MBA(経営学修士)は、体系的な知識だけでなく実務に役立つスキル、また少人数によるゼミナール活動を通じた幅広い人脈などが得られる場として、ビジネスパーソンの注目度も高い。MBA取得を志し、学ぶ人たちは入学前にどんな本を読んでいるのか。一橋大学大学院経営管理研究科教授・藤原雅俊さんと、同教授・熊本方雄さんに一橋ビジネススクール(経営分析プログラム)の入学前推奨図書について聞いた。

取材を基に日経BOOKプラスが作成
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全日制のプログラムに集まる多様な人材のための推奨図書

 一橋大学は、ビジネス教育・研究の中心として、企業・社会の中核を担う人材を輩出してきた。一橋ビジネススクールは、その建学の精神に基づき、高度経営人材を育成するために4つの異なるMBAプログラムが展開している。英語で行われる全日制の国際企業戦略専攻(ICS)プログラム、金融に特化した金融戦略・経営財務(FS)プログラム、社会人経験を有していることが出願要件で平日の夜間に開講している経営管理プログラム。そして今回話を伺ったのが、平日全日制の経営分析プログラムだ。

 経営分析プログラムは、東京・国立キャンパスで平日の全日制で開講している。実務経験を出願要件にしていないこともあり、入学者は学部の新卒者や企業派遣のビジネスパーソン、休職や退職などキャリアを中断して通う人など実に多彩。人文科学系、理系、社会科学系と出身分野も多岐にわたる。だからこそ、全ての学生が一緒にスタートラインに立てるよう、入学前に推奨図書を提示している。

 その狙いについて藤原さんはこう語る。「会計やファイナンスなどのMBAで学ぶ専門知識のベースに触れる。社会科学的な捉え方、考え方とはどういうものか知ってもらう。さらに、その考え方を論理的に伝わる書き方を学んでもらう。この3つの目的があります」。

会計やファイナンスなどの専門知識のベースをつくる本

 バックグラウンドも経験レベルも多様な入学者たちに対応するための推奨図書として、まず挙げているのが、財務関連とコーポレートファイナンスの基礎知識を得るための本だ。
 「会計やファイナンスは、実務で近い分野に携わっていた方と、初めて学ぶ方では、知識量に大きな差があります。この差をしっかり埋めて、一定レベルのベースを持って入学していただくことで、MBAプログラムとしても濃密なものが提供できます」(藤原さん)。

1. 『新版 財務3表一体理解法』(國貞克則著/朝日新書)

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 会計はなじみがないと難しく感じるが、体系や仕組みを理解すれば企業経営を分析・評価する上でのツールとして使いこなすことができるようになる。初学者向けに財務3表の基本から読み解き方までその体系を解説した本。「特に、これまで会計になじみがない人は、第1章から第3章までを繰り返し読んでおくと、入学後の講義をキャッチアップしやすくなります」。

2. 『コーポレートファイナンス入門〈第2版〉』(砂川伸幸著/日経文庫)

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 企業財務を勉強したことがない人にも分かりやすく解説している入門書。資金を調達し、効率性・収益性を高め、企業価値向上をはかるコーポレートファイナンスは、企業が株主と向き合う上でより重要視され、現代のビジネスパーソンにとっても必須の知識になってきている。「一度目は1ページ目から最後まで内容を理解できなくても通読し、二度目に熟読して、理解を深めること」を薦めている。

 さらに、日商簿記3級レベルの知識は、企業経営に関わる学問を学ぶ上での基礎として必須なため、『 大原で合格る 日商簿記3級 』(資格の大原著/中央経済社)も紹介している。

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藤原雅俊(ふじわら・まさとし)
一橋大学大学院経営管理研究科教授。2005年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程を修了し、京都産業大学経営学部専任講師、准教授、一橋大学大学院経営管理研究科准教授を経て、21年から現職。専門は経営戦略論、イノベーション論

社会科学的思考法を学ぶ2冊

 次に挙げているのが、社会科学的思考法だ。データ分析はビッグデータが広く使われるようになって、より注目されるようになったが、もともと一橋大学は、伝統的に実証主義を重んじてきた。「一橋ビジネススクールでも、因果関係を考える社会科学的なものの捉え方を重要視しています。理論と現実の往復運動を教育コンセプトに、現象だけを追いかけるのではなく、しっかりと理論の目を持って現象を読み解く。因果関係を考えて、ビジネスの世界で経営現象を深く理解して洞察を引き出すことを学んでいただきたい」(藤原さん)。そのベースとなるところを狙った選書だ。

 「学部を卒業したばかりの大学院生は、社会に出てすぐに役立つような知識を求めがちです。一方、経験豊富な社会人は、自身の経験や現実にとらわれ過ぎて高い位置から理論的に俯瞰することがなかったり、客観的な視点を失ったりしがち。推奨図書を通じて、両者のマインドセットを整え、大学院での研究とは何か、社会科学的に考えるとはどういうことかを理解してもらいたいです」(熊本さん)。

3. 『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(伊藤公一朗著/光文社新書)

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 データ分析の基本となる「因果関係の見極め方」について、数式を使わずに具体例を用いて解説したデータ分析の入門書。2025年から推奨図書に加えた本です。「組織においても、経験や直感ではなくデータや合理的根拠をもとに政策を立案するEBPM(Evidence-Based Policy Making、エビデンスに基づく政策立案)が浸透し始めています。データ分析においては、相関関係と因果関係を識別する因果推論の考え方を身に付けることが基本となります。これはワークショップ・レポートの執筆など、自身の研究を進める上でも有用です」。

4. 『知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ』(苅谷剛彦著/講談社+α文庫)

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 常識にとらわれた単眼思考ではなく、自分自身の視点から物事を多角的に捉えて考える本の読み方、作文の基本的な構成方法、問いの立て方など、ワークショップに限らず、入学後に課されるレポートなどを作成していく上で役立つと思われる作法や考え方が簡潔にまとめられている。「学部生向けに(表向きは)平易に書かれていますが、社会科学一般における基本的な方法論をベースとして骨格となる議論が展開されています。単なるハウツー本ではなく、読む人によって様相を変える本です」。

論理的に伝わる文章力を身に付ける2冊

 第3の目的が、論理的に伝わる文章力の向上だ。作文の技術と、論文を書く技術についての教科書ともいえる2冊を挙げている。

 「日本では、小学生の頃は日記や作文を書いて自分を表現する力を鍛えます。それは重要な教育ですが、アメリカなどでは小学生ぐらいからパラグラフ・ライティングをトレーニングしています」(熊本さん)。パラグラフ・ライティングとは、レポートや論文など学術的な文章、論述で求められる文章技法で、最初に伝えたいトピックを書き、それをサポート・展開する文章を書き、最後に結論となる文章で構成する書き方。日本では大学に入るまで、こうした書き方を習ったり指導されたりすることが少ない。多くのレポートや論文を書く前に、まずその基本を知ってほしいという狙いからの選書だ。

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熊本方雄(くまもと・まさお)
一橋大学大学院経営管理研究科教授。2000年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程を単位修得退学し、2005年に博士(商学)を取得。2000年4月より東京経済大学経営学部専任講師、助教授、准教授、教授を経て、18年9月から現職。専門は国際金融論、貨幣マクロ経済学。

5. 『<新版>日本語の作文技術』(本多勝一著、朝日文庫)

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 句読点の打ち方や接続詞の用法などの細かな点についても詳しく説明され、作文の技法を学ぶための一冊。「ワークショップでは毎回レポートの提出が義務づけられており、内容や構成に不備がないだけでなく、文法や語法にも誤りがないものを求められる。文章を書くスキル、簡潔にして的確な文章を書く力は一生の宝となるものです」。

6. 『論理が伝わる 世界標準の「書く技術」』(倉島保美著/講談社ブルーバックス)

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 論理的な文章を執筆するために必要不可欠なパラグラフ・ライティングの技法は、「欧米では学生時代に徹底的に訓練される。その7つのポイントを解説した本。この本で、レポートや論文を書く上での世界共通のルールであるパラグラフ・ライティングを身に付けてほしい」。

後編「 一橋ビジネススクールMBA、意欲高い学生が読み込む経営戦略講義の「必須本」 」へ続く

取材・文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/佐々木睦