1969年に創刊された経済メディアである「日経ビジネス」。専門記者による徹底した企業取材から生まれるコンテンツは、書籍というかたちでも発信されています。今回は、組織で働く人にとって参考になる、日経ビジネスから誕生した企業の実態に迫るビジネス書7冊を紹介します。
1つの企業にフォーカスし、その実態に迫るビジネス書のことを「一社モノ」と呼ぶことがあります。今回は、日経ビジネス発の一社モノのビジネス書7冊を紹介します。
経験を積んだ専門記者が、その企業の経営トップから現場の社員に至るまで深く取材することで、ひと味もふた味も違う本が生まれます。そんな一社モノ7冊を、企業が置かれた状況によって4つに分類しました。
すでに日本を代表する大企業になっているものを「王道」、近年急成長を遂げたものを「異端」。そして、大きな苦境に直面したものを「危機」、攻めに転じて成長しているものを「攻勢」としました。
それでは早速、近年急成長を遂げた企業の快進撃を見ていきましょう。
異端/攻勢
1. 『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』 酒井大輔著
総合ディスカウントストア「ドン・キホーテ」に日経ビジネスの記者が迫った一冊。日経ビジネスの2023年9月の特集「進撃のドンキ 異端児、気づけば小売り4位」が大きな反響を巻き起こしたことから、書籍の企画がスタートしました。
企業の成長を追いかけたビジネス書では、誰か1人を主人公にして話を展開することが多いものですが、本書では実に多くのキーパーソンが登場します。「登場人物すべてが主人公」というスタイルは、そのままドンキの経営の実態を表しています。
社長CEOの吉田氏にインタビューしたときのこと。これまでに取材した人たちの名前を告げると、「当社のオールスターメンバーですよ」と返ってきた。そして「みんなが何を話したのか、私は全く知らない。聞かされていないんですよ。ひどい会社だよね」と笑う。その表情はどこか誇らしげでもあり、仲間に全幅の信頼を置いているように見えた。
PPIH(注:ドンキを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)が経営理念にうたう「大胆な権限委譲」は、店舗運営だけの話ではない。経営においても権限が大胆に委譲され、それぞれの役職者がまさに“経営者”となって部下を、組織を、力強く率いている。やんちゃだったドンキは、いつの間にか自立した“大人”の集団になっていた。
『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』 「はじめに」より
大人へと成長したドンキの物語をぜひ本書でお読みください。
異端/攻勢
2. 『キーエンス解剖 最強企業のメカニズム』 西岡杏 著
日本屈指の高収益と社員の高年収を誇る大阪のメーカーであるキーエンス。そんな同社に著者が興味を持ったのは、先輩記者がこぼしていた「とにかく取材が入らない」という言葉でした。
日経ビジネス2022年2月ではキーエンスの特集を組むのですが、その取材のアポ入れも印象的だったようです。
思えば、特集に向けた取材を広報担当者と調整している頃から「キーエンスワールド」に巻き込まれていたのかもしれない。
まず、取材の趣旨や想定質問などに対するヒアリングの緻密さ、徹底ぶりに面食らった。「この3個目の質問の目的は何ですか?」「いつまでにどのようなレベルで骨格が固まる予定ですか?」「この担当者の取材ではこんな写真は撮れますが、こういう写真は厳しそうです。大丈夫ですか?」など、質問は微に入り細をうがつものだった。恐らく電話を切る頃には、広報担当者の脳裏には全体の設計図が描かれていたことだろう。
最終的な成果物である記事に向けて最善を尽くそうという気迫は、これまでに感じたことがないレベルだ。質問一つについても筋が通っていなければ納得してもらえない。きちんとした説明ができなければせっかくの取材がご破算になってしまうのではないか。そんな怖さを覚えるほどだった。
『キーエンス解剖 最強企業のメカニズム』 「はじめに」より
キーエンス本体はもちろん、OBや取引先、ありとあらゆる関係者に会おうと試みた結果、生まれたのが本書です。「人が育たないわけがない」とまでいわれるキーエンスの姿を本書にてご覧ください。
王道/攻勢
3. 『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』 上阪欣史著
日本製鉄は鉄の国内生産シェアで約半分を占め、世界では第4位のメーカー。全国の製鉄所の面積を足し合わせると約80平方キロメートル、連結従業員数は約11万人、連結事業利益は1兆円に迫るという巨大企業です。
スケールの大きさを誇る日本製鉄ですが、その分、経営の意思決定が遅いと指摘され、「伝統的な日本の大企業」といわれることもありました。そんな日本製鉄の取材を6年ぶりに担当することになった著者は、その変貌ぶりに驚きます。製鉄所の象徴である「高炉」の廃止や米鉄鋼大手USスチールの買収の決断など、目を見張るようなスピード感が生まれていました。
その変貌の立役者である経営者の橋本英二氏の言葉が、本書の「おわりに」で紹介されています。
計4時間に及ぶ橋本英二氏へのインタビューで、特に胸に突き刺さった一言がある。
「社員の給与の総額をどれだけ増やせたかが、私にとっての経営のKPI(重要業績評価指標)ですよ」
売上がいくらだとか、利益率が何%だとか、株主還元はどれくらいだとか、そういった指標で経営実績を語る企業トップは多い。しかし、橋本氏のように社員の給与の増額こそ経営者の最大の務め、と公言する経営者は少なくとも私にとって初めてだった。
『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』 「おわりに」より
どのようにして日本製鉄は生まれ変わったのでしょうか。本書でご確認ください。
王道/攻勢
4. 『マツダ 心を燃やす逆転の経営』 山中浩之著
「失われた20年」と呼ばれるバブル崩壊後の日本経済の苦境。かつてのマツダは、そのまっただ中にありました。業績は低迷、リストラで社員を失い、外資の米フォード・モーターに経営権を握られる……。そこからの復活劇には、あきらめなかったエンジニアたちの執念があります。
その中心には、チーフエンジニアとしてクルマを開発し、やがて経営者としてマツダを率いていった金井誠太氏の姿がありました。本書は、そんな金井氏に著者が2年半にわたって行ったインタビューをまとめたものです。
「私の言うことをただ書き連ねるだけの内容にはしないでください。『私の履歴書』風になるのだけは勘弁です」――モノ造り革新を、仕掛人である金井誠太氏自身の会社員人生を踏まえつつ語ってほしい、という依頼への、唯一の条件がこれだった。「だって、それじゃ付加価値がないじゃないですか。私の話を聞いて、あなた自身がどう考えたのかをぜひ中心にしてほしい」とぐいぐい押し込まれた。要は「志が低い!」と叱られたのだ。
しかし、一介のサラリーマンの自分に、大企業の経営を担った人の話をあれこれ論評する能力はない。七転八倒の挙句、横町のご隠居にもの知らずの八つぁんがしつこく尋ねる、落語のようなインタビューになった。不真面目に見える箇所がもしかしたらあるかもしれないが、聞いているほうは苦しみながらの大真面目である。何卒ご寛恕いただきたい。
『マツダ 心を燃やす逆転の経営』 「あとがき」より
マツダの「モノ造り革新」のストーリーを、両者の軽妙なやり取りでお楽しみください。
異端/危機
5. 『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』 大山健太郎著、日経ビジネス人文庫
本書は、生活用品の企画・製造・販売会社であるアイリスオーヤマの会長である大山健太郎氏による著作です。「危機のときに必ず業績が飛躍的に伸びる」ために、どのような経営をすればいいのか、がテーマとなっています。
文庫版の序文では、経営学者の楠木建氏が次のように解説しています。
僕は競争戦略という分野で、企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究しています。さまざまな企業の戦略を観察し、考察するという基本動作をずっと続けていると、まれに痺れるような戦略との出会いがあります。アイリスオーヤマはその一つです。
痺れるほど面白い。僕の30年の研究生活の中でも、ここまで優れた戦略との出会いは滅多にありません。日本発の競争戦略の傑作として、歴史に残るといってよいでしょう。
『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』 「文庫版序文」より
本書は新型コロナウイルス禍の最中に書かれたものですが、大山氏の言葉を一冊にまとめることができたのは、長らくアイリスオーヤマを取材してきた、日経ビジネスの姉妹誌である『日経トップリーダー』の存在があります。
楠木氏が「痺れるほど面白い」と絶賛するアイリスオーヤマの競争戦略とはどのようなものでしょうか。ぜひ本書でご覧ください。
王道/危機
6. 『ANA 苦闘の1000日』 高尾泰朗著
2020年春、空港では見たことのない景色が広がっていました。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、乗客が9割以上も減ってしまった、日本を代表する航空会社である全日本空輸(ANA)。その1000日に及ぶ苦闘の記録が本書です。
日経ビジネスの記者としてANAホールディングス(HD)を長期的に取材してきた著者が空港や本社などで見たのは、経営陣から現場の社員までが、初めての経験に戸惑い、どうすべきか思い悩み、難局に立ち向かおうとする姿でした。
コロナ禍での「苦闘の1000日」の間、ANAHDの経営陣と社員たちは限られた経営資源をどこに投じれば収益を最大化できるかをその時々に応じて考え、実行してきました。20年10月に発表した事業構造改革の計画に沿って、コストも着実に減らしました。その姿はこれまで本書で描いてきた通りです。ANAHDのやり方がベストだったかどうかは分かりません。ただ、こうした危機で経営者に何が問われ、社員はどう動くのかが鮮やかに浮かび上がった事例だったのではないでしょうか。
結果として、22年4~6月期は売上高が計画よりも230億円上振れし、営業費用は計画よりも40億円抑えられました。22年4月から一般社員の月例賃金をコロナ禍前の水準に戻し、さらには燃油高によるコスト上昇圧力を受けたにもかかわらずです。芝田社長は「このコスト構造を一つの武器として回復局面の需要を全て取り込んでいく」と話します。
『ANA 苦闘の1000日』 「おわりに」より
なりふり構わぬ増収策の一つに、機内食のネット販売もありました。これが予想外の人気になるのですから、困難に直面した人間の可能性というのは計り知れません。こうしたエピソードが豊富にありますので、ぜひ本書をお読みください。
王道/危機
7. 『東芝 粉飾の原点 内部告発が暴いた闇』 小笠原啓著
日本を代表する総合電機メーカーである東芝。2015年4月に不正会計が発覚し、社会インフラから半導体、パソコンやテレビまで、ほぼ全ての事業領域で利益を水増ししてきたことが明らかになりました。
東芝は少なくとも2009年3月期から、7年間にわたり巨額の利益をかさ上げしてきた。累計額は2306億円にのぼります。第三者委員会の調査によって、コーポレートガバナンス(企業統治)が骨抜きにされ、「チャレンジ」という名のパワーハラスメントが横行していたことも浮き彫りになりました。
日経ビジネスは2015年8月以降、誌面やウェブサイトを通じて東芝関係者からの内部告発を募っていました。それに対し、最終的に800人以上が情報を寄せてくれたのです。
東芝の現役社員はもちろんのこと、OBや取引先が社内の実情を告白。競合の電機メーカーや官公庁の職員も、自らの経験と照らし合わせて東芝の抱える問題を真剣に考えてくれた。手紙による情報提供も膨大な数にのぼり、専用の鍵付きロッカーを編集部に用意したほどだ。それだけ多くの関係者が、東芝の行方を心配していたということだろう。
情報の確認作業は困難を極めた。書き込まれた内容が真実かどうか、どのような意図で書き込まれたのかは、文面からは判断しかねるからだ。内容も千差万別で、上司の不倫を告発するといった私怨に満ちた書き込みがある一方で、東芝の上層部に深く食い込まなければ知り得ないような情報もあった。
日経ビジネスは8人の取材班で可能な限り告発者に直接対面し、事実関係について裏付け調査を重ねてきた。複数の証言を付き合わせ、公式文書を漁り、数字の齟齬を潰していった。確認できた情報は、日経ビジネスオンラインで連日報じた。これが共感を呼んだのだろう。取材班に寄せられる情報の質と量が、加速度的に高まっていった。
『東芝 粉飾の原点 内部告発が暴いた闇』 「序章」より
本書は、これらの内部情報と取材班の徹底取材をもとに、なぜ、東芝が不正会計に手を染めることになったのか、その根本的な原因に斬り込んだ一冊です。
文/竹内靖朗(日経ビジネス副編集長)







