただし0.2秒間、という報告もあって決着はついていませんが、いずれにしろ我々が思うほど人間って考えていないんだと思います。
シナプスという神経細胞の結合で、その脳の神経細胞のネットワークを再現するニューロコンピューターの研究も進んでいます。昔からトンボの羽根の動きを機械でまねるといったいわゆるバイオミメティクスという科学分野がありますがコンピューターも今やどんどん生物に近づいてきている。AIはもはや生き物の進化と似ていて、今や止めようがありません。だからその進化を受け入れつつ、僕たちは粛々とアンラーニングを進めるのが得策だと思いますね。
構成/金澤英恵 写真/小野さやか
数々の問いを胸に「冒険の書」を手にした「僕」は、時空を超えて偉人たちと出会う旅に出ます。そこでわかった驚きの事実とは――。
起業家・孫泰蔵が最先端AI(人工知能)に触れて抱いた80の問いから生まれる「そうか! なるほど」の連続。迷いが晴れ、新しい自分と世界がはじまります。
孫泰蔵 著/あけたらしろめ 挿絵/日経BP/1760円(税込み)



