M&A(合併・買収)において、支払プレミアムを超過するシナジー創出はどのように考えるべきであろうか。「対象会社・事業のスタンドアローン価値の最大化」と「戦略的な買い手によるシナジー」の2つに大別して捉える。『マッキンゼー 価値を創るM&A』(加藤千尋、呉文翔、福富尚、山﨑敦著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
スタンドアローン価値の最大化
一般的に、支払プレミアムを超過するシナジー創出はどのように考えるべきであろうか。シナジーの構造化の整理はいくつかあり、ここでは価値創造の全体感を捉えるために、シナジーを大きく2つに大別する。
1つが対象会社・事業のスタンドアローン価値の最大化である。対象会社の単独価値の未実現の部分を、オペレーションの最適化、財務の最適化といった方策で実現していく。
これらは、いわゆるバイアウトファンドがよく活用する方策である。もう1つが戦略的な買い手(事業会社が多い)にのみ実現可能なシナジーである。こちらが、狭義のシナジーとして捉えられることも多い。
まずスタンドアローンでの価値の最大化は、理論的には買い手を問わず実現可能な価値創出であり、その中身はさらに4つに分類できる。1つ目はオペレーションの効率化等による利益率の向上、2つ目はノンコアアセットの売却等を含めた資産・経営資源の適正運用、3つ目はレバレッジの活用による最適資本構成の実現を含めた財務の最適化、そして、4つ目は上場会社を念頭に置いたもので、市場コミュニケーションによりもし株式市場における価値と本源的価値に差異がある場合はこの是正である。
4種類の価値の最大化
1つ目のオペレーションの効率化において最も一般的なものが、コスト効率の最大化による価値向上である。買収時点のコスト効率が悪いほど、買収時点で未発現の価値向上余地が大きく、逆にコスト効率がすでに高い場合は限りなくスタンドアローン価値の最大化が実現されていて価値向上余地は限定的であると言える。このことから、M&A巧者が事業売却を進める場合は、売却プロセス開始の数年前より徹底した収益パフォーマンス改善プログラムを実施することが多く、あたかもバイアウトファンドがすでに入っているかのような効率化を行うこともある。こうして売却事業のスタンドアローン価値を高めた上で売却プロセスに臨むのである。
2つ目の資産・経営資源の適正運用は、不動産資産や本業とシナジーのない事業や、経営的価値を創出できていない事業を保有している場合、その活用の適正化が挙げられる。エコノミックプロフィットと呼ばれる企業の経済的な付加価値を測定する方法があるが、これは企業が1年間に生み出した付加価値の総額を示しており、計算上はROIC(投下資本利益率)とWACC(加重平均資本コスト)の差に投下資本を掛けることで算出される。このエコノミックプロフィットがプラスである企業は価値を創出していると考えられる。
実は多くの日本企業は、企業単位あるいは事業単位でWACCを下回るROICしか創出しておらず、経済価値を生んでいないと言える状況にある。自社内でこのような資産・経営資源がある場合は、保有していること自体が価値破壊につながる。こういった資産を売却したり、より経済価値の高い事業に資源を投下したり、経営資源の適正運用を実施することにより、スタンドアローン価値を向上できる。
3つ目の最適資本構成の実現を含めた財務の最適化については、企業のレバレッジを最適資本構成水準まで引き上げあるいは引き下げることが肝要である。無借金経営が良しとされてきた日本企業特有の文化がいまだに根強く残っている中で重要な方策である。最適資本構成とは、WACCを最小化するレバレッジ水準のことである。最適資本構成は正確には観測できないものの、多くの日本企業は最適資本構成地点よりも左、つまりレバレッジ不足(負債が過小)に位置していると考えられる。
4つ目のドライバーは、市場価値と本源的価値に差異がある場合の是正であり、IRやPRを通じた市場対話が具体的な方策となる。これはあくまでも上場企業に限定された話であるが、本質的な企業価値を市場価値に反映してもらう取り組みである。例えば、企業価値を適切に反映してもらうトリガーとなるKPI(重要業績評価指標)を適切な頻度で開示することや、足元で取り組んでいるコスト改善プランのロードマップを示すなど、単に市場や株主とのコミュニケーションの改善として行うこともある。加えて、戦略として打ち出している施策の現時点での実績やエクイティストーリーの訴求など、その他のパフォーマンス向上や企業価値向上の取り組みと共に実施することで、より明快で説得力のあるメッセージを発信することも可能になる。
戦略的な買い手によるシナジー
前述の4つのレバーは、スタンドアローン価値の最大化に則したものである。一方、戦略的な買い手にのみ実現可能な狭義の独自シナジーも存在する。これが一般的にイメージされる2社の組み合わせによって生じるシナジーである。例えば間接部門の業務統合による効率化、生産拠点の統合による一部拠点の閉鎖、共同購買の実施によるディスカウント獲得、クロスセルによる売上拡大、などが例として挙げられる。
買収のタイプがどのようなものであれ、シナジーをどのように定義し、定量化し、実現するかはM&Aディールの成否を左右する非常に大きな要素である。
M&A戦略策定の段階で、検討しているM&Aの具体的なテーマ(投資命題)がどのようなシナジーを含むかとその強弱を理解する必要がある。ターゲット候補へのアウトリーチの段階では、対象企業に自社と一緒になるメリットを説得していく必要があり、どのようなシナジーを想定するかを相手目線に立って説くことのうまさが問われる。ビジネスDD(ビジネス・デューデリジェンス)が始まると、対象企業の内部情報へのアクセスが可能となり、想定していたシナジーが現実的に実現可能なのか、どの程度のインパクトが創出可能なのかを定量的に推計できる。
また、そのシナジーを創出するために必要なコストを見立てるべきである。ビジネスDD終了時には、どの程度までプレミアムを支払ったら企業価値向上の説明がつくのかが判明し、その価格以上の場合は潔く買収を撤回するといった案件実施是非の適切な判断となるガバナンスが効くようになる。そして、実際にディールが成立した場合は、PMI(買収後の組織統合)で取りうる限りのシナジーを改めて具体化し、それを実現しながら両社の価値創造を最大化していくのである。
シナジーを適切に捉えながらM&Aを進めることは、日本企業が不得手とすることの一つかもしれない。シナジーへの意識や具体性が十分でないままにM&Aを進めようとすると、M&A自体が目的化するような力学が組織内で働いた際に客観的なブレーキが効かなくなる恐れがある。その結果、ディールの是非や価格提示に関する意思決定を誤ったり、買収後のPMI実現が非現実的になってしまったりすることにつながる。
企業の戦略を実現する一つの手段としてのM&Aという位置付けを明確にする上で、シナジーの捉え方は極めて重要である。「今回のM&Aで具体的に獲得したいもの」を特定し、自前(オーガニック)で実現するよりもプレミアムを支払ってまでM&Aを活用した方が良い理由を明言できることと、シナジーを適切に理解することは密接に関連している。
さらなる成長を目指す日本企業が、いかにしてM&Aを組織能力として構築し、価値創造の成功確率を向上させるべきか。この経営課題に関する問いを解き明かすのが、本書のミッションである。
加藤千尋、呉文翔、福富尚、山﨑敦著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)



