安定的なビジネスモデルで成長を遂げてきた保険産業も見直しを迫られており、各社がいかにして競争戦略を研ぎ澄ますべきなのか。『2050年の保険業界』の著者であり、保険業界に精通する戦略コンサルタントの福島渉氏に聞いた。

100年間トッププレーヤーの顔ぶれが変わらない業界

著書の中では、保険業界の未来について強い危機感と同時に、大きな期待を持たれている印象を受けました。まず、現在のビジネス環境をどのように捉えていらっしゃいますか?

 保険産業は、歴史的に社会のインフラとして機能してきました。しかし、その固定化された役割や従来の枠組みをただ守り抜くだけでは、もはやこれからの時代に価値を発揮することはできません。個人や企業、そして社会全体が不確実な未来に向かって取るべき「挑戦」を支えることが本来の保険の役割です。そのためには、自分たちの立ち位置を常に更新し続けることで、自らの存在意義を高めていかなければならない時期に来ているのです。
 今起こっている変化は、一企業が単独で最適解を見いだせるような単純なものではないということです。リスクの性質が根本から変わり続けている現在、重要なのは、各プレーヤーが相互に役割を問い直しながら、新しい前提のもとで「価値提供の形」を再構築していく姿勢です。

A.T.カーニー シニアパートナー 福島渉氏
A.T.カーニー シニアパートナー 福島渉氏

立ち位置を更新するためには、具体的に何が必要になるのでしょうか。

 まずは、産業に参加するすべてのプレーヤーがあらためて「自社の戦略」というものを根本から考え直さねばなりません。ベストセラーとなった一橋大学・楠木建特任教授の『 ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 』(東洋経済新報社)という本があります。楠木教授はその中で、戦略の本質を「違いをつくって、つなげる」ことだと言い切っています。
 市場競争において業界平均水準以上の利益をあげることができるとしたら、それは他社との間に何らかの「違い」があるからであり、 その違いをつくるために非常に大切になるのが、「何をやるか」以上に「何をやらないか」という選択だと述べられています。これはこれからの保険業界にとって非常に大切なポイントだと思います。

「違い」という観点で見ると、現在の保険業界はどのような状態にあると言えますか?

 日本はその典型的な例ですが、これまで保険産業は強い規制下にあったこともあり、保険会社にしても代理店やブローカーにしても、各社であまり違いがない「同質的なモデル」で長らく競争している市場が多いのが実情です。
 同質的な競争になるとどうなるか。保険という産業の特性上、大数の法則やリスクの分散効果を生かすという意味でも、人的資源の確保や莫大なIT投資という観点でも、「規模が大きいほうが有利」という構造に陥ります。現に世界の保険市場はこの100年間トッププレーヤーの顔ぶれはほとんど変わっていません。先に一定の規模に達してしまった巨大プレーヤーが、圧倒的に有利なゲームルールの中で競争し続けてきたわけです。

 しかし事実として、この同質的なモデルでの競争が、現在の激しい事業環境の変化に対応できなくなってきている最大の要因となっています。これからの時代に利潤を拡大しようとするならば、自分たちの競争力の源泉をどこでどう創っていくかを明確にし、そうでない領域からは思い切って経営資源を引き上げる(捨てる)という発想が必要です。現に、世界のトッププレーヤーたちは競争優位を極めるために「何かを諦める」という決断をすでにはじめているのです。

際立つ「違い」が、強固なエコシステムを生む

自社の戦略として「違い」を際立たせることが、結果的に他社との共創やエコシステムの発展につながるというのは非常に興味深い視点です。一見すると矛盾するようにも感じます。

 そこが面白いところなのですが、各プレーヤーが戦略としての「違い」を明らかにすることでこそ、協力関係は生まれやすくなるのです。
 ロンドン・ビジネススクールのマイケル・G・ジャコバイズ教授は、成功するエコシステムを設計するためには5つの問いに答える必要があるとしています。具体的には、①他社の価値創造を支援できるか、②自分はどんな役割を果たすべきか、③エコシステムの参加条件をどう設定するか、④自社の組織は適応できるか、⑤どのようにエコシステムを管理すべきか、というものです。

 この中で特に重要なのが最初の2つ、「他社の価値創造を支援できるか」「自分はどんな役割を果たすべきか」です。この問いに明確に答えるためには、自社が戦略として「何をやり、何をやらないか」が定まっていなければなりません。自社の輪郭がはっきりして初めて明快な答えが出せ、自社の弱みを補完し合える正しいパートナーを見つけることができ、エコシステムにおける自社の確固たるポジションを見いだすことができるのです。

 今後の保険産業は、各プレーヤーが自社の「競争戦略」を極限まで研ぎ澄ませ、その上で「共創戦略」をデザインし実践することで、大きな変革と発展を遂げていくと確信しています。

変革という観点では、この10年でテクノロジーを駆使した「ディスラプター」と呼ばれる新興プレーヤーも次々と登場しました。彼らの動きをどう見ていますか。

 様々な新しいプレーヤーが華々しく登場しましたが、蓋を開けてみると、結果的に生き残っているのはこの「歴史的に形成された巨大な産業構造」を深く理解し、そのエコシステムの中で自分のポジションを見いだしたプレーヤーのみだと感じています。
 未来を語る上で、歴史を理解することは極めて重要です。ピーター・ドラッカーは著書『 イノベーションと企業家精神 』(ダイヤモンド社)において、「イノベーションは組織や産業の歴史的文脈と構造を踏まえた分析から生まれる」と論じました。また、アイザック・ニュートンも、先人の業績に学ぶ姿勢を「巨人の肩の上に立つ」という比喩で表現しています

 保険は、資本の循環や大数の法則といった考え方を基盤に、不確実なリスクに社会全体で備える仕組みとして、多様な英知と長い年月をかけて発展してきました。この知の蓄積は、今後の変革においても不可欠な土台(巨人の肩)となります。これからの産業構造転換を進める上でも、まずは保険産業が歩んできた歴史や培われてきた科学を深く知ることが欠かせません。
 保険という産業はビジネスであると同時に、ひとつの科学だと思うのです。科学は先人たちの検証の積み重ねによって成り立っており、一見非効率であったり、顧客からみれば不便なことも多々あったりするのですが、そこに至るまでに様々な試行錯誤と仮説検証があって今の姿になっているという一面もあります。こういった科学的な積み重ねを理解せずに、表層だけをみて事業機会と捉えても決してうまくいきません。
 何を継承し、何を見直さなければならないかを正しく見極めることが大切であり、それができるプレーヤーが勝ち残ると思います。

過去の蓄積を生かしつつ、どのように未来へ適応していくべきでしょうか。

 現在の事業環境に冷静に目を向け、「何がこれからも生かせるのか」、逆に「何が生かしにくくなっているのか」を正しく見極めることが求められます。技術の進歩や社会構造の変化により、従来有効だったやり方が通用しなくなる一方、別の形で価値を発揮できる要素も必ずあります。
 過去の成功体験にとらわれず現状を正確に理解し、生かせるものをしっかりと生かす。そして既存の知見や仕組みを基盤としながら、そこに新しい技術や発想を組み合わせることで、より現代の社会ニーズに合った保険の姿が生まれてくるはずです。現在の産業構造を前提としたままの部分的な改善や延命策にとどまる限り、決して産業の未来は明るくなりません。

最後に、これからの保険業界に向けたメッセージをお願いします。

 既存の枠組みを超えるためには、新しい視点を持った異業種からのプレーヤーの参入も必要不可欠でしょう。既存のプレーヤーも含めて、競うべきところは自社の強みをもって健全に激しく競い合い、協力すべきところは業界の垣根を越えて連携しながら、社会の要請に応えていくことが求められています。
 保険という産業は、いつの時代も「社会からの要請」によって生まれ、ここまで発達してきました。そして今、気候変動や未知の感染症、サイバーリスクなどに対して、かつてないほど大きな要請と期待を受けています。
 その期待に全力で応えるための、洗練された「競争」と、パートナーシップによる「共創」。この2つの積み重ねこそが、保険産業をさらに持続的で豊かな発展へと導くのだと信じています。

取材・文/永野裕章(日経BOOKSユニット)、市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/洞澤佐智子

21世紀型のリスクが頻発する今、保険業界はどのように進化すべきか

地政学リスクや気候変動、サイバーテロなど新しいリスクが頻発する今、保険業界はどのように進化すべきか、戦略コンサルタントが提言。「損失補填」から「社会のレジリエンス」を担う産業へ、その道筋を描きます。

福島渉著/日本経済新聞出版/3300円(税込み)