M&A(合併・買収)における重要な要素であるシナジー、ガバナンス、プレミアムの3つは、どのように関連しているのだろうか。『マッキンゼー 価値を創るM&A』(加藤千尋、呉文翔、福富尚、山﨑敦著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
価値(Value)と価格(Price)の違い
我々が日頃経営陣と議論する中で、価値(Value)と価格(Price)が混同されてしまうことは実は意外と多い。特にM&Aにおいては、この2つの違いを明確化しておくことが極めて重要である。
まず定義として、価値は主観的、価格は客観的なものである。例えば、生成AI(人工知能)事業を行うA社の買収を検討した際、潜在的な買い手企業であるB社がDCF法やマルチプル法を用いてA社の価値を算定し、シナジー込みの価値のレンジが100億~200億円だったとする。一方、同様の価値算定を別の買い手候補企業C社が実施した場合、150億~300億円だったとする。これはどちらも対象企業の価値(Value)を測っているのであり、主観に基づくため、買い手候補によって異なる水準となる。
オーナーごとのシナジーの価値算定の違いが数字に表れる。さらに言えば、対象会社のスタンドアローンに限った価値においても、将来の経済動向、金利・インフレ動向、地政学リスク等、様々な見立てにより買い手候補にとっての価値算定は異なる。したがって、ディールの価値(Value)に唯一絶対の解はなく、それは主観的な想定や意思の表れであると言える。そのため、企業価値算定(Valuation)はあくまで主観的に価値(Value)を算定したものである。
一方、価格(Price)は客観的であり、かつ観測可能なものが多い。例えば、最終的にC社がA社を買収し、その売却金額が225億円だったとする。その場合、このディールの価格は誰が見ても225億円である。
M&Aで複数の買い手候補が競う場合、最終的な価格は、2番手の買い手候補の提示価格よりも少し高い水準で決着することが多い(買い手候補の提示価格が売り手の想定する本源的価値を上回っている前提)。これは絵画などのオークションで、参加者の中で2番目に高く値を付けた者より少し高い水準と合致することと類似している。
よく、M&Aでは勝者の呪い(Winner's curse)という言葉が使われる。交渉の中で価格が上がってきた際に、実際に自社が実現できるシナジーすなわち創出できる価値に接近したり、超えたりすることがあり得る。この場合、例えばシナジーの想定を恣意的に過大評価して「競売に何としても勝つ」という行動には大きなリスクがある。競売で買って最終的に価値を毀損(きそん)してしまうのではなく、払い過ぎを避けて勇気ある撤退をすることも必要である。
プレミアムの支払い
実際のM&Aではどの程度のプレミアムが支払われているのであろうか。過去10年間の欧州および米国のM&A案件における平均的な支払プレミアムは25%程度となっている。これが意味するところとしては、売却対象企業の株主は、将来買収者が創出すると考えられるシナジーのうち、現企業価値の25%にあたる分をノーリスクで、かつアップフロントで享受できるということになる。
すなわち、プレミアムを付与した形で売却した時点で売り手は100%成功したとも言えるだろう。繰り返しになるが、この場合、買い手はシナジーを現企業価値の25%超を創出してはじめてブレイクイーブンとなる。これより多くのシナジー創出が実現できればアップサイドとなり、このブレイクイーブンに達しない可能性がダウンサイドリスクとして残る。
次に日本企業について詳細に見ていく。日本企業の過去10年間のM&A案件における平均的な支払プレミアムは32%程度となり、グローバルのプレミアムよりも高い。つまり、日本企業は統計的に、欧米企業より高いプレミアムを支払っていることになる。
日本企業の高プレミアムに関する理由がいくつか考えられる中で、一つ典型的な例を挙げる。日本企業において、取締役会の株主価値創出/企業価値創出に対する意義が低く、経営陣(執行)の案件執行の意思決定に対する発信権が大きい場合、経営陣が検討を進めていく中で「欲しい」と思った際に価格を吊り上げてでも買いに行く展開が起こることがある。一方、欧米企業では、取締役会の株主価値創出/企業価値創出に対する意義の高さから、高価になった場合に定量的に価値創出シナジーを説明できないときは、そのディールから撤退する傾向がある。
また、企業価値評価以外に将来のエコノミクスに影響を与える要素としてSPA(株式譲渡契約書)の条件が挙げられる。特にクロスボーダー案件の場合にあることだが、M&Aの執行ケイパビリティが不十分であり、SPA等の契約交渉で不利な条件をのんでいる可能性もある。日本企業は売り手側に立つ経験が乏しい場合が多く、売り手の手の内を十分に理解しないまま契約締結に至っていることも多いと考える。この点も、高プレミアムでの買収をしているリスクとして留意するべきである。
シナジー、ガバナンス、プレミアムの関係
これまでに見てきたM&Aの原則から、M&Aにおける重要な要素としてシナジー、ガバナンス、プレミアムがあることが分かる。この3つは互いに密接に関連している。
例えば、支払プレミアムは、ガバナンスにおいて支配/被支配の関係が存在するがゆえ、被支配側株主が支配側にプレミアムを要求するのである。また、前述の通り、支払プレミアムはシナジー効果の一部をアップフロントで買収対象企業の株主へ支払うものである。当然ながらシナジーが存在することがプレミアムの大前提となる。
そしてシナジーの創出には、買収後のマネジメントによる迅速な意思決定を可能とするガバナンス構築が必須となる。つまり、シナジーの効果を最大限引き出すためには、いわゆる「主従関係」を明確化することが効果的であると言える。このシナジー、ガバナンス、プレミアムの大原則は、普遍的な原理原則であると言えよう。
ただし、ここでいうガバナンスにおける支配/被支配の関係は、そのままPMI(買収後の組織統合)におけるすべての意思決定や仕事の進め方に適用されるわけではない。実際のPMIでは、どのように一つ一つの意思決定を行うかはディールごとに異なり、両社で方針を決めながら推進していく。ここではあくまで、ディールの全体構造や取締役会の階層における「支配権」とガバナンスを指している。
余談であるが、日本企業でも海外でも、「対等合併」や「Merger of equals」という概念が存在する。支配(コントロール)の概念がなく、ゆえにプレミアムも発生しないと考えられ、一見メリットがあるように思える。一方で、我々の考えとしては、「Merger of equals」は構造的に成功しにくい面も多く、一概には勧められないと考える。一つはディール構造として主従関係が存在せず、シナジー達成の難易度が高い点が挙げられる。言い換えれば、実現すべきディールの成果や目標の設定が困難であることである。
また、組織的にも、「対等」を追求すればするほど、Co-CEOや取締役の構成から、現場の指揮系統や役職者の数など、あらゆる意思決定の仕組みで二重構造や社内政治的な配慮が蔓延(まんえん)するリスクがある。シナジー実現や価値向上の迅速なアクションよりも、「対等」であることへのこだわりから生じるお見合いや権力闘争に労力が割かれてしまい、取締役の階層でもガバナンスが効かない、というマイナスのシナリオのリスクが高いのである。
さらなる成長を目指す日本企業が、いかにしてM&Aを組織能力として構築し、価値創造の成功確率を向上させるべきか。この経営課題に関する問いを解き明かすのが、本書のミッションである。
加藤千尋、呉文翔、福富尚、山﨑敦著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)



