一橋ビジネススクールの経営分析プログラムは1学年40数名のMBAコースで、カリキュラムは、基本となるコア科目(必修)、選択科目、演習からなる。各講義ではどんな本が取り上げ、授業が行われているのか、修士課程1年次(M1)の導入ワークショップとコア科目の経営戦略、集中講義を例に一橋大学大学院経営管理研究科教授の藤原雅俊さんと熊本方雄さんに聞いた。

前編「 MBAの課題図書 一橋ビジネススクールで入学前に読む本 」から読む

取材を基に日経BOOKブラスが作成
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「導入ワークショップ」で社会科学的な考え方を学ぶ

 経営分析プログラムで行われる演習のワークショップは、いずれも少人数で構成される。1年次の春夏学期に受講する導入ワークショップと秋冬学期の基礎ワークショップでは、社会科学的な考え方を学び、各グループで設定したテーマについて実際に調査・分析を実施。2年次のワークショップでは各自の問題意識に従って調査・研究を進め、教員や他の受講者との議論を通じて経営思考力を深める。

 「導入ワークショップ」は3クラスに分かれ、さらに2~4人のチームによるグループワークが中心。熊本さんのクラスでは入学したばかりの4月に、入学前推奨図書にも指定されている『 知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ 』(苅谷剛彦著/講談社+α文庫)を、5月には『 基礎からわかる 論文の書き方 』(小熊英二著/講談社現代新書)を輪読する。指定された章についてチームは事前に要約と実践・応用例のレジュメを執筆し、授業では、担当チームのプレゼンテーションを基にディスカッションを行うスタイルだ。

 『 知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ 』では、「ステレオタイプ的な見方、日常的になじんだ見方から距離を置き、現実を客観的に捉え直す。その距離の取り方を学ぶことが大学での勉強。マインドセットを整えることを、最初にこの本でしっかり身に付けてもらいます。読んでも最初はピンとこないと思いますが、勉強を進めていくに従って、本に書かれている意味が分かってくる。私自身、最初に読んだときとは感じ方も受け止め方も違ってきています」(熊本さん)。

『知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ(苅谷剛彦著/講談社+α文庫)は何度も繰り返して読むことを薦めている/画像クリックでAmazonページへ
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 次に輪読する『 基礎からわかる 論文の書き方 』は、社会学者にして慶應義塾大学総合政策学部教授の小熊英二氏による論文入門。「パラグラフ・ライティングだけでなく、学問とは何か、科学とは何か、研究とは何かというところまで踏み込んで書かれています」(熊本さん)。

研究や学問の本質を考える意味でも『基礎からわかる 論文の書き方』(小熊英二著/講談社現代新書)は必読/画像クリックでAmazonページへ
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熊本方雄(くまもと・まさお)
一橋大学大学院経営管理研究科教授。2000年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程を単位修得退学し、2005年に博士(商学)を取得。2000年4月から東京経済大学経営学部専任講師、助教授、准教授、教授を経て、18年9月から現職。専門は国際金融論、貨幣マクロ経済学。

 また、 前編 の入学前推奨図書でも取り上げた『 データ分析の力 因果関係に迫る思考法 』(伊藤公一朗著/光文社新書)は、24年度の基礎ワークショップで輪読した本だ。「例えば投薬医学で、投薬の効果についてきちんと識別しようと思ったら、投薬した被験者と投薬していない状態の同じ被験者を比較すべきですが、それはできません。データ分析の大事なところは、投薬をしていない被験者と似たようなデータをいかにうまく持ってくるかです。その手法がいろいろ書かれています。研究を進めていく上だけでなく、企業で例えば広告効果を見極めるときでも、その他の影響をどれだけ排除して考えることができるかということにつながっていきます。因果推論的な考え方は、社会科学においても、企業においても重要な考え方になっています」(熊本さん)。

『データ分析の力 因果関係に迫る思考方法』(伊藤公一朗著、光文社新書)/画像クリックでAmazonページへ
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「経営戦略」で戦略的思考を日常のものにする

 経営分析プログラムでは、財務会計やマーケティング、経営戦略などの必修科目がある。藤原さんが担当しているのが、「経営戦略」だ。この授業では次の3冊をテキストとして指定している。知識を入れて終わり、あるいは戦略に関するフレームワークに当てはめて終わりではなく、大切にしているのは、教育コンセプトである理論と現実の往復運動、理論を学び、その学びを現実の問題解決に生かし、経験した現実を理論にフィードバックすることだ。この講義でも経営現象の背後にあるメカニズムを読み解いて、そのメカニズムの中にある因果関係を理解し頭に入れた上で、骨太の経営施策を現実の世界で展開していく、その思考を培っていく。

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藤原雅俊(ふじわら・まさとし)
一橋大学大学院経営管理研究科教授。2005年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程を修了し、京都産業大学経営学部専任講師、准教授、一橋大学大学院経営管理研究科准教授を経て、21年から現職。専門は経営戦略論、イノベーション論

『マネジメント・テキスト 経営戦略入門』(網倉久永/新宅純二郎著、日本経済新聞出版)

 基礎理論や分析ツールの考え方やロジックを丁寧に説明し、日本の事例、身近な現象が取り上げられている。「理論や概念を網羅的に取り上げている。経営戦略を体系的に知ることができる入門テキストです」(藤原さん)。

『わかりやすいマーケティング戦略 第3版』(沼上幹著、有斐閣)

 戦略の基本ツール、論理の組み方、考え方を学べる1冊。「経営戦略の中でもとりわけマーケティング戦略にフォーカスしながら、全体像についても非常に分かりやすく、全社戦略のトピックも数多く書かれています」(藤原さん)。

『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建著/東洋経済新報社)

 戦略=ストーリーという視点から、競争戦略と競争優位、背後にある思考のパターンの本質を、多くの企業の事例を挙げながら解明している。「その打ち手を講じたことによってどういう効果があり、狙いが実現していくのかという因果関係の連鎖が重要になります。その連鎖を意識した戦略の教科書として、非常に優れていて勉強になります」と、藤原さんはそれぞれ選書の理由を語る。

 これら3冊の教科書のほかに、授業では課題図書を読み、ケーススタディーをグループワークで分析する。「例えば、『 NOKIA 復活の軌跡 』(リスト・シラスマ著、渡部典子訳/早川書房)は、携帯電話で一世を風靡したノキアが、あっという間にiPhoneに席巻され、競争力を失い、そこから通信機器分野で奇跡のV字回復を遂げた過程が克明に描かれています。あらかじめ読んだ上で、レポートを提出してもらい、そのレポートを基に、彼らはどうすべきだったのか、どういう学びがあるかを議論しケーススタディーをします」(藤原さん)。

一橋ビジネススクール経営分析プログラムの必修科目「経営戦略」のテキストと課題図書
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経営観、戦略観を養う集中講義

 夏に開講する「集中講義:戦略的リーダーシップ」も藤原さんが担当する講座の1つ。この授業の狙いは、「企業や事業を牽引してきた経営者やリーダーたちを招き、対話を通じて経営観と戦略観を養い、経営リーダーとして成長するきっかけをつかむこと」にある。例えば、25年度は、独自の技術で捨てられる服から服を作る事業や、東京オリンピックのメダルに使う金属を携帯電話や小型家電のリサイクル金属から抽出したことでも知られる日本環境設計(現・JEPLAN)創業者で現・会長の岩元美智彦氏を招く。事前に岩元氏の著書、『 「捨てない未来」はこのビジネスから生まれる 』(岩元美智彦著/ダイヤモンド社)を読んだ上で、循環型社会の実現に向けたリーダーシップについての講義と討議を行う。

 別の日には、元・日揮社長、現・レノバ会長の川名浩一さんを招いて、グローバリゼーションとリーダーシップをテーマに行われる。ここでは、『 異文化理解力――相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養 』(エリン・メイヤー著、田岡恵 監訳、樋口武志訳/英治出版)など数冊が事前の課題図書に指定されている。「集中講義は、2コマ連続で、1コマ目は私と受講生の間で登壇いただく方の会社についてのケーススタディーを行い、しっかりアンテナを立てた上で2コマ目にゲストの方の講演と全体での討議にしています。対話を通じて、学生には学びを持ち帰ってほしいと考えています」(藤原さん)。

藤原さんの「集中講義:戦略的リーダーシップ」の課題図書
藤原さんの「集中講義:戦略的リーダーシップ」の課題図書
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 経営分析プログラムは、企業派遣の実務家や次のビジネスへ向け休・退職をして通う学生、新卒生もいる全日制のプログラム。かける時間も覚悟も必要なので、学習意欲の高い学生には際限なく学べる環境を提供し続けることを目指している。

 取材の最後に、藤原さんのお薦め本を聞いた。
 「戦略論を専門にしている者として非常に面白いと思って読んだのが『 戦略の要諦 』(リチャード・P・ルメルト著、村井章子訳、日本経済新聞出版)です。著者のルメルト先生はこれまでにも『良い戦略、悪い戦略』など多くの書籍があり、戦略論の世界で著名な方です。その最新作で事例も豊富で非常に考えさせられます。
 もう1冊は『 小倉昌男 経営学 』(小倉昌男著、日経BP)。昔から折に触れて読み直している、とても学びの多い本です。ヤマト運輸の宅急便を開発したときのお話で、不朽の名作です。戦略を解像度高く論理的に詰めて考えるというのは、こういうことなのかと感じます」

藤原教授お薦めの『戦略の要諦』と『小倉昌男 経営学』
藤原教授お薦めの『戦略の要諦』と『小倉昌男 経営学』
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取材・文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/佐々木睦