「知識よりも重要なのは、集めた知識を情報処理する力です」。ベースフード代表の橋本舜さんは、多様なジャンルの本からアイデアを得て、商品開発に生かしてきました。忙しくなると仕事に関係のない本は疎遠になりがちですが、あえてそのような本を読むことで、意外な着想につながることがあるそうです。橋本さんがお薦めする二冊を取り上げ、ビジネスにどのように役立つかを説明します。
真剣に会議に挑んでいるか
連載2回目は、経営者として読んでおきたい本を紹介します。まず、有名な本ですが、 『フェルマーの最終定理』(サイモン・シン著/青木薫訳/新潮文庫) 。
僕は常々、知識は集めるだけでは意味がないと思っています。なぜなら、今では知識はネットを検索すれば得られるし、いくらでも手に入るから。実は知識よりも重要なのは、集めた知識を情報処理する力です。
例えば、モネの絵画「睡蓮(すいれん)」を見て、最初から感動する人って少ないと思うんです。でも、「どうしてこの人は睡蓮の絵ばかり描くようになったんだろう」とモネの生い立ちや性格について知ることで、絵画を心から素晴らしいと思えるようになります。それはモネについて得た知識を、脳が情報処理するからなんですよね。
しかし、実践的な情報処理方法を学んでいる人は少ないのではないでしょうか。そんなときに役立つのが、何千年もの間、人類の情報処理に関わっている数学と哲学です。
この本は数学界最高の難問である「フェルマーの最終定理」について書かれていますが、数学に興味がない人にもお薦めします。17世紀に一人の数学者が残した難問に3世紀もの時間をかけ、数学者たちが完全証明しようと挑んでいく。その数学者たちの人生を知ることによって、数学への興味が湧いてくるでしょう。
「難問に挑み、正しい答えを導こうとする姿勢」はビジネスパーソンに通じます。例えば、普段の会議で「なんかよく分からないけど、これでいこう」と安易に決めてしまうことはないでしょうか。
誤解を恐れずにいうと、論理的な解を導けるタイプの問題は、1人で解決できます。だから、会議をする必要がないんです。反対に、論理的に解決できない、みんなの合意形成を得ないと決定できない問題については会議が必要になります。
みなさんは、フェルマーの最終定理に挑んだ数学者たちのような真剣さ、誠実さをもって、会議に挑んでいるでしょうか。「みんながいいっていったよね」と安易に決めてしまうのは無責任極まりありません。その結果によって社内で動く人がいるし、お客様にも迷惑が掛かる可能性があります。
経営者がこの本を読んでいれば、「真面目に論理的に解を導く」とはどういうことかが分かると思いますし、僕もそうあるように心掛けています。
タイムトラベラーに勇気をもらう
次の一冊はすごく面白かったので、周囲に薦めている 『ゼロからつくる科学文明 タイムトラベラーのためのサバイバルガイド』(ライアン・ノース著/吉田三知世訳/早川書房) です。何が面白いって、2200年代ぐらいの人──ドラえもんのように未来から来た人物が過去にタイムスリップして、タイムマシンが壊れて戻れなくなったら?という設定がまず最高です。
周囲にいる人たちは着るものも言葉も持っていないので、自分がゼロから科学と文明をつくり直す必要があります。そのための科学の知識がこの本には書かれていて、読むと科学の知識が丸ごとインストールされるような感覚になります。
それから、この本のいいところは、「100年先の人から見たら、今の人間はバカなんだな」と分かるところです(笑)。
誤解を招くといけないので補足しましょう。スティーブ・ジョブズが「人生を変えたい」という人に対して、「君が手にしているものは、すでに誰かが作ったものなんだよ」というようなアドバイスをしていた記事を読んだのですが、反対に考えれば、それは自分にも作れるということ。今、机や携帯電話はこの形状をしているけれど、それは必然でもなんでもない。たまたま誰かが作って、今の形になっているだけ。
そう思うと、どうせ100年先の人から見たら自分たちは不完全なものしか作れないバカなんだし、完璧なんて程遠い。失敗を恐れずに何でもやればいい、もっとよりよいものを作ろうという勇気をもらえる一冊です。
ベースフードもたまたま今はパスタやパン、クッキーという形状ですが、さらによりよくしていきたいですね。率直にいえば、いい原料を使い、栄養価の優れた食べ物の値段は高くて当然です。今の日本における食品の値段は安過ぎ、食品関連企業社員の心身の健康が担保できません。ただ、値段が高過ぎると世の中の多くの人には食べてもらえないので、僕たちには「適正価格を決める」という社会的な責任もあります。
「健康を当たり前に」という社会課題に挑みつつ、よりよいものを生み出していきたいと思っています。
取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子