「メタバース」を実現する有力なツールであるバーリャルリアリティ(VR)。VRの背景にある技術の基本を理解するために最適なテキストが、『 バーチャルリアリティ学 』(舘暲、佐藤誠、廣瀬通孝監修/日本バーチャルリアリティ学会編/コロナ社)です。ハードウエア・スタートアップのShiftall(シフトール)を率い、パナソニックの新規事業開発にも深く関わる岩佐琢磨さんがお薦めします。
メタバースやVRを知るために
近年、急激に「メタバース」という言葉を耳にするようになりました。改めて説明すると、ネットワークで接続されたコンピューターのなかに構築された仮想空間や、それを使ったサービスのことをメタバースと呼んでいます。
もともと「メタバース(メタヴァース)」という言葉は、小説家のニール・スティーヴンスンが1992年に発表した『スノウ・クラッシュ(上)(下)』(日暮雅通訳/ハヤカワ文庫SF)というSF小説に登場した言葉として世に広まりました。『スノウ・クラッシュ』はメタバースやアバター(分身)といった概念を表現した最初の作品として知られています。
実際にはメタバースという言葉が指すものはかなり範囲が広く、『フォートナイト』や『ファイナルファンタジーXIV』のような多人数で同時接続して楽しむオンラインゲームもメタバースだと言っている人もいます。ただ、今話題になっているのは、ヘッドマウントディスプレーを使って仮想空間を視覚的に現実として認識するような、バーチャルリアリティ(VR)として構成されたものを意味していることが多いですね。そのため、僕はよく「VRメタバース」という表現を使っています。
僕のなかでは、今回の『バーチャルリアリティ学』と第3回で取り上げる『ゲームウォーズ(上)(下)』(アーネスト・クライン著/池田真紀子訳/SB文庫)はセットになっていて、この3冊を読めばVRメタバースの全体像がつかめると思っています。VRについての現実的な技術や研究内容をまとめたのが前者、そしてその延長線上にある未来を描いたのが後者です。VRメタバースをユーザー側から表現したのが『ゲームウォーズ』で、作り手側から技術やアプローチを解説しているのが『バーチャルリアリティ学』と言い換えることもできますね。
『バーチャルリアリティ学』は、日本バーチャルリアリティ学会が編集している本だけあって、執筆者はVRの世界で著名な研究者ばかりです。特に監修として名を連ねている舘暲先生は、日本のVR研究の第一人者。非常に濃い内容のテキストです。
舘先生が書かれた単著には、例えば『バーチャルリアリティ入門』(ちくま新書)など、もっと分かりやすいものもあります。SNS(交流サイト)などでVRやメタバースの話題に触れて、少し詳しく知りたくなったというような人には、こちらの本もお薦めです。
VRの裏側には何があるのか
『バーチャルリアリティ学』では、そもそもなぜ人はVRを現実であると錯覚するのか、といったことが詳しく述べられています。
例えば、右手を顔の前に動かせば、仮想空間内でも顔の前に手が現れる。こうした自分の身体の動きにきちんと呼応した映像表現が行われる、つまり解像度の高い身体投射性があることで、人は仮想空間内で高い現実感や没入感を抱くわけです。この本では、そういった身体投射性など、VRのキーになる理論や技術、そしてそれを具体的にどのようにユーザーに提供するのかといったことが、しっかりと解説されています。
この本を読むと、メタバースという概念以上にVRもまた幅広い概念であることが分かり、そしてそれを端から端まで網羅していることに驚かされます。刊行は2011年。まだ「Oculus Quest」(後述)が発売されるどころか、これを開発した会社が設立されるよりも前に出た本です。
しかし、内容は全然古くなく、今でも本当に多くの気づきが得られます。デバイスはともかく、基本的な考え方はさほど変わっていないことが分かります。ある先生がこんな研究をしていてそれを何年に発表した、といったことがたくさん書かれているのですが、それらの研究成果を実用化して製品に仕立てたVR用のデバイスが今販売されている「Meta Quest 2」(旧「Oculus Quest 2」)だったり、「HTC VIVE Pro 2」だったりするんですね。つまり、この本に書かれた内容が今のVRサービスや機器すべての基礎になっています。
他にも、味覚や嗅覚、触覚などに関するVR研究もたくさん紹介されているのですが、民生品レベルではいまだ実現していないものの方が多いくらいです。今後出てくるデバイスを考える上でも役に立ちます。
なお、「Oculus Quest」はパソコン不要(スタンドアロン)でVRゲームやメタバースを体験することができるヘッドマウントディスプレーで、フェイスブック(現・メタ)の一部門であったOculus VRが開発し、2019年5月に発売されました。現在は後継機種の「Oculus Quest 2」(現「Meta Quest 2」)が販売されています。HTC社が開発した「HTC VIVE Pro 2」などのヘッドマウントディスプレーは、パソコンに接続する必要がありますが、スタンドアロン型に比べてより精緻なVR空間を体験することができます。
この本は、仕事でVRやメタバースに関わることになったけれど、知識がまったくない人にこそ薦めたいですね。技術的な内容ですが丁寧に分かりやすく説明されており、理系の専門的な知識がなくても理解することができます。
VRに関して研究者たちは今までどんなことを考えてきて、どういう技術が編み出されてきたのか。「Meta Quest 2」のようなVR用のデバイスを体験した後にこの本を読めば、その体験の裏側にある技術を一通り学ぶことができます。
内容的に古さを感じないだけでなく、VRに関してここまで体系的にまとまっている本は今に至っても他に存在しません。ですから、今でも自信を持ってお薦めできる1冊ですね。
加えて、もう1冊お薦めしたい本が、『 メタバース進化論 仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界 』(バーチャル美少女ねむ著/技術評論社)です。『バーチャルリアリティ学』が作り手側、技術側からの本だったのに対し、メタバースに住み、メタバースをもう1つの現実としてすでに利用している「住人」の視点からメタバースの魅力を解説している1冊です。2021年に著者が実施した「ソーシャルVR国勢調査2021」というユーザー対象アンケートの数値をもとに、VRメタバース(主にVRChatとNeosVR)のユーザー利用実態をひも解いています。
VRメタバースの住民となって実態を理解するには、長い時間がかかり、たくさんの方とVR空間内でコミュニケーションをする必要がありますが、この1冊を読むことでおおよその実態を理解することができます。メタバースを知る上で、ぜひ読んでおきたい本です。
取材・文/稲垣宗彦 構成/山田剛良(日経BP 技術メディアユニット クロスメディア編集部) 写真/加藤 康