日本企業は、自国市場の成長が限定的である産業が多く、さらに多くの産業ではデジタル化により既存の事業モデル・収益モデルが脅威にさらされている。こうした中で、どのようなM&A(合併・買収)をするべきなのか。『マッキンゼー 価値を創るM&A』(加藤千尋、呉文翔、福富尚、山﨑敦著)から抜粋・再構成してお届けする。
M&Aにおける価値創造とは何か
企業はどのように成長を実現することができるだろうか。成長の仕方には大別して3つの類型がある。1つ目は市場自体が成長しており、現在のシェアを維持さえすれば個社も成長するパターンである。例として、現在のEV事業やデジタル・AI領域等が挙げられる。
2つ目は市場内でのシェアを拡大させるパターンである。これは他社からシェアを奪取する必要があるため、競合他社も対抗施策を講じてくる可能性が高い。場合によっては価格競走に陷ってしまうこともあり、ハードルが高いと言える。それでも、M&Aを活用することにより、競合と一体となりシェアを拡大するというオプションは存在する。
3つ目は周辺領域や新規領域への進出に伴う成長というパターンである。ここでもゼロから新規領域での成長を目指すには多くの時間やリスクを覚悟する必要があるため、M&Aもオプションとして検討できるだろう。
つまり、市場全体が自然成長する事業領域に自社がすでにいる場合を除くと、M&Aが成長の手段として検討されるのは理にかなっていると言える。特に多くの国内市場が成熟期に入っている中で、日本企業が継続的な成長を実現するためにM&Aを志向することは必然なのである。
ただし、M&Aによる買収実行自体は、価値創出の観点では本質的な成長ではないことに気を付けるべきである。あくまで、買収対象企業が現在有している売上高やキャシュフローに対して同等の対価を支払った、売上およびキャシュフローのアロケーションの移動に過ぎない。我々が成長と企図しているものは、M&Aを通じた足し算による規模の拡大の後、さらなる売上高の拡大を実現し、価値創造することである。そのためには、買収者は(少なくとも、現在のオーナーよりも)ベストオーナーであることが求められる。将来のキャッシュフロー拡大に資するシナジーを創出できることが、ベストオーナーの必要条件である。
具体的には、買収後に、ガバナンスやPMI(買収後の組織統合)により、足し算による売上の拡大に加えて、追加的な成長すなわち売上高やキャッシュフローの増加が実現できる必要がある。この追加分こそが、本質的な価値創造を伴った成長なのである。また、M&Aはプレミアムの支払いに伴い、想定創出シナジーの一部をアップフロントで売り手に払い出す「負けから始まるゲーム」である点も踏まえると、価値創造は必須であると言える。
M&Aの狙いは企業戦略から導出される
この本質的な成長とは、買い手が買収を行うことによって、買収対象企業がスタンドアローン、もしくは現在のオーナーの下で創出できる企業価値よりも大きな企業価値創出が実現できることを意味する。より具体的に言えば、買収後の両社一体となった将来キャッシュフローの現在価値の総和が、売り手と買い手のスタンドアローンのキャッシュフローの現在価値の総和よりも大きくなる状態を達成してこそ、はじめて企業価値を創出したこととなり、買い手としては、「あるべき姿」を達成したことになる。
それを追求するためには、適切な買収対象の選定、適切な買収価格の算定、買収実施後のシナジー創出とガバナンス構築が鍵となり、この一連のケイパビリティを会社の形式知として確立している企業ほど、本質的な成長を成功裏に実現している。
すなわち、一足飛びに「それではとにかくM&Aをやって成長しよう」となってはいけないのである。M&Aはあくまでも成長実現の「手段」の一つであり、「目的」ではない点に留意してほしい。企業には中長期的に達成したい絵姿があり、足元の現状とのギャップを埋めて理想に至るための戦略が存在する(戦略策定上のWhatと呼称される「何をやるべきか」という要素)。そして、その戦略を実現するための戦術(戦略策定上のHowと呼称される「どのようにやるべきか」という要素)の中に「手段としてのM&A」が存在する。
つまり、すべてのM&Aのテーマや狙いは、企業戦略から導出されるはずである。例えば、企業が戦略を実現するための現状とあるべき姿のギャップを埋める必要がある場合、不足しているケイパビリティの獲得をM&Aで実現することがM&Aのテーマとなりうる。すなわち、その獲得すべき要素の解像度が高いほど、M&Aの狙いは明確となり、成功確率は高くなるだろう。
マッキンゼーの調査で判明した事実
例えば、自社事業のデジタルによる強化を成長戦略として掲げている企業の中で、「不足しているデジタルケイパビリティである××を獲得する」などと、求めるものが具体的になっている企業であるほど手段としてM&Aをうまく活用し、結果として多くの件数や適切な規模の買収が実現できている。
マッキンゼーの調査では、2015年から2019年にかけて成長を実現した企業はそうでない企業と比較して、約85%程度多くデジタル関連のM&Aを実施していることが分かっている。成長をデジタルによって達成するという戦略を立て、求めるデジタル能力を具体的に決めた企業は、より積極的に買収に動くことができる。こうした企業がより多くの、大きな買収に踏み切ることができたのではないか。こうして、成長のためのデジタル強化という戦略と、その実現のためのM&Aという手段が結びつき、成長という結果を導いた企業が多く見られたと考える。
日本企業においては、成長のためのM&Aの必要性はより高くなると言えよう。自国市場の成長が限定的である産業が多く、さらに多くの産業ではデジタル化により既存の事業モデル・収益モデルが脅威にさらされている。自社の戦う業界や地域の転換、事業モデルの変容に必要なケイパビリティの獲得のため、海外や隣接領域のM&Aを模索するのは理にかなったことである。
「M&A戦略投資として3000億円を使います」といった宣言をIR(投資家向け広報)や企業トップへのインタビューで目にする機会は多い。我々の調査では、日系企業上位100社のうち、40社がIRコミュニケーションの重点分野として大規模なM&Aを挙げ、そのうち30社が具体的なM&A予算を発表し、M&Aを行っていく意図を外部に発信している。M&Aの宣言や予算設定自体、成長を志向するという株主へのメッセージや、案件検討機会を増加させるという狙いにおいて一定程度は有効であると考える。
しかし同時に、M&Aの目的化や予算設定そのものを「M&A戦略」と呼ぶべきではない点に注意を促したい。あくまでも「戦略の実現のために外部から獲得するべき要素」を先に特定し、それを獲得する手段としてM&Aを用いるのである。予算策定においても、「戦略の実現のために獲得するべき××とYYという要素があり、それはオーガニック(自前)での構築よりもM&Aの方が望ましく、それぞれでおよそ1000億円、2000億円程度の資金負担が発生すると見込まれる(かつ拠出可能な)ため、約3000億円をM&Aという手段に費やす予算として計画する」という考えを経ていることが重要となる。
さらなる成長を目指す日本企業が、いかにしてM&Aを組織能力として構築し、価値創造の成功確率を向上させるべきか。この経営課題に関する問いを解き明かすのが、本書のミッションである。
加藤千尋、呉文翔、福富尚、山﨑敦著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)


