『経営に活かす生成AIエネルギー論 日本企業の伸びしろを探せ』(日本経済新聞出版)の著者で電力分野の専門家である東京電力パワーグリッド副社長・岡本浩氏と、生成AI(人工知能)分野の第一人者である東京大学教授・松尾豊氏、DX(デジタルトランスフォーメーション)専門家の東京大学客員教授・西山圭太氏の鼎談(ていだん)。3回目は岡本氏と松尾氏が語り合います。縦割り構造やサイロ化を防ぐためにも俯瞰(ふかん)や仮説検証の習慣が新発見や効率的学習などを促進することが強調され、松尾氏からはAI時代にこそ必要な議事録の取り方が紹介されました。『経営に活かす生成AIエネルギー論』から抜粋・再構成。
産業別AIモデルは機能するのか
岡本浩・東京電力パワーグリッド副社長(以下、岡本) よくある1つの仮説としては、いろんな産業がフルセットであり、アプリケーションの分野ではすごく多様な可能性がある。いろんなところでそれぞれやり始めているというメリットがある半面、既存の枠組みに閉じたサイロみたいなものがたくさんあって、サイロ向けに最適化したAIをいっぱいつくろうとしている。これも電力から見るとどうなのだろうかとは思います。
松尾豊・東京大学教授(以下、松尾) 西山さんがデータスペースの議論でおっしゃったように(第1回 「生成AIのエネルギーをどうするか 最適化のモデルは『脳と人体』」 参照)、だいたい物事のうまくいってないところははっきりしていて、縦割りの構造や既存の分類が古くなっているということでしょう。それ自体がそもそも変わるものという前提でつくられていない、そういうアーキテクチャ的な思考がないところに原因があるというのはその通りかもしれません。それをどうやって広げていくのかが問われます。
岡本 僕も、そこをどういうふうにするのが一番よいのかな、と思うことがあります。結局のところ、当たり前の答えかもしれませんが、教育が問われるというところもあります。
松尾 そうですね。実際にいろいろと活躍されている方ほど何か既存の領域を超えて考えられていますし、今はそういう方ほど活躍されていますよね。
岡本 既存の領域を超えて考えたほうが簡単に答えが出ますよね。それが視野狭窄(きょうさく)になると、どんどん答えがじり貧になってくる。一方で俯瞰して見直してみたら「もしかしたら、こうすればいいんじゃないの」となる。それで、僕たちは現場に肉薄していかなきゃいけない。
以前、西山さんによく言われたのですが、現場に肉薄するといったところで現実を知ることは大事だけれど、そこにパターンを見いだす訓練をしていないと、ただそれだけ見てきて終わってしまう、と。だから100の現場で100のソリューションを見つけなければいけない。よく見ると、○○はあそこで起きている△△と似ている、とひらめいた瞬間に、ここで知ったことが実はいきなり100倍にレバレッジして、いきなり新しいソリューションにつながる。そういうのが理想的なのだろうとは思うのですが。
松尾 常にこれはこうなるんじゃないかと予測し続けるのは大事です。そのために仮説をつくらないといけないのです。すると予測が当たった、当たらなかったということは常に起こります。予測が当たったとすれば、その予測のもとになった仮説は多分正しいのではないか、となります。それがまた別の折に、違う現象を観察して、同じ仮説から言えることだとすれば、その仮説の信憑(しんぴょう)性はさらに上がります。そういったことをひたすら繰り返していくと、だんだん物事がきちんと構造化されて見えてくるということもあるでしょう。
身体的な動作で言えば、大谷翔平さんのような運動神経のいい人ほど、そういうことをやっているのではないかと思います。練習時間は、人より10倍、100倍には増やせないけれども、常に体がどう感じるか、ボールがどこにいくか、人がどう動くかなど、いろんなことを予測しているのではないかと。それゆえに、その予測が当たる、当たらないということから、仮説を修正したり、構造を学習したりする力が他の人よりも高いのではないかと思ったりします。だからこそ、少ないサンプルで効率的な学習ができるわけです。それはAIの分野では、自己教師あり学習(Self-Supervised Learning=SSL)と言われるもので、今の大規模言語モデルのベースになっている考え方と同じです。
岡本 少し違うかもしれないですけど、サッカーでもすごい選手というのは、観客がスタジアムを上から見ているように全体を把握していて、並の人はボールだけを見ていると言われたりしますね。要するに自分の目の前にあるものと空間や環境を組み合わせてどう捉えられるか。第1回の西山さんのデータスペースの話にも通ずるところがあります。
松尾 同じことでしょうね。
岡本 逆にそういう感覚は、子どもの頃から鍛えればできるような気もしますね。
松尾 そう思います。組織内でも、何か予測をしろと強制すれば、多少はそういう発想や思考が鍛えられるのではないでしょうか。
岡本 そういう訓練や練習を続けていると、そういう思考が身についていくと。
日常の中で仮説検証し、思考実験を重ねる
松尾 卑近な例ですが、試みに始めていることがあります。まだ始めた段階で、効果的かどうかも分からないのですが。僕が今、スタッフのチームに言っているのは、議事録を取るときの注意点です。いろんなチームに出かけてミーティングの様子を聞かせてもらって議事録を取りなさいと。議事録を取った中でこれはうまくいくとか、うまくいかないと思う自分なりの予測を付記して、それを残していきなさいと言っているんですね。
岡本 なるほど。議事録もAIでまとめてくれるようになった時代にあえて議事録を取れと。
松尾 そうですね。ポイントは予測を付記することです。すると何カ月かして答え合わせができるようになります。議事録を取った数カ月前にはなぜそのように思ったのかとか、何が間違っていたのかなどと、振り返ることを習慣化していくのです。すると、予測をして、その結果がどうかが分かるわけですから、疑似的に意思決定をしているのと同じ効果があるはずだということです。効果は分かりませんが、まだ始めたばかりです。
岡本 なるほど。自分でもやってみようかなと思います。これはうまくいかない、うまくいくと、書いてみて後で見直したらどうなっていたか、直感的な判断の答え合わせですね。
松尾 ちゃんと書いておかないと、おそらく多分みんなごまかしてしまいます。
岡本 みんなうまくいくと思いますと言うんですよね。議事録は、別に手書きとかじゃなくてパソコンで取ればいいですね。
松尾 ええ、そうですね。
岡本 そこに付記をして予測して、結果として、こうなった、と。よい仮説にたどり着く最初のひらめき自体は、そのときに任せればいいんですかね。
松尾 普通、仮説というのはたくさんあります。その中には些末(さまつ)な仮説となかなか有望な仮説といった具合にランクがあり、それが何らかの状況証拠によって上がったり下がったりする。そんなイメージだと思います。科学的な実験と同じですが、この現象が起こるということはこんなことが起こっているからじゃないかというのが、いろんなパターンで考えられる。でもそれがまた次の条件に当てはめると違うのかどうか。
要するにアインシュタインの相対性理論であれば、相対性理論が正しいとしたら、光が曲がるはずだから日食のときにこういう観測ができるはずだと予測して当たったらそれが正しい。だから自分なりの仮説をつくって、予測して当たると、ほぼ正しいという体験は日常生活でもたくさんあります。そういう体験を積み重ねることで、物事の裏側にはこういう因子があるんだなとか、ここには因果関係があるんだなというふうに考えていくことが習慣になれば、新しい発見にも少し近づきやすくなるのではないかと思っています。
岡本 生成AIとエネルギーの関係性について、技術的な側面だけでなく、社会システムの設計や国家戦略までを視野に入れた包括的な議論になったと思います。今後の方向性を考える上で重要な示唆をいただきました。ありがとうございます。
写真/渡辺幸和
岡本浩、高野雅晴著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)



