経営再建のさなかにある日産自動車。その反転攻勢に向けた取り組みを『 日産 最後のサバイバルプラン 転落の真因と復活への提言 』の著者が追う。その第1回。

日産自動車の小型SUV「キックス」。エンジンで発電し、モーター駆動で走るシリーズ方式のハイブリッド車。同社の収益基盤を支える「コアモデル」に位置づけられる車種。発売後、販売面で好調なスタートを切っている(出所:日産自動車)
日産自動車の小型SUV「キックス」。エンジンで発電し、モーター駆動で走るシリーズ方式のハイブリッド車。同社の収益基盤を支える「コアモデル」に位置づけられる車種。発売後、販売面で好調なスタートを切っている(出所:日産自動車)
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 発売後19日間で7000台を受注──。日産自動車の小型多目的スポーツ車(SUV)である新型「キックス」の販売が好調な滑り出しを見せている。シリーズ方式のハイブリッドシステム「e-POWER」を搭載したハイブリッド車だ。

 旧モデルの2025年における平均月間販売台数は約800台。これに対し、新型車は発売日である2026年6月18日から7月7日の時点で9倍近くに達した。メディアを通じた情報発信を「6月13日まで控えていた」(同社)にもかかわらず、ここまで受注台数が積み上がった点に、同社は手応えを感じているようだ。

  新型キックスは経営再建のさなかにある日産自動車にとって、反転攻勢に向けた「重要な一歩となるモデル」(同社)である。2026年4月に発表した長期経営計画(長期ビジョン)において、同社が「コアモデル」と位置付けた車種の1つだ。

数を稼ぐ使命を負ったクルマ

第3世代のハイブリッドシステム「e-POWER」を搭載したハイブリッド車。同システムの改良により、高速走行時を含めて燃費を競合車種並みに高めた。外観はアメリカンフットボールのヘルメットとスニーカーをモチーフにデザインしたという(出所:日産自動車)
第3世代のハイブリッドシステム「e-POWER」を搭載したハイブリッド車。同システムの改良により、高速走行時を含めて燃費を競合車種並みに高めた。外観はアメリカンフットボールのヘルメットとスニーカーをモチーフにデザインしたという(出所:日産自動車)
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 コアモデルとはいわゆる量販車であり、販売台数を稼いで日産自動車の収益基盤を支える使命を負ったクルマだ。業績復活のために、なんとしてもヒットさせなければならない。その販売台数の動向には日産自動車のみならず、同じく業績の回復を望む日産系の部品メーカーも注目している。

 日産自動車が新型キックスに期待を寄せるのは、国内において小型SUVが成長市場であるからだ。世界的なSUV人気の中、国内の登録車の中でも現在、最大のセグメントはSUVとなっている。そのうち、小型SUVは半数以上を占める非常に有望な市場だ。すなわち、日産自動車は「売れる」ど真ん中の市場に新型キックスを投入したことになる。

 その分、ライバルとの競争は熾烈(しれつ)を極める。新型キックスと同じ小型SUVタイプのハイブリッド車には、ホンダの「ヴェゼル」やトヨタ自動車の「カローラクロス」といった強力な競合車種が存在する。2025年におけるヴェゼルの月間販売台数の平均(以下、月間販売台数)は約5600台(日本自動車販売協会連合会の資料を基に筆者が算定)、同じくカローラクロスは約5800台(同連合会の資料を基に筆者が推定)で、共にコンスタントに売れている人気車種だ。

 発売日から3週間もたたずに達した新型キックスの7000台という受注台数は、競合車種の月間販売台数を優に上回る、まずまずの数字だ。もちろん、新型車は販売開始から数カ月は好調な販売を記録することは珍しくない。加えて、競合車種は共に強固なブランドを築いている。こうした中、日産自動車が落ち込んだ国内販売を立て直すには、この好発進の勢いをどこまで維持できるかにかかっている。

 日産自動車の国内販売台数は、2025年度に40万台を割った(軽自動車を含む)。これを2030年度までに55万台まで引き上げるというのが、同社社長であるイバン・エスピノーサ氏が長期ビジョンで掲げた目標だ。

好発進の理由を探る

 販売の勢いがどこまで続くかは予想が難しいが、顧客から好印象を得ている理由はいくつか想定できる。まずは価格競争力を競合車種と戦える水準まで引き上げた点だ。

 旧モデルの最廉価は308万円を超えていたが、新型キックスのそれは税込み(以下、同)で299万9700円と、300万円を切っている。この価格設定により、ヴェゼル(299万8000円)およびカローラクロス(298万1000円)との間で、顧客の支出面での差はほぼなくなった。

 もう1つは、燃費の向上だ。拙著『日産 最後のサバイバルプラン』にも記した通り、日産自動車のハイブリッド車は、ホンダやトヨタ自動車と同じくストロングハイブリッド車に位置付けられるものの、高速走行時の燃費に課題があると指摘されてきた。日産自動車はこの課題に手を打った。

 具体的には、従来のハイブリッドシステムに改良を加えた第3世代e-POWERを新型キックスに搭載して燃費を引き上げた。平角線コイルや両面冷却構造といった最新技術を積極的に採用してコンパクトに設計した、いわゆる「5-in-1」タイプの電動アクスルを採用。電流量を増やして高出力化し、損失を抑えて高効率化している。

 なお、5-in-1とは、モーターとインバーター、発電機、減速機、増速機の5つの部品を一体化したという意味である。この電動アクスルはジヤトコ(静岡県富士市)製だ。

 同じく第3世代e-POWERを構成する発電専用エンジンでは、コールドスプレー技術によってエンジンの吸気ポートにバルブシートを一体化させて吸気ポートの形状を工夫したり、シリンダーにロングストローク形状を採用したりして、シリンダー内に強いタンブル流(縦渦)を形成するなどして燃焼効率を高めている。

 こうした工夫により、新型キックスはWLTCモード燃費を25.7km/Lと、従来に比べて11%高めた。より大きな課題とみられていた高速走行時の燃費も23.8km/Lと、従来比で10%向上させている。

 肝心の競合車種との比較でも肉薄している。WLTCモード燃費と高速燃費は、ヴェゼルは26.0km/Lおよび24.9km/L、カローラクロスは26.4km/Lおよび25.2km/L。確かに数値を比較すると若干の差はあるが、この程度の燃費の違いが購入を妨げる要因になるとは考えにくい。

 後席の空間を広げて「クラス(小型SUVの中で)No.1の後席居住性を実現」(日産自動車)した点も、主要なターゲット層と設定した「成長した子供がいる3人家族の40代後半の父親」(同社)が選ぶクルマとしては魅力的だろう。

タイ産から国産へ

 新型キックスは追浜工場(神奈川県横須賀市)で造られる。筆者は「国産」である点も、顧客の好印象に貢献しているのではないかと見ている。旧モデルはタイの工場で造り、日本に輸出していた。自動車メーカーの視点からすれば「世界同一品質」、すなわちどの国や地域で造ろうと品質基準は同じだろう。

 だが、保守的な見方かもしれないが、「国内生産」というのは国内の顧客にとっては、購入の最後の一押しになり得ると筆者は考えている。海外工場の品質を疑っているわけではないが、国内工場で造られた安心感や、せっかくなら日本経済に貢献しようとか、国内の日産系社員や部品メーカーの人たちを応援できるかもしれないとかいった思いを抱く顧客がいるかもしれないと感じるのだ。同じお金を払うにしても、少しでも気持ちよく支払いたいと考える顧客は結構いるのではないだろうか。

 なお、新型キックスは追浜工場が量産を手掛ける最後の新型車になる予定だという。追浜工場で生産を終了した後は、日産自動車九州(福岡県苅田町)が引き継ぐ計画だ。

 外観デザインは、アメリカンフットボールのヘルメットやスニーカーをモチーフに、タフで俊敏なイメージに仕上げたという。筆者には押し出しが強く印象に残る外観デザインに見えるが、この点については人によって好みが分かれるかもしれないとも感じる。

 日産自動車によれば、同社のマーケティングチームが販売店から「とても良いクルマだ。乗った時に本当に静かで久しぶりに感動した」「かっこいい、これは絶対に売れる」といった好印象の言葉を得ており、日産車以外の顧客も店舗に足を運んでいるとの情報を得ているという。

 販売台数の下落圧力を跳ね返す力があるかどうか、新型キックスの実力が試されている。

日経クロステック 2026年7月14日付の記事を転載]

ゴーン氏による「日産リバイバル・プラン」から取材し続ける記者が、業績が好調な企業との比較から日産自動車の衰退の原因を追究。そして、同社が現在の経営危機から立ち直り、持続的な成長に向かうために必要な解決策および施策を提案しました。日経BPの編集委員が一切の忖度なく書き記した「最後のサバイバルプラン」がここに!

近岡裕(著)/日経BP/2200円(税込み)