生成AI(人工知能)台頭による課題の1つである電力不足をどうするのか。『経営に活かす生成AIエネルギー論 日本企業の伸びしろを探せ』(日本経済新聞出版)の著者で電力分野の専門家である東京電力パワーグリッド副社長・岡本浩氏と、生成AI分野の第一人者である東京大学教授・松尾豊氏、DX(デジタルトランスフォーメーション)分野の専門家である東京大学客員教授・西山圭太氏が語り尽くします。第1回は、生成AIの技術やエネルギー消費を「脳」と「人体」のモデルに結び付け、エネルギーが過度に集中しない分散的なシステム構築や多層的なネットワークの設計、組織や技術開発へのヒントが示されます。『経営に活かす生成AIエネルギー論』から抜粋・再構成。

新たな発想で生成AIの活用環境を捉え直す

岡本浩・東京電力パワーグリッド副社長(以下、岡本) 私はネットワークが専門で、電気のネットワークとモビリティ、水などさまざまなネットワークが交差するところで電力を調整すれば効率よいグリッドシステムが構築できるのではないかと考えてきました。異なるネットワーク間にある相互補完性や相互作用を捉えれば、全体として最適な配置や運用ができるのではないかと思うのです。松尾先生は首相官邸でのGX2040リーダーズパネルのプレゼンでもDX、GX(グリーントランスフォーメーション)がAIの促進要因になると指摘されましたが、そのお考えを改めてお聞かせください。

松尾豊・東京大学教授(以下、松尾) AI、デジタルを活用して既存の何かを最適化しようとするとき、データを取得し、最適化手法を使うなり、AIで予測した上で最適化することが必要です。その最適化もコスト面だけでなく、環境負荷を考慮しなければならない。それに加え、世界的に生成AIの開発競争が加速する中で電力需要をどうするのかという課題も出てきた。半導体自体の消費電力を減らす、空調等の最適化をうまくしてデータセンターの発電量を減らすなど、必要な電力を減らすことと、需要調整としてデータセンター自体を止めようと思えば止められる仕組みもあっていい。

 実際には、生成AIの推論を中断するのは難しいのですが、生成AIの学習においては、一時中断してもそれほど影響がない。そうすると電力のピーク時を避けて、再生可能エネルギーと組み合わせて学習させるなど、いろいろな使い方ができるはずだというお話をさせていただきました。

岡本浩・東京電力パワーグリッド副社長
岡本浩・東京電力パワーグリッド副社長
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岡本 再生可能エネルギーの余剰時に学習を行い、その知識を推論時に活用するという考え方は、エネルギーとAIの共生関係を示す具体例として示唆に富んでいます。DXを専門にされている西山さんはどうお考えでしょうか。

西山圭太・東京大学客員教授(以下、西山) 情報処理とエネルギー利用を関連づけて全体を捉えようという試みには賛成します。DXとGXとは密接に関係しています。他方それをネットワークという枠組みだけで捉えるのは限界があると思っています。レイヤー(層)の発想、ネットワークが多層になっているという発想が必要でしょう。電気が余っているところで学習させればエネルギーを効率的に使えるという話と、推論をして何かを動かすという情報処理活動は別の場所、レイヤーで起こっていることです。一見、リアルタイムにネットワークをつなげて、どこで何をさせるかということのように見えますが、少し違います。

 人間の活動に置き換えれば、都会の大学で勉強した人がその知識を踏まえて、地方の現場で仕事をしているのと同じようなものです。人間の知的活動を含めて最適解の探索の仕方は対処すべき環境によって変わります。それを反映して知的活動や情報処理を分業したほうが効率的です。よりグローバルでマクロなレベルとよりローカルでミクロなものとの分業と言ってもよいかもしれません。それを単一のレイヤーのネットワークのやり取りで処理すると負荷がかかりすぎて無理があります。自律分散型の分業をいかに効率的に処理するシステムを構築するのかが問われていくに等しいと言えますね。

写真左から松尾豊・東京大学教授、西山圭太・同大学客員教授
写真左から松尾豊・東京大学教授、西山圭太・同大学客員教授
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岡本 われわれも生成AIの学習はフレキシブルで、どこでも、いつでもできると考えています。一方、生成AIの推論は、答えがすぐに欲しくて聞いていることが多いから、いつどこで処理できるか分からなくて回答できません、となってもまずい。となると学習と推論で演算処理する場所が分かれる可能性もありますね。

松尾 はい、そうなると思います。

電力が余るときにAIを学習させて最適化

岡本 推論用のエッジに近いデータセンターとグローバルな知恵をためる大きいデータセンターに分かれるのかもしれません。もともとAIは、世の中をスマートにするためのものです。再生可能エネルギーには季節変動があるという課題も、電力が余っているときに学習させてAIを賢くしながら世の中全体を最適化することにつなげられるとよいですね。

松尾 ただし、今はエヌビディアが利益率70%とひとり勝ちでGPU(画像処理半導体)も高価なので、高コストなGPUを使っている限り稼働率を上げたほうがよくなる。つまりAIはいつでも稼働させないといけないので、再生可能エネルギーに合わせて稼働というほどの余裕はない。そうしたGPUを巡る状況が解消されると、今のような話が現実的に実施しやすくなるかもしれないと思います。

岡本 激しい競争もありますから、GPUがより安価になったり、半導体レベルでの省エネが進んだりする可能性もありますよね。

松尾 エネルギーの面もありますが、冒頭の話にあった異なるネットワーク間にある相互作用も興味深いです。2000年ぐらいに複雑系ネットワークというのが登場した頃、スケールフリーやスモールワールドなど、複数ネットワークのインタラクションを記述するネットワーク理論ができないか、考えたことがあります。ものすごく単純化すると、電気と水道とガスが来ていれば家が建つというように、何らかの相互作用があったり、変換があったりすれば機能するのではないか、と。実際には思ったより難しくて美しい理論にならない。そういう理論は世界中でおそらく誰もやっておらず本当はやりたかったテーマの1つではあり、面白いとは思うのです。

西山 実際のところ、まさに人体はスケールフリーというか、そうなっています。人体の制御とそれを構成する細胞の働きは異なるレイヤーで起こっており、しかもお互いに関係して一種の分業関係にあることは、多分誰も否定できません。そしてそのメカニズム全体を認知的な機能として捉えるべきだというのが最近の生命科学の考え方です。乱暴に言うと、生成AIを活用する情報ネットワークも、エネルギー消費を巡って社会全体のスケールで起ころうとしていることも、それと同型のメカニズムだと考えるべきだというのが私の考え方です。それを「データスペース」と名付けています。

 データスペースは、従来の産業・組織の枠を超えた新しいデジタル空間の概念です。複数の組織が互いに信頼性を確保しながらデータを自由に流通させることができる新しい経済・社会活動のための空間でもあり、そこでモノづくりなども進められる。物理的にはデータセンターの中などに存在するわけですが。さまざまなサブスペースが構築されて、人間が介在し、ネットワークも介してトランザクションが起こる。さまざまな処理が垣根を越えて計算できることがDXの実現につながるわけです。

 こうしたマルチスケールのネットワーク概念は、脳神経科学者のカール・フリストンなどが提唱していますが、「細胞レベルの個別の活動」「脳による全体的なコントロール」「各階層間の有機的な連携」といった人体の制御システムをモデルとしています。

松尾 極めて重要な指摘だと思います。要するに複数のネットワークの相互作用とアーキテクチャをどうつなげていけば最適化が進むのか。そして、それは具体的にどこで起こるのかということですね。

「データスペースは従来の産業・組織の枠を超えた新しいデジタル空間の概念」と話す西山氏
「データスペースは従来の産業・組織の枠を超えた新しいデジタル空間の概念」と話す西山氏
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西山 私自身も1つの理屈でさまざまな現象が説明できるというスケールフリーなネットワークの考え方には興味がありました。それをいわば発展させているのが最近の生命科学の動きだと思います。つまり細胞レベル、臓器や組織のレベル、人間を含めた個体のレベル、さらにはそれを超えた人間社会などのエコシステムのレベルについて、メカニズム的には似たことが繰り返し現れるという考え方です。しかもそのメカニズムは認知的で情報処理的な機能だが、エネルギー利用の効率性とも関係するとされます。

 これについて、最近ある論文で読んだ面白い考え方が、そのスケールフリーの認知的な活動をスペースという概念を使って統一的に捉えようというものです。先ほどのデータスペースという言葉もここからヒントを得ています。スペースというのは、人間でも生命体でもAIでも認知機能の基礎にはべクトル表現があるという考え方で、それを使って生命体は、環境の観察と相互のコミュニケーション、さらには目的への到達という意味でのナビゲーションをしているという発想です。さらにこれをレイヤー構造に結び付けると、上のレイヤーは、下のレイヤーのスペースの形状、いわば等高線のようなものだけを与えて間接的に影響制御していると考えます。また、それが多層のレイヤーをまたいでずっと繰り返されている、そういう考え方です。

岡本 フラクタルというか、階層構造ということなのですね。データスペースという考え方は、今後のデジタル社会を考える上で極めて重要な示唆を含んでいますね。人体の制御システムをモデルとした多層的なアプローチは、既存の産業カテゴリーや組織の枠を超えた、より有機的なシステム構築の可能性を示唆しています。この視点は、エネルギーと情報ネットワークの統合という新しいチャレンジにも大きな示唆を与えてくれるのでは?

西山 そうかもしれませんね。

(第2回に続く)

岡本氏、松尾氏、西山氏による熱い議論が繰り広げられた
岡本氏、松尾氏、西山氏による熱い議論が繰り広げられた
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写真/渡辺幸和

AIのせいで電力が足りない!? 電力システム、スマートグリッドの構築に長年かかわってきた著者とIT専門家が、生成AI台頭に伴う電力不足・データセンターブームなどの最新動向を踏まえて、再エネとAIを組み合わせた戦略発想の必要性を提示する独自の啓蒙書。

岡本浩、高野雅晴著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)