近年の日本企業によるM&A(合併・買収)には、どういった特徴や傾向があるのか。マッキンゼーの分析によれば、近年のM&Aのテーマは、DX(デジタルトランスフォーメーション)領域やサステナビリティの強化を目的とする案件が目立っている。このトレンドは2024年以降も継続し、活況を呈すると考えられる。『マッキンゼー 価値を創るM&A』(加藤千尋、呉文翔、福富尚、山﨑敦著)から抜粋・再構成してお届けする。
M&A件数は2023年に金額ベースで5割増
2022年、日本企業が関与したM&A件数は、2021年対比微増の4304件と過去最多を記録した。2011年から2019年までは毎年増加していたものの、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、2020年には約10年ぶりの減少が見られた。しかし、2021年、2022年には力強さを取り戻し、1985年の調査開始以来最多を2年連続で記録した。2023年の件数は2022年対比で減少したものの、金額ベースでは約17兆9000億円と2022年対比で約5割増加した。
M&Aテーマにおいては、DX領域の強化やサステナビリティの強化を目的とする案件が目立っており、このトレンドは2024年以降も継続し、活況を呈すると考えられる。
加えて強調すべき点として、成長を模索するM&Aが多かった点が挙げられる。例えば、2023年に発表されたディールバリュー100億円以上の国内企業関連のM&Aのうち(同一グループ内取引を除く)、買い手と売り手の業種が異なるディールが占める割合は64%と2013年の46%から大きく上昇し、過去10年で最高となっている。単純に異業種のM&Aが「成長のM&A」というわけではなく、投資ファンドの台頭により増加傾向にあるといった背景もあるが、隣接領域を含めて成長を模索する機運が高まっていることは確かである。
新たな領域での成長を模索するM&A
コロナ禍をはじめ、近年は様々な領域で大変動とも言える変化が起きている。過去数十年間、「当然」であった事業の持続性が目の前で崩壊し、様々な産業のこれまでの秩序が覆された。それを目の当たりにする中で、新たな領域での成長を模索するM&Aが多く観察された。
例えば、2022年1月から2023年末までの案件でいえば、コア事業の周辺領域(異業種を含む)への進出(例:NTTドコモによるマネックスホールディングスへの資本参加、みずほ銀行によるグリーンヒルの買収)や海外での事業強化(例:住友生命保険によるシンガポールライフへの追加出資、日本製鉄によるUSスチールの買収やタイのGスチール、GJスチールの買収)はこの典型的な例であり、上記で述べたDX領域の強化(例:富士通によるGKソフトウェアの買収、オムロンによるJMDCとの資本提携)、およびサステナビリティの強化(例:NTT、JERAによるグリーンパワーインベストメントの買収、三井物産によるメインストリーム・リニューアブル・パワーへの出資参画、東京ガスによるロッククリフ・エナジーの買収)についても、成長へとつながるM&Aテーマと解釈できるだろう。
また、海外での事業強化は重要なテーマの一つとなっており、2010年頃より案件数が増加傾向にある。ただし、足元ではコロナ禍の影響、円安、地政学リスクの顕在化等に伴い、「In‐Out」と呼ばれる日本企業の海外企業の買収は国内関連案件対比、相対的に比率が低下している。
なぜ成長を目指す必要があるのか
我々は、企業が永続的に存続(ゴーイング・コンサーン)し、価値創造を行う上で、成長は必須であると考えている。マッキンゼーが2014年に実施した企業成長に関するリサーチによると、米国の100社を対象に30年間にわたるパフォーマンスを測定した際、最初の10年間にGDP(国内総生産)を凌駕(りょうが)する成長を実現した企業はGDP未満の成長企業に対し、30年後の生存率は約3倍高いことが分かっている。
加えて、30年間のTSR(Total Shareholder Returns:株価の上昇と配当の合計を株価で割った数値で、株主リターンの総額を表す)も、GDP以上の成長企業の方がGDP未満の成長企業よりも約16%高いことが分かっている。このことからも、やはり成長が企業の永続的な存続および価値創造の両方に必要であることが分かるだろう。
マッキンゼーが834社を対象に成長に関するリサーチを実施した結果、約75%が事業ポートフォリオおよびM&Aにおける意思決定によって成長を実現したということが分かっている。M&Aを活用した成長による価値創造は、企業の永続的な存続において大きな役割を果たすのである。
買収と両輪とするべき事業売却
企業価値創出では、「引き算」による方法として買収と同様に有効なのが事業売却である。マッキンゼーの研究で、ポートフォリオの更新には適切なペースがあることが明らかになった。10年間で売上構成の10~30%が異なる事業から由来するというペースでポートフォリオを動かした企業が、それよりも遅くあるいは速く事業構成を変えた企業よりも高い企業価値を創出している。このことからも、買収に加えて売却もそれを達成する有力な手段であることが示唆される。
自社の事業について、もし自社がベストオーナーではない場合、ベストオーナーに売却することで、現在よりも高い価格で売却ができるため、自社の株主価値の向上に貢献できる。売りのM&Aは、売却対価が売却事業の本源的価値(スタンドアローン・ベース)を上回る取引になる原則から、ほぼ100%経済的な観点からは成功すると考えられるのである。
「選択と集中」という言葉はすでに多くの企業経営者に浸透している。一方で、日本企業は実質的な「選択と集中」が依然、十分に進んでいないと言える。多角化企業における事業売却は、決して簡単ではない。「祖業の縛り」や長年取り組んできた事業に対する思い入れは大変強い。育ててくれた先輩への恩返し、自分が所属した事業への恩義といった思いが精神的なハードルとなり、売却の判断を難しくしているようにも見える。社会的にも、事業売却に対して必ずしもポジティブな声だけがあるわけではない。
では、「保有ありき」から脱却するためには、どのような考え方が必要なのだろうか。「自社事業を売却すべきか」と考えるより、「自社が本当に保有すべきなのか、その事業で働く従業員やステークホルダーに対して、自分たちは最も適したオーナーであると胸を張って言えるのか」と考えるのも一つの手である。こうして客観的な議論や検討を促すのである。
このような組織における強力な「慣性」は、日本企業以外でも存在しており、経営陣として勇気のある客観的な判断を行う工夫が施されている企業も多い。あるエネルギー系企業の経営企画部門は、毎年自社のアセットの3~5%を売却候補として挙げることが義務づけられている。別のフォーチュン100企業では、各事業ユニット長は、常に自身の管轄下の事業から3事業を売却対象として挙げておかなければならないとしている。
さらに、売却の経験を得ることで、よりうまい「買い手」となる期待も持てるであろう。M&A交渉の両面の経験値を積むことで得られる組織能力は侮れない。もちろん、売却で得られるキャッシュがその後の買収の資金源にも充てられる。
このように、様々な角度から、買収と売却は価値創造の両輪として組織的に推進すべき動きである。
さらなる成長を目指す日本企業が、いかにしてM&Aを組織能力として構築し、価値創造の成功確率を向上させるべきか。この経営課題に関する問いを解き明かすのが、本書のミッションである。
加藤千尋、呉文翔、福富尚、山﨑敦著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)




