経済学、教育学、文学など文科系の学問は社会の役に立っているのか――。「経済学の書棚」第13回前編は、人文知と自然知の架け橋を「実験社会科学」とする『モラルの起源』と、同書の内容を掘り下げ、個別の学問分野や社会の連帯を訴える『連帯のための実験社会科学』、人々はどのように経済的な帰結をもたらす判断や意思決定をするのか、それはなぜなのかを様々な学問領域を関連付けて論ずる『神経経済学と意思決定』を紹介する。

「経済学の書棚」第13回は、自然知と人文知を交錯させながら、利他性、共感性、正義やモラルといった人間の特性・能力を解明した『モラルの起源』など5冊を紹介
「経済学の書棚」第13回は、自然知と人文知を交錯させながら、利他性、共感性、正義やモラルといった人間の特性・能力を解明した『モラルの起源』など5冊を紹介
画像のクリックで拡大表示

実験でつなぐ人文知と自然知

 経済学、教育学、文学など文科系の学問(人文社会科学)は社会の役に立っているのだろうか――。自然科学と対比しながら人文社会科学の存在意義を問う声が絶えない。「役立つ」を「実利に結び付く」と狭い範囲で捉える人には「学問とはそもそも実利を目的とするものではない」と反論できるかもしれないが、話はここでは終わらない。人文社会科学に突きつけられているのは「人間の本性や社会の仕組みを理解する方法としても役立たないのではないか」という、より根源的な問いである。

 東京大学の亀田達也教授は『 モラルの起源 実験社会科学からの問い 』(岩波新書/2017年3月刊)で、人文知(人文社会科学の知識・知恵)と自然知(自然科学の知識)は互いに無縁ではなく、豊かな関わり合いを持ち得るとの見方を示す。

『モラルの起源 実験社会科学からの問い』(亀田達也著)。人文知(人文社会科学の知識・知恵)と自然知(自然科学の知識)は互いに無縁ではなく、豊かな関わり合いを持ち得るとの見方を示した意欲作
『モラルの起源 実験社会科学からの問い』(亀田達也著)。人文知(人文社会科学の知識・知恵)と自然知(自然科学の知識)は互いに無縁ではなく、豊かな関わり合いを持ち得るとの見方を示した意欲作
画像のクリックで拡大表示

実験社会科学が諸学問の架け橋に

 両者の架け橋が「実験社会科学」だ。経済学、心理学、政治学、生物学など異なるバックグラウンドをもつ研究者たちが結集し、「実験」という共通の手法を活用して、人間の行動や社会の振る舞いを分析する試みだ。実験室でのラボ実験のほか、現場でのフィールド実験や調査、コンピューターによるシミュレーションなども実験の範疇(はんちゅう)に入る。

 同書によると、生物学では、生き物を「適応」のシステムとして捉える立場が主流だ。生物種としてのヒトの心や行動を適応という視点から考え、ヒトの心や行動が、ヒトが生きる環境に適(かな)ったものとして進化してきたと捉え、考察する。亀田氏は、生物が進化するのに必要な長い時間を「進化時間」と呼ぶ。進化時間での適応のほとんどは人間のDNAに書き込まれている。

 一方、DNAには書き込まれていないものの、文化的な媒体・経路(伝承、教育、宣伝など)を通じて、個体間で学習、模倣され、人間の社会に定着する適応もある。これを「歴史時間・文化時間」での適応と呼ぶ。

 10万年以上にわたる長い進化時間によって生じた適応と、そのうえに展開された数百年・数千年という歴史・文化時間における適応の両面から人間の心の働きについて考えるのが同書の狙いだ。自然知と人文知を交錯させながら、利他性、共感性、正義やモラルといった人間の特性・能力を解明していく。

群れ生活に適応してきた人類

 生物種としてのヒトにとっての最大の適応環境は、群れ生活。群れ(社会集団)の増大に伴い、情報処理量(認知、判断、言語、思考、計画など)が飛躍的に増大した。複雑な情報処理能力を支えているのが大脳新皮質だ。霊長類学者のロビン・ダンバーは、ヒトにとっての本来の社会集団の大きさは150人程度と推論している。

 実験社会科学では、人間の集団行動を、各人の意思決定の問題として捉える。例えば、「利他性」を支える仕組みを解説した第3章には以下のような趣旨の記述がある。

 ヒトが仲間との協力関係を築くうえで、罰の可能性への恐れ、相手との不公平を気にする感情、他人の私生活への強い興味やゴシップ、相手への同情心などが重要な役割を果たす。ヒトの心は感情の働きを中心に平和な暮らしができるように進化的にうまく調整されてきた。ところが、仲間の範囲を150人程度の自然集団から会社、組織、共同体、国家といった人工的集団に拡張するにつれ、歴史・文化時間での新たな適応が必要になった。市場メカニズムの拡大を通じて、会社・組織などの自由な対人マーケットを広げ、そこで選ばれるために「優秀な人」、「能力の高い人」であろうとして競争が激化しているとの認識を示している。

 亀田氏は、同書の内容を掘り下げ、その後の研究の展開を記した『 連帯のための実験社会科学 共感・分配・秩序 』(岩波書店/2022年1月刊)で、個別の学問分野や社会の連帯を強く訴えている。そのカギを握るのが、2000年代以降、「社会科学の国境を越えるパスポート」となった実験研究だとみる。

『連帯のための実験社会科学 共感・分配・秩序』(亀田達也著)。共感性の多層構造、分配の正義、人はどのように平和な暮らしを実現できるのかを論じる「秩序問題」を取り上げ、実験社会科学の視点で解析した
『連帯のための実験社会科学 共感・分配・秩序』(亀田達也著)。共感性の多層構造、分配の正義、人はどのように平和な暮らしを実現できるのかを論じる「秩序問題」を取り上げ、実験社会科学の視点で解析した
画像のクリックで拡大表示

 社会行動を考えるための人間モデルが、無限の計算能力をもつスーパースマートなホモエコノミクスから、認知的・生態学的制約のもとで適応合理的にふるまう人間観に次第に置き換わっていったという。

 同書では、共感性の多層構造、分配の正義、人はどのように平和な暮らしを実現できるのかを論じる「秩序問題」を取り上げ、実験社会科学の視点で解析する。

様々な実験手法を比較

 「実験社会科学を鍛えるために」と題する第5章では、様々な実験手法を比較し、課題を提示している。同書の核となっているラボ実験の長所と短所を説明した後、2010年頃から広がった「計算社会科学」と呼ばれるデータ駆動型の社会科学、ランダム化比較試験(RCT)を活用する大規模なフィールド実験、行動経済学を俎上(そじょう)に載せ、それぞれの手法の特徴や問題点に触れている。行動経済学がバイアス(偏見)などの概念を取り入れている社会心理学に対しては、モデル的な思考の欠如を指摘し、時間水準が異なるいくつかの合理性が輻輳(ふくそう)する世界では、ゲーム理論や経済学の体系に乗ればよいのではないかとの見解を表明している。

 「実験社会科学とは、実験という技術を用いて人間の行動や社会を研究しようという運動であると同時に、それらが法則定立的に理解できると考える思想である。社会的・学問的連帯のために、実験社会科学が果たさねばならないミッションは重大である」と締めくくっている。

 『 神経経済学と意思決定 心理学,神経科学,行動経済学からの総合的展望 』(E・A・ウィルヘルムス、V・F・レイナ編著/竹村和久、高橋英彦監訳/北大路書房/2019年9月刊)は、人々はどのように経済的な帰結をもたらす判断や意思決定をするのか、それはなぜなのかを様々な学問領域を関連付けながら論じた本である。

『神経経済学と意思決定 心理学,神経科学,行動経済学からの総合的展望』(E・A・ウィルヘルムス、V・F・レイナ編著)。人々はどのように経済的な帰結をもたらす判断や意思決定をするのか、それはなぜなのかを様々な学問領域を関連付けながら論じた本
『神経経済学と意思決定 心理学,神経科学,行動経済学からの総合的展望』(E・A・ウィルヘルムス、V・F・レイナ編著)。人々はどのように経済的な帰結をもたらす判断や意思決定をするのか、それはなぜなのかを様々な学問領域を関連付けながら論じた本
画像のクリックで拡大表示

神経生物学のデータを活用する神経経済学

 神経経済学は、神経生物学のデータを活用し、経済行動や意思決定について分析する学問。神経経済学が研究対象とする人間の判断と意思決定は、社会心理学、認知心理学、発達心理学、神経学、神経生物学、経済学や経営学などに関連している。

 同書では、人間の行動から得られるエビデンス(証拠)と、神経学から得られるエビデンスの両方からインプリケーション(含意)を引き出している。機能的磁気共鳴画像法のような神経学の方法は、行動についての新しい問題へのドアを開き、認知心理学とのつながりを導いた。初期の業績の多くは相関的で記述的なものに過ぎなかったが、次第に理論的な予測や説明を含むものへと成熟してきたという。

 まず、ヴィルヘルム・ヴントら5人の心理学者の研究を振り返り、判断と意思決定の分野がどのようにして現在のパラダイム(規範となるような思想や価値観)、方法、理論へと到達したのかを説明している。

 これに続き、認知的な整合性と不整合性、ヒューリスティクス(経験則や先入観に基づく素早い判断)とバイアス、神経経済学と神経生物学、発達と個人差、決定の改善をテーマとする各部で、最新の研究成果を紹介する。

寄付行為は合理的な行動なのか

 神経経済学と神経生物学に焦点を当てる第Ⅳ部最終章では、寄付をめぐる論考を展開する。古典的な経済理論の前提である、自己利益の追求と、人が利他的であるという事実とを調和させることは社会科学ではしばらくの間、困難であった。

 神経経済学では、(1)人はなぜ、どのような時に寄付するのか、(2)(経済学では疑問とされる無私・無欲な寄付や奉仕と、寄付・奉仕をすること自体に価値があるとする「利己的な」寄付や奉仕を比較し、)寄付・奉仕は合理的なものか、(3)特定の寄付をする意思決定は、より強い感情あるいは認知情報処理を喚起するか、を探究している。

 寄付行為が利他あるいは利己的な動機により喚起されるのかは、そのときの状況、寄付者に依存する。神経経済学の研究では、異なる動機や、複数の動機を融合させた純粋ではない利他性にも着目している。寄付行為の動機が、利己的か利他的かにかかわらず、合理的な判断によるのかは決着がついていないと説明している。

(後編へ続く)

写真/スタジオキャスパー