「M&A(合併・買収)の成功」をどのように定義するか、そしてどのような企業がM&Aに成功しているのか。マネジメントとしては、中長期的な株価を指標として捉えるのが望ましいと考える。『マッキンゼー 価値を創るM&A』(加藤千尋、呉文翔、福富尚、山﨑敦著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
「M&Aの成功」をどう定義するか
「M&Aの成功」の正確な定義は容易ではないし、外部公開情報で成否が容易に判断できる単一指標のようなものは存在しない。特に注意しないといけないのが短期的な市場の反応である。例えば以下のような測定指標に過敏に反応し、その成否を判断するのは本質的ではないと我々は考える。
- M&A発表時点の株価の変化:M&A発表時の短期的な株価の反応は、あくまでも資本市場のその時点での期待の織り込みに過ぎず、十分なIR開示やM&Aを通じたストーリーが訴求されていない場合、長期的な株主リターンとは相関しないと考えられる
- マルチプルや利益指標(例:EPS[1株当たり利益])の即時的な増加・下落:買い手もしくは買収対象企業いずれかの高いマルチプルが適用されたまま、EPS等の増大化によって価値創出が実現されるという考え方(マルチプル・エクスパンション)に基づいた企業価値算定は、案件の実施自体では価値創出はされないという価値創造の原則に反するため、M&Aディールによるその後の価値創造と直接の関連はなく、本質的な成否の判断材料として用いるには疑問が残る
- 買収したアセットの減損:減損があるとそのM&Aは失敗と見られることは多い。一方で、減損はあくまで買い手企業の貸借対照表・損益計算書上での価値毀損に留まるため、そのM&Aの戦略的な意図や価値創出先が買い手企業の貸借対照表・損益計算書以外の点にある場合も存在し、単純に貸借対照表・損益計算書のみを見て失敗だったと結論付けるのは尚早である
その他、買収の際のプレミアムの多寡や達成したシナジーなど、M&Aを実行するにあたって自社が考慮すべき指標はいくつもある。しかし、外から見てM&Aの成否を端的に評価できる類いの唯一絶対の数値ではない。
そこで、マネジメントとしては、中長期的な株価(TSR[株主総利回り]を含む)を指標として捉えるのが望ましいと考える。当然、M&A実施後時間が経過するにつれて様々なファクターが株価に織り込まれていくのでM&A単体の指標として見ることはできないが、あくまでもマネジメントとしてM&Aの成否を含めて目指すべきは、株価(≒株主価値≒企業価値)の最大化という点は変わらない。
組織能力としてのM&A
我々はM&Aを組織能力として備え、活用しているがゆえに、長期的な企業価値の向上に十分に寄与しているかという点もM&Aの正否や巧拙を考える際の重要な観点だと考えている。もちろんこれは前述の戦略的および財務的な目的を達成し、価値創造をしているかという観点とも連動する。すなわち一つ一つの案件で価値創造を積み重ねることが、長期的にM&Aを戦略や業績の実現に活用できることにつながることになる。これらを組織として確度高く実現できる力が「組織能力としてのM&A」と我々は考える。
マッキンゼーが長年実施してきているM&Aについての研究から、組織能力としてのM&Aを考える。まず、M&Aを案件単位ではなく、その企業が一定期間を通してどの程度のM&Aを行ってきているかの類型を定義する。その定義とは以下の通りである。
- プログラマティック:年に1~2件以上の中小規模の買収を実施し、それらでの累計で時価総額の一定割合以上を買収で獲得
- 選択的:選択的な買収(案件数は少なく、買収によって獲得した時価総額の対象規模も幅広い)・大型案件:変革的な大型ディールを少なくとも1件実施(時価総額の少なくとも30%を占める)
- 有機的(オーガニック):目立ったM&Aは見られない(3年に1件以下)
2013年から2022年までの、グローバルの時価総額上位2000社を見ると、プログラマティック型に分類される企業は全体の14%である。このうちの日本企業を母集団として見ると、そのうち9%がプログラマティック型である。
プログラマティックのリターンが最も高い
この分類が有意義なのは、プログラマティック型が他の型よりもリターンが高いことが端的に示されるからである。調査期間の各企業の株主リターンがそれぞれの企業の業界平均をどの程度上回っているか(超過TSR)を見ると、プログラマティック型の中間値がその他の型の企業群の中間値よりも大幅に高く、より高いリターンを実現していることが分かる。
プログラマティックM&A型に分類される企業は、日本企業でもグローバル全体で見ても、統計的に他の類型よりも非常に高いリターンを実現していることが示される。この結果は、異なる期間(2007~2017年など)を取っても同じ傾向を示し、非常に強力な示唆を含む結果であると考える。つまり、真にM&Aを組織能力として持ち活用している企業は、長期にわたって他企業よりも高いリターンを出すことができる、ということが示されるのである。一方で、それを実現している企業は、グローバルでも全体の14%であり、日本企業ではわずか9%しかない、ということも特筆すべきである。
この調査は、プログラマティックM&Aが、企業がM&A活動を強化する際に目指すべき型の一つであることを示している。日本企業のM&Aの成功について、他の調査結果も参照したい。デロイトトーマツコンサルティング合同会社がM&A経験のある日本企業190社に対して行った調査によると、過去に実施したM&Aにおいて目標を十分に達成できた企業の割合は全体の36%であった。また日本経済新聞での調査では、日本企業の海外企業の買収の成功率は1~2割と言及されていた。さらに、日経ビジネスにおいてゴールドマン・サックス証券のM&A統括責任者、矢野佳彦氏がM&Aは全体の2割が成功と言及していた。
この成功率がおよそ実態に近しいとするならば、日本企業によるM&Aがうまくいかないという認識は強いと言わざるを得ない。グローバルにおいてもM&Aは難しいものであるという認識は強いが、それに比べても日本企業はM&Aが不得手と言えるのではないだろうか。
そのゆえんとしてはM&Aの各段階や成功要件に沿って様々な理由が挙げられる。例えば、戦略のないままいわゆる「持ち込み案件」に飛びついてしまう。過大なプレミアムの支払いに伴い、売り手の株主に対してほとんどの価値が帰属してしまう。または買収前のシナジー分析が不十分であり、想定シナジーが十分に創出できない。あるいは買収先の企業を放置あるいは細部に介入しすぎるなど、事業の本質的な成功要件(ドライバー)を向上させないPMI(買収後の組織統合)を行って買収先の現業の勢いをそいでしまうなどだ。
さらなる成長を目指す日本企業が、いかにしてM&Aを組織能力として構築し、価値創造の成功確率を向上させるべきか。この経営課題に関する問いを解き明かすのが、本書のミッションである。
加藤千尋、呉文翔、福富尚、山﨑敦著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)



