「目次や後書きだけ読んでどんな内容が書かれているのかチェックする『点検読書』をしたり、必読書を紹介した『本を読むための本』も読んだりします」。ベースフードCEOの橋本舜さんは、気になった本をじっくり読み込み、商品開発に生かしてきました。第1回は、日本料理を探求する料理人が「食」の本質に迫る本を紹介します。
料理の道はビジネスにも通じる
幼い頃から母に読み聞かせをしてもらったり、図書館に行って『シートン動物記』を読んだり、本が好きでした。
その後、塾通いなどで読書から遠ざかった時期もありましたが、大学受験で浪人しているときに変な友人に出会いました。みんなが大学合格を目指して必死で勉強しているなか、彼だけは「いかに勉強に関係のない本を読んで、合格できるか」という謎の目標設定をしていたんです(笑)。結果、見事合格して、同級生になったのですが。
大学時代は彼に影響されて、試験日や卒業論文提出間際までまったく関係のない本を読んで過ごしていたので、かなりの冊数を読みました。
大人になった今は多読ではなく、気になった本をじっくり読み込むタイプ。読むべき一冊を決めるのにも時間をかけ、目次や後書きだけ読んでどんな内容が書かれているのかチェックする「点検読書」をしたり、必読書を紹介した「本を読むための本」を読んだりします。そして、ようやく選んだ一冊は社員にもシェアします。最近はコロナワクチンを開発した企業、モデルナについて書かれた本、『モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか』(田中道昭著/インターナショナル新書)を薦めました。
ビジネス書も読みますが、物事の本質をしっかり理解できるような本を参考にすることが多いですね。例えば、マーケティング手法が説明されている本ではなく、マーケティングの基になっている社会学の本などを読みます。また、グーグルやアップルの成功事例をビジネス書で調べるのではなく、「どうして我々は電気を使えるようになったのか」とか、「なぜ暖かい洋服が着られるようになったのか」といった科学技術の歴史やリベラルアーツに触れられる本を選びます。そうすると、誰かのまね事ではない、自分の強みが養えるような気がするんです。
「物事の本質」という意味では、 『おいしいとはどういうことか』(中東久雄著/幻冬舎新書) は、日本料理の探求という、まさに食の本質に触れた一冊です。中東久雄さんは京都の料理店「草喰(そうじき)なかひがし」の店長。自ら野山に入り、摘んだ旬の野草や食材を生かした料理を提供しています。
自然が相手なので、いつも同じ食材が手に入るとは限らない。店に来るお客さんも毎回違う。50年近く料理人をしているなかで、「いかにして人をひきつける料理をつくってきたか」「すべて他の生物の命である食材を余すところなく食すには」といった経験が語られています。レシピ紹介や繁盛店の秘密といった本とは、まったく異なります。
中東さんが毎回違う食材で、毎回違うお客さんを喜ばせようとしていることは、ビジネスにも通じます。レシピに頼らず、その場で状況判断して、トライ&エラーを繰り返しながらも、料理の道を極めていく。とかくビジネスではビジネスモデルやフレームワークが重要視されがちですが、自分で目標設定をして今あるリソースを活用し、毎回試行錯誤することのほうが大事だと僕は感じています。
起業に至った会社員時代の疑問
僕が「食」で起業したのは、会社員時代に食と健康について疑問を感じたことがきっかけです。大企業で忙しく働いていると、毎日規則正しく食事をするのは難しい。会社の周辺には居酒屋ばかりで、飲み歩いていると肝臓にもよくない。ご飯ものを食べようとすると、中華料理、カレー、とんかつといったローテーションになってしまい、栄養バランスを考えた30品目を食べることはとても不可能です。
でも、人生100年時代になると、健康がQOL(クオリティー・オブ・ライフ、人生の質)に関わります。人々が手軽に、健康的な食事を取れることは社会貢献になると考え、「完全栄養食」を軸に起業しました。
最初は本当に自宅のキッチンで、完全栄養食のパスタを試作することから始めたんですよ。何種類もの粉を買って自分でこねましたが、ゆでたら溶けてドロドロになったり……栄養があってもおいしくないと食べてもらえないので、それこそトライ&エラーを繰り返しました。
それと並行して、管理栄養士の資格試験対策の本の中から必要なものを選んで読みました。また、栄養学を学ぶには物理や化学の知識も必要なので、NHK高校講座を1年間見て学び直しました。新規事業のノウハウは会社員時代に身に付けていましたが、栄養学の基礎をたたき込む必要があったんです。本を読んで勉強しつつ、1年間で100人くらいに会い、各業界の知見にも触れました。
今は主力商品がパスタ、パン、クッキーになっていますが、分野横断型のラインアップをそろえているのが自分たちの強みです。それができているのは、本やさまざまな人脈から得た知見のおかげだと思っています。
ベースフードは、フードテックといわれる分野で日本発のグローバル企業になりたいと思っています。海外では、ビル・ゲイツがビヨンドミートという植物由来の代替肉を製造するスタートアップ企業に出資したことが注目を集めていますが、食に関して日本は欧米に負けていません。
アメリカは歴史が短く、食文化といえばハンバーガーといわれるくらいなので、植物性ハンバーグが人気です。一方、日本人ははるか昔から植物性中心の食生活を続けており、中東さんのように、その時々で自然から得られる食材を使って、料理で自然界を表現しようという発想があります。
そう考えると、中東さんの『おいしいとはどういうことか』は世界に広げるべき本ですね。僕もこれから何度も読み返すことになる一冊だと思います。
取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子