日本のAI(人工知能)分野の現状は厳しく、勝ち筋が見えない。『経営に活かす生成AIエネルギー論 日本企業の伸びしろを探せ』(日本経済新聞出版)の著者で電力分野の専門家である東京電力パワーグリッド副社長・岡本浩氏と、生成AI分野の第一人者である東京大学教授・松尾豊氏、DX(デジタルトランスフォーメーション)専門家の東京大学客員教授・西山圭太氏が鼎談(ていだん)します。第2回は岡本氏と松尾氏が語り合い、冷静な現状認識で地道に最善手を積み重ね、未来に巻き返すチャンスを待つべきと松尾氏が指摘します。『経営に活かす生成AIエネルギー論』から抜粋・再構成。
勝ち筋なき日本はこれからどう巻き返すのか
岡本浩・東京電力パワーグリッド副社長(以下、岡本) 松尾先生と私は同じ研究室出身なので、ネットワークを見て最適化したくなるというのはよく分かります。少し話が飛んでしまいますが、今の日本のAIにまつわる事情を考えると勝ち筋というのはあるんでしょうか。
松尾豊・東京大学教授(以下、松尾) AI戦略会議の座長も務めさせていただいていますから、そういうことは意識しています。ただ、勝ち筋というのはまずないと思っています。それはなぜかと言えば、勝つための法則があるのなら、本来は負けていないからです。勝っている側は負けている相手に、そういう手が発生しないようにいろいろ策を打つわけですしね。すなわち、基本的に負けているということはもう八方塞がりで、どこから行っても行けないという状態が負けているということであり、日本のデジタルは今そうなっている。だから厳しいとも思っています。
一方でそこからどう巻き返したらいいかを考えないといけない。僕は将棋の例えをよく使いますが、評価値が悪いなら悪いなりに最善手があって、最善手を指していると評価値はそんなに下がらない。そこで悪い手を指すと一気にガクッと下がって詰みが生じるのですが、弱いなりに最善手を指していると評価値が崩れず、そのうち何が起きるかというと相手がたまにミスをするのです。
それで、相手がミスをしたときに評価値はぐっと上がるのです。つまり、日本は弱いなりにやるべきことをやっていくうちに、どこかで勝機が出てくるかもしれない。そうすると生成AIに関しては、例えばGPU(画像処理半導体)やデータセンターを増やすとか、開発者も増やすとか、利活用を促進するとか、その中で電力不足を解消することも重要な最善手の1つです。当然やっていくべきことを淡々と弱いなりにやりながら、忍耐をもって相手をうかがう。
岡本 なるほど。現状以上に決定的には負けないようにすれば、もしかすると…という。
松尾 そうですね。で、もしかすると、というチャンスのタイミングは待っていれば来るのです。僕は昔からスポーツもギャンブルも勝負ごとは好きなんですが、基本的には勝負ごとのコツは単純だと思っています。淡々とやることと、勝負どころで一気に仕掛けることのメリハリをつける。できるだけエネルギーを使わず感情的にも高ぶったりせずに、淡々とやり続けて、勝負どころだと思ったときに一気に仕掛ける力を温存するということですね。
岡本 勝負となったら一気に出せるかどうかですね。
松尾 はい、その通りです。これからは生成AIの活用フェーズです。ロボティクスや工場現場だとか生産拠点などに徹底的にユースケースをつくり続ける。それで当然、社内のデータやシステムがボロボロだと分かってきますから、そこをまた直していきましょうとなる。そういうことを地道にやるだけだと思うんですね。
加えて、皆さんがあまりベストプラクティスを共有しないので、「こうやったらうまくいった」「こうやったらうまくいかなかった」という成功事例のようなものを共有していくとか。実は目新しい話ではないところにこそチャンスは眠っていると思います。
あとは、質のいいデータを整備することも重要です。現状の大規模言語モデルの戦いは技術やアーキテクチャではなくデータづくりの戦いになっているところがあります。英語圏のデータを整える作業は途上国で安価に行われていて、新たな搾取の構造すら見え隠れするほどです。
岡本 昔の日本は、例えば明治維新で一応近代化したといっても、圧倒的に西欧と差があるところからスタートしている。当時は情報も少なかったけれど、なんとか食らいついてやろうとして、基本的にはがむしゃらに模倣するということがあった。おそらく、今まさにそこでふるい落とされないために必死にやるべきステージということですね。
松尾 そうですね。AIの使用もそうだし、開発も必要です。やっぱり自分たちでつくってみようと。規模は小さくても自分たちできちんとつくってノウハウをためていくことも同時にやっていくということですね。
岡本 なるほど。小さいし、負けるから意味がないという考え方ではないのですね。
松尾 ええ。トヨタのような世界的な自動車メーカーも、日本の自動車産業の黎明期は弱かったと思います。おそらく、それでもやっぱり自分たちでつくろうよとクルマをつくった。そもそもつくらないと逆転もできません。テクノロジーというのはきちんと自分たちで理解することが大事ですし、できるだけ1回はつくってみましょうということです。
つくるのは諦めて、使うほうに全振りしたらよいという人もいますが、僕は戦略というのは、決める必要がないときまで、決めてしまわなくてよいと思っています。ですから両方やればいいと思いますし、そこで何かリソースが競合してくればその段階で初めて意思決定すればよい。活用と開発は、全然違うプレーヤーがやっていますから、両方やったらいいんじゃないかなと。
岡本 開発やるのは無駄だよねということはないんですよね。勇気がもらえますね。
松尾 そう思います。手前みそになるのはよくないですが、このところの早い動きの中で、日本としては悪い手は打っていないと思っています。差が縮まっているとは言えませんが、離されている感じもしないです。むしろビッグテックや米国のスタートアップが無理をしすぎているようにも見え、危うい印象もあります。他国と同様、着々と日本もキャッチアップというか、やるべきことをやっているという感じはします。
エヌビディアと違う方向から山を登る
岡本 好手というかよい手を打ち続けると。先ほど、GPUの話になりましたが、GPUというのはもともとグラフィック(画像)のプロセッサーで、まさしくグラフィックス処理に適しているわけですが、それ以外のところもひっくるめて機械学習に使うのはどうなんだろうかと思うのです。もしかしたら非効率ではないかと。そこは別のアーキテクチャがよいかもしれず、第1回で話題になったある種の階層構造が脳の中にできているわけだし、そういう処理を模す方がよいのではないかと感じます。
実際には層ごとにハブとなるニューロンで、ある種の情報集約が起こっているはずです。つまり、脳のニューロ・シナプス結合は階層構造を持ちつつ、全体として非常に疎(スパース)な結合であるため、現在主流になっている密結合型の深層ニューラルネットワークとは異なる、階層型で疎結合のニューラルネットワークを脳を模してつくり、その処理に適したプロセッサーを用いれば、演算スピードも上がり消費エネルギーは下がる。だとすればまだできることはたくさんあるような気がするのです。
松尾 そうですよね。ニューロ型の半導体というのもありますが、それもちょっと違います。いずれにせよ、既存の半導体の技術でどうやって効率的につくるのかというのは今のところは謎ですね。
岡本 そう。シナプスの可塑(かそ)性みたいなことですね。私たちが思いついているということは実は何かある可能性がありますけど。
松尾 そうなんです。でもそれをつくるにはエヌビディアと違う方向から山を登るというか、そういうレベルのチャレンジが求められる話ですが、ものすごく大事だと思います。実は、あまりそのような切り口で議論している人はいないのでは。
岡本 最近、そのことに気づきまして、そこを掘ったほうが面白いと思っています。今のアーキテクチャで日本企業がエヌビディアと競争しても、超えられないですから。
松尾 はい、そうだと思います。その際、希望的観測で現状をゆがめるのは止めないといけない。現状は現状で冷静に見なければいけません。もしテクロノジーが大きく変化したとしても、そこで日本が勝つというのは希望的観測にすぎない。いざ、テクノロジーが大きく変化したとしたら、実際には、もう1回サイコロが振り直されるだけで、そのときには当然強いプレーヤーはまた強いという可能性が高い。
大事なのは、サイコロが振り直されうるということです。そこにチャンスがないかというと、ないこともない。チャンスに出合う機会をどうやって高めていくのかということには取り組んでもよいと思います。
岡本 そこで負け犬のようにならないということですね。相手のほうが圧倒的な資金力でガンガンやってくるけれど、工夫してやってみようと思ってやり続ける。そういうことですね。
松尾先生がご指摘のように現状の「勝ち筋のなさ」を冷静に認識しつつも、最善手を打ち続けることで着実に実力を蓄え、チャンスを待つという姿勢は説得力があります。既存のGPUアーキテクチャとは異なる、より効率的な処理方式の可能性を探るという方向性も、日本の技術力を生かした独自の展開の可能性につながります。
松尾 ラグビーでも、日本が南アフリカに勝ったように、番狂わせのジャイアントキリングがたまに起こります。それは、徹底的に自分の強みと弱みを見つめて、どうやったら相手の弱いところを突けるかを究極まで考えてやり切って、たまに勝つことがあるという感じだと思うのです。そのためには、冷静な現状認識が欠かせません。
岡本 まず現状のギャップの大きさとか、何がまずいかを冷静に見つめて、焦ったり怒ったりではなくクールに手を打ち続ける、そういう勝負師が求められるのですね。
松尾 そんな感じですね。
(第3回に続く)
写真/渡辺幸和
岡本浩、高野雅晴著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)



