気候変動、人口減、AI(人工知能)の進化――避けることのできない大きな波が雇用の未来をも大きく変えようとしています。私たち日本人にはどのような備えが必要でしょうか? 業務を離れて研修を受ける「Off-JT」を軽視してきた問題点を指摘します。夫馬賢治氏の著書『データでわかる2030年 雇用の未来』(日経プレミアシリーズ)から抜粋します。
新たな産業革命がやってくる
イギリス産業革命では、教育制度や人事制度の抜本的な改革が行われた。それは、産業革命前と産業革命後では、求められる人材のあり方が大幅に変化したためだ。そして莫大な人材開発に向けた投資も行われた。
同様に、これから始まる21世紀の産業革命においても、社会で活躍する人に求められるスキルが大きく変わる。そして、それに応じて、「人づくり」の内容も変わっていくことになる。
しかし、日本では「人づくり」に対する投資が極めて少ないことで知られている。その背景には、戦後の日本に定着してしまった人事制度が関係している。
日本には、勤続年数に伴って給与や役職が上がる「年功序列制度」があることで有名だ。しかしこれは、年を取った人のほうが偉いからというような儒教的な考え方ではない。戦後復興と高度経済成長を支えるためには、科学的に年功序列制度が必要だったのだ。
「学習」が軽視されがちな日本社会
戦前の日本にはまだ、生まれた家にひもづく身分制度が実質的に残っていた。しかし、戦後復興と経済成長の中で、身分制度に基づく人材登用では、急増する労働需要に全く追いつかなくなった。そこで、身分ではなく、仕事の能力に応じて人材登用すべきだという「職能資格制度」という考え方が誕生した。職能資格制度の下では、身分に関係なく、誰もが職務経歴に応じて昇進、昇給できるようになった。
職能資格制度では、社会人は職務経験を積めば積むほど、仕事をする能力、すなわち「職能」が上がると考える。こうして年齢とともに職能が上がり、職能に応じて給与も上がるという「年功序列制度」が生み出された。
だが、産業革命と職能資格制度は相性が悪い。職能資格制度は、仕事を通じて、自然と必要なスキルが修得されるということが前提になっている。しかし、産業革命によって、必要となるスキルが大幅に変わると、日々の仕事の中では必要なスキルが修得できなくなる。こうして仕事を通じて自然とスキルが上昇していくという「職能資格制度」の前提が成り立たなくなっていく。
また、職能資格制度が定着していく中で、日本では「学習」というものも軽視されていった。なぜならば、仕事のスキルは、仕事を通じてこそ修得できるものであり、仕事以外の学習にはあまり価値がないと考えられるようになったためだ。
それを象徴するように、日本では「学習」というと、大学もしくは高校までの「お勉強」の期間と捉えられている。「社会人」という言葉には、いわゆる「お勉強」の期間が終わり、お勉強とは別の「仕事」の期間が始まるという意味合いが含まれている。そして日本では、学校での「お勉強」は社会人の役には立たないと考えられてきた。新卒採用では、一部の専門職を除き、学校で何を「お勉強」したかは重視されない。むしろ、社会人1年目には、「社会人の洗礼」と言わんばかりに、「お勉強」が役に立たないということを叩き込まれる。
OJTで学べるのは「古い時代の仕事の仕方」
こうして、日本企業では、業務を離れて研修を受ける「Off-JT(Off-the-Job Training)」は軽視され、仕事をしながら業務を覚える「OJT(On-the-Job Training)」に重きが置かれた。
だが、イギリス産業革命の例が示しているように、新たな産業革命ではOJTでは太刀打ちできなくなる。日々の業務を通じて修得できるのは、古い時代の仕事の仕方であって、新しい時代のスキルを修得することはできない。すると、Off-JTが重要になるのだが、日本企業のOff-JT投資額は、主要国中で最も低い水準にある(※1)。さらに悪いことに、日本企業のOff-JT投資額は、1990年代と比べても減少している。日本企業は21世紀の産業革命をリードすることを自ら放棄しているとも言える。
こうして日本で働く人たちは、職場からは「会社は学校ではない」という精神を押し付けられ、自らの力で産業革命時代に立ち向かわなければいけなくなってしまった。もちろん最近では、社内研修や社外講習を受講した従業員に給付金を支給する企業も増えた。だが、何を学ぶかは基本的に従業員の自主選択に委ねられている。今後の産業革命に必要となるスキルを、きちんと定義できている企業は、上場企業でも2割程度しかない(※2)。
では、会社からスキル開発を丸投げされた日本の人たちが、スキル開発にどの程度真剣に向き合っているかというと、状況は芳しくない。業務外で自主的に学習している日本人は非常に少ない。パーソル総合研究所(2022)「グローバル就業実態・成長意識調査」によると、業務外の学習・自己啓発で「特に何も行っていない人」の割合は、日本が主要国中ダントツで一番高かった。
※2 経済産業省(2022)「人的資本経営に関する調査 集計結果」
21世紀の産業革命はすべての職種に影響
21世紀の産業革命で必要となるスキルに関する情報は、日本国内で圧倒的に不足している。そのため、企業も将来育成すべき人材要件が定義できていない。まして、それを個々人の努力だけで見定めろというのは、無理がある。
日本政府は世の中の職業を11種類に大別しており、「分別不能の職業」も含めると12種類に分けられている。日本で一般的にホワイトカラーと呼ばれている職種は、事務従事者、専門的・技術的職業従事者、販売従事者、管理的職業従事者で全体の約54%を占める。それ以外がブルーカラーと呼ばれる職種だ。
21世紀の産業革命は、この職種12分類すべてに影響を与えることになる。
夫馬賢治著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)

