気候変動、人口減、AI(人工知能)の進化――避けることのできない大きな波が雇用の未来をも大きく変えようとしています。私たち日本人にはどのような備えが必要でしょうか? 今回は、生成AIの普及によってどのような職種が代替されるのか、またどのような「経済層」が影響を受けるのかを解説します。夫馬賢治氏の著書『データでわかる2030年 雇用の未来』(日経プレミアシリーズ)から抜粋。
前編「
『会社は学校ではない』が日本の会社員を窮地に追いやる
」
ホワイトカラー職に近づくAI代替リスク
生成AIは、2022年11月30日にアメリカのOpenAIが「Chat GPT-3.5」をリリースしたことで、大きな話題となった。
「AI」と一括りにされる技術のうち、それまでは機械学習という手法に焦点が当てられていた。機械学習は、人間が自覚的もしくは無自覚的に行っている認知や行動のパターンを抽出し、段階的に精度を上げ、最終的には自動的に行動を再現できるようにしてしまうという技術だ。この技術を職場実務に応用したのが定型的業務の自動化だ。機械学習による認知や行動の再現は、柔軟性に欠けるため個別事情に対応するには限界があるが、オペレーションミスがないことには大きな価値がある。
一方、生成AIは、機械学習と同様に、認知や行動をパターン化する技術を応用してはいるが、最終的な成果物(アウトプット)として、文章や動画、音声といった「創造物(クリエイティブ)」まで制作することができる。最終的に得たいクリエイティブに関するなんらかの情報を入力すると、欲しいものが自動的に生成され、これまでかかった時間を大幅に短縮することができる。
生成AIは、「定型化」というレベルをはるかに超え、クリエイティブ制作という創造的な仕事までもこなすことができるようになった。ホワイトカラーが担ってきた文章作成、図表作成も得意とし、その上、自動音声と組み合わせれば、人とのコミュニケーションもとれてしまう。
フレイとオズボーンの両氏が論文『雇用の未来』を書いたとき、AI代替リスクが高い業務はブルーカラーの職種であり、「創造的知性」を必要とする職種は代替リスクが低いと認識されていた。だが、生成AIの登場により、この状況が覆り、ホワイトカラー職でもAI代替が起きていくという未来が出てきた。
アシスタント職は補完性が低い
では、ブルーカラー職とホワイトカラー職のどちらのほうが、AI代替が進みやすいだろうか。その答えは、18世紀後半から19世紀にかけて起こったイギリス産業革命が教えてくれている。
イギリス産業革命は、給与の高い熟練労働者を代替する分野でこそ始まった。企業にとって、給与水準の低い人をAIで代替するより、給与水準の高い人をAIで代替するほうが、経済合理性が高いからだ。
こうして「AIが雇用を奪う」の対象は、ブルーカラー職ではなく、ホワイトカラー職に向けられるようになった。国際通貨基金(IMF)は、生成AIによってAI代替リスクにさらされる人の数は、世界の就業者の40%に及ぶという予測を出している。国別の影響の違いでは、日本を含む先進国のほうがホワイトカラー職の割合が高いため、AI代替リスクを抱える雇用の割合は、先進国で約60%、新興国で40%、発展途上国で26%と予測した(※1)。
このIMFの報告書は、AI代替リスクが高いと特定された職種にたずさわるすべての雇用が失われるとはみていない。この報告書では、AI代替リスクの高い職種には、むしろ生成AIを巧みに操ることで業務生産性を向上させる人も出てくることも想定されている。これを「補完性」という。
例えば、企画職の中でも、生成AIによって調査業務や文書作成、グラフ作成の作業を効率化し、より高いパフォーマンスを上げる人も出てくるだろう。同様に、クリエイターでも、生成AIを使って文章や動画や音声を素早く作成し、次々とヒット作を生み出す人が出てくるかもしれない。
IMFの分析は、AI代替リスクの高い人のうち、補完性が高く生成AIと共存できる職種の雇用が45%、反対に補完性が低く、生成AIによって代替されてしまう職種の雇用が55%と弾き出した。補完性が低い職種は、ホワイトカラーやクリエイターの職種の中でも、「サポート」「アナリスト」「アシスタント」と呼ばれる人たちだ。
若者と中高年、どちらのリスクが高いか
このように生成AIによって、ホワイトカラー職は、追い風を受ける層と向かい風を受ける層に二分されていく。特に若年のホワイトカラー職は、サポートやアシスタントとして仕事を始める人が多く、最もAI代替リスクを抱える。だが同時に若年層は、新しい時代に対する適応能力も高いため、生成AIのスキルを修得し、補完性の高い追い風を受けるポジションを獲得していくだろうとIMFは見立てている。補完性の高い職に就ければ、給与は上がる。反対に、補完性が低い職へと追いやられると給与は下がっていく。
こうして若年層は自らの選択で将来を自己決定できる状況にあるのだが、中高年のホワイトカラー職は、適応能力が相対的に低いため、補完性の高い職に移れる人は少なくなる可能性があるという。この傾向は、年齢が上がれば上がるほど顕著になり、失業して転職すると給与が下がっていくという。さらに、年金制度や失業保険制度が手厚い人ほど、危機感が薄くなり、適応しようという意欲が下がるとまで、IMFの報告書は語っている。
生成AIがもたらす「経済層」への影響
このように、生成AIが雇用にもたらす影響は、マイナスとプラスの両面がある。さらに俯瞰(ふかん)して、「経済層」への影響を捉えるともう少し複雑な姿がみえてくる。
生成AIは一部の雇用を奪い、その結果として、総雇用者所得(労働者全体の総所得)を減衰させるかもしれないが、生成AIへの技術投資が拡大すれば、雇用需要が増え、総雇用者所得は上がる。したがって、生成AIに取って代わられた雇用から、生成AIによって補完される雇用へ転換が進めば、総雇用者所得の減少を防ぎ、「経済層」へのプラスの影響を引き上げることができる。
生成AIにより雇用が奪われるリスクが最も高いのは、比較的所得の低いホワイトカラー職だ。IMFの分析(※前掲書)によると、所得が下から30%の層では、ブルーカラー層は雇用代替リスクが低く、生成AIによる賃金の減少が発生しづらいのに対し、ホワイトカラー職は雇用代替リスクが高く、賃金が最も減少していく。
一方、所得が下から30%から80%ぐらいの中間層は、生成AIによる雇用代替リスクが高いものの、同時に補完性も高く、生成AIを活用することで賃金を上げていくことができる。この層では、現在の所得が高い人ほど、生成AIによる賃金上昇の恩恵を受けやすい。
所得が上から20%ほどの高所得者層は、地主や投資家として労働所得ではなく不労所得で稼いでいる場合は、生成AIによる賃金上昇はあまり期待できない。そのため、生成AIによって、高所得者層と中間層の間の所得格差が是正されることを歓迎する向きもある。これを実現するためには、中間層が生成AIスキルを修得し、生成AIを巧みに操り、労働生産性や付加価値を上昇させていけることが前提となる。
だが、IMFは、労働所得だけでなく、資本所得(有価証券や不動産からの所得)も加えた総所得で鑑みると、生成AIによる産業革命は、経済格差を拡大するとみている。高所得者層は、労働所得だけでなく、資本所得も多く、生成AI市場という新たな投資機会によって、資本所得をさらに増やすことができるようになる。これによって、中間層だけでなく、高所得者層も生成AIによって総所得を伸ばすことができる。
反対に低所得者層は、ブルーカラー職では賃金は横ばい、ホワイトカラー職では賃金が下落していくとともに、資本所得という恩恵にもあずかりにくい。こうして経済格差が拡大していく。
国際的な規模でみても、生成AIへの投資額は先進国で多くなると予想され、先進国と発展途上国の間の格差も広がる可能性があるとIMFは見立てている。
夫馬賢治著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)

