『21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略』(オリヴィエ・ブランシャール著/田代毅訳)は、マクロ経済学の世界的権威が、経済の安定化に向けて財政政策の役割を求める提言の書として、「ベスト経済書・経営書2023」(「週刊東洋経済」)、「2023年ベスト経済書」(「週刊ダイヤモンド」)にも選ばれました。財政政策を使うべきか、金融政策を使うべきか。2つの考え方を対比させながら、財政政策・金融政策のバランスのあるべき姿について、同書の抜粋・再構成をもとに考えます。
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成功か、失敗か? 1990年代以降の日本の財政政策を検証する
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中立金利が低いほど債務のコストは低下
実質金利は低く、債務比率は高い。この経済環境で、どのように財政政策を設計すべきなのだろうか。
中立金利が低いほど債務の財政面のコストは低下し、債務ダイナミクスは好ましいものとなる。実際に、r*(中立金利)ひいてはr(実質金利)がg(経済成長率)より小さくなると、政府は債務比率を一定に保ちながら、(ある程度の)プライマリーバランスの赤字を計上することができる。
中立金利が低いほど債務の厚生面のコストは低下する。中立金利が十分に低い場合、債務が厚生を改善する可能性すらあるが、その金利水準を正確に特定することは困難である。妥当な作業仮説としては、中立金利は実際に低いが、限定的ではあるものの債務には厚生面のコストがあるというものだろう。
中立金利が低いほど金融政策が生産を安定化させる余地は限定的となる。特に、実効下限制約を踏まえれば、中央銀行が達成できる最も低い実質金利であるrmin(実効下限制約金利)よりもr*が低くなると、金融政策はもはや生産を潜在水準に維持することができない。財政赤字という形で財政による支援が必要だ。実効下限制約が厳格に拘束していない場合でも、r*がrminに近いほど金融政策が負のショックに対応できる余地が少なくなり、より多くの財政の支援が必要になるかもしれない。
これらの命題をまとめよう。中立金利が低いほど、財政面・厚生面のコストは小さく、債務・財政赤字の厚生面のベネフィットは大きい。
適切な財政政策とは?
もう一歩踏み込んでみると、財政政策には2つの極端なアプローチがあると考えるのが有用だ。
•純粋財政アプローチ(pure public finance approach)
税の歪みを平準化するため、あるいは世代を超えた所得の再配分を行うために債務を活用することに焦点を当て、政策による総需要や生産への効果を考慮しないものだ。現在の債務の水準はこのアプローチから示唆されるものよりも大きいと広く信じられている。そうであれば、このアプローチの下では、債務は時間とともに縮小し、政府はプライマリーバランスの黒字を計上しなければならない。
・純粋機能的財政アプローチ(pure functional finance approach)
アバ・ラーナーによって1943年に導入された用語を使用しよう。これは、財政政策のマクロ経済の安定化の役割に焦点を当て、政策が債務に及ぼす効果を考慮しないものだ。このアプローチの下では、総需要が低迷し金融政策が制約される場合には政府は躊躇(ちゅうちょ)せずに総需要と生産を維持し、プライマリーバランスの赤字を計上しなければならない(*1)。
そこで、適切な財政政策は純粋財政アプローチと純粋機能的財政アプローチの加重平均であると考えることができる。中立金利が非常に低い場合には純粋機能的財政アプローチとマクロ経済の安定化に多くのウェートを置き、中立金利が非常に高い場合には純粋財政アプローチと債務削減に多くのウェートを置くものだ。
一定の所与の財政スタンスにおいて民間需要が非常に弱いことを反映して総需要が非常に低迷しているという状況からスタートしよう。その結果、中立金利は低く、実効下限制約により中央銀行が達成できる金利よりも低いとしよう。
r*はrminよりも小さく、したがって、 r=rmin<r* だ。金融政策が中立金利に見合うほど金利を低く設定できないため、生産は潜在水準よりも低いものとなる。そのため、マクロ経済の安定化、そして、財政赤字を拡大させて生産を潜在水準に回復させることを優先しなければならない。
財政赤字をどの程度拡大すべきか
最低限でも、r*をrminの水準に回復するのに十分なものとすべきだ。それにより生産が潜在水準に回復し、 r=rmin=r* のように、中央銀行は政策金利を中立金利とちょうど同じ水準に設定することができる。
しかし、これでは実効下限制約が依然として厳格に拘束するため、金融政策がさらなる負のショックに対応する余地が存在しない。したがって、財政政策がすべきことは、金融政策にある程度の余地をもたらすため、r*をより高い値、例えば r*=rmin+x とすることを目指すことだ。xをどの程度の大きさとすべきかは、金融政策の余地を生み出すことと債務のコストの増加との間のトレードオフに依存する。
その実施形態としては、様々な形が考えられる。政府が主導し、財政赤字の規模を選択することができる。それにより経済の過熱が生じ、r*に沿って中央銀行がrを引き上げることで対応する。または、政府が需要を拡大しつつ、中央銀行が金利を引き上げることで望ましい中立金利r*の値で潜在生産量を達成できるよう、財政拡張・金融引き締めの協調という形を取ることもできる。
財政政策に関して明らかに誤っているものは、この文脈で純粋財政アプローチを優先し、債務を減少させるために財政再建に取り組むことである。金融政策が実効下限制約によって拘束されているという前提を踏まえれば、この場合では財政再建は生産の縮小につながる。
生産の縮小による厚生面のコストは大きく、債務の縮小による厚生の増加はわずかである(この点については、第6章で世界金融危機後の緊縮財政への移行を議論する際に詳しく説明しよう)。本書内の「実効下限制約が拘束する状況下における緊縮財政による債務と生産への影響」は、そのような政策が実際に採用された場合、債務と生産がどのような結果となるかを説明するものだ。
重要なインプリケーションがある。そのような政策が採用される場合、 rmin +x より低い金利とはならないはずだ。つまり、財政政策は中立金利の下限を設定し、中立金利が rmin+x を下回れば財政赤字を拡大する用意があることになる。
民間需要が強くなると仮定しよう。財政政策はどのように調整すべきか。
上記と同様の論理で考えると、民間需要が強くなれば、政策調整は金融政策の余地をある程度拡大しつつ、同時に財政赤字をある程度削減する形をとるべきだ。つまり、民間需要の増加は財政赤字の縮小によって部分的に相殺され、民間需要の増加分よりも総需要の増加分が小さくなる。そして、この総需要の純増分は、需要と生産を潜在水準に維持するために、金融引き締め、つまり政策金利の引き上げによって相殺されるべきものだ。
その結果、財政赤字は縮小し、中立金利は上昇し、金融政策の余地は拡大するはずだ。ここでも、財政と金融の引き締めの実施には、財政政策が主導し金融政策は経済の過熱を防ぎ生産を潜在水準に維持するために反応する形と、民間需要の変動に反応して両者が協調する形がありうる(財政政策と金融政策の協調に関するもう1つの問題、つまり、統合政府の債務の平均残存期間に影響を与える協調した意思決定については、本書内の「量的緩和と国債管理政策の綱引き」において説明している)。
民間需要がさらに増加すると、金融政策の余地の拡大による限界利益は縮小し、債務の限界費用が増加する。このことは、財政による民間需要の相殺の意義が強くなることを意味する。
実際、民間需要が非常に強くなり、金融政策に財政再建を含む多くの負のショックを相殺する十分な余地がある場合、政府は純粋財政アプローチに焦点を当て、マクロ経済の安定化については金融政策に完全に委任し、時間をかけて債務を縮小するために黒字を適切に計上することができる。
この政策の特徴付けは第一段階でしかないことは明白だ。原則は明確だが、これらの提案を実践に移すためには、さらなる形式化と定量的な研究が必要だ(*2)。
*1 何度も議論したが、現代貨幣理論(MMT : Modern Monetary Theory)がどのようなものであるか正確に理解することは困難だった。マクロ経済安定化のために、金融政策ではなく財政政策を用いるべきだというのが、その主な考え方の1つであると私は解釈している。そうであれば、中立金利が非常に低く金融政策を用いることができない場合には同じ見解となるが、中立金利が高い場合にはそうではない。
*2 関連して、財政政策の設計や長期停滞・実効下限制約の影響に関する分析的アプローチについては、Mian, Straub,and Sufi(2021a)を参照。
今後の日本のマクロ経済政策の方向性の輪郭を説得的に示し、1990年代以降の日本の金融政策と財政政策について丁寧に分析。近年進められているマクロ経済政策の再検討において決定版となる一冊。
オリヴィエ・ブランシャール著/田代毅訳/日本経済新聞出版/3080円(税込み)

