大人気ラジオ番組『安住紳一郎の日曜天国』(TBSラジオ)のアシスタントを務める、フリーアナウンサーの中澤有美子さん。癒やしになる笑い声や絶妙な相槌、時折入れる鋭いツッコミなど、番組には欠かせない存在になっています。その彼女の初の著書『 口下手で、大丈夫~2.4秒に1回頷く、最強傾聴力~ 』(ワニブックス)が3月19日に発売されました。プロフェッショナルとして傾聴の価値をどう捉え、スキルを磨いてこられたのでしょうか。3回目は、「忙しい日々のなかで心のよりどころにしてきた本」についてうかがいます。
1回目
中澤有美子 「日曜天国」名アシスタントの最強傾聴術 口下手で、大丈夫
2回目
中澤有美子 口下手な自分に自信をくれた、コミュニケーションの名著4冊
から読む
親としての歩み方を教えてくれた
子育て過敏症。これは、子育てに迷っていたころに、安住紳一郎さんにつけられた呼び名です。今、娘は18歳になり、すっかり頼もしい存在になりましたが、まだ小さかったころは、親としてどうすればいいのか、本当に分からなくて迷う日々でした。困惑のあまり、子育ての話をすると決まって涙があふれ出すという状態。そんな私に親としての歩み方を教えてくれたのが、アメリカの臨床心理学者による『 親業──子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方 』(トーマス・ゴードン著、近藤千恵訳、大和書房)です。
私は千葉県の出身で、1級建築士の父と小学校教員だった母、5歳下の弟という家庭で育ちました。母は私を産んだとき、産後3カ月で職場に復帰。私は伯父の家に預けられるようになり、保育園に入れる月齢になると同時に入園しました。幼いながらに「預けられている」という状況を理解していて、周囲の大人に迷惑をかけまいと、全力で「いい子でいる」ように努めていました。そんな私に母がかける期待は大きく、小学校に上がる前に読み書きや足し算、引き算ができるのはもちろん、英語は教材を取り寄せ、ピアノの初歩も母から叩き込まれました。そのおかげでよかったこともありますが、そうでなかったことも少なくなく……。
詳しくは自著『 口下手で、大丈夫~2.4秒に1回頷く、最強傾聴力~ 』に書きましたが、私の母は、なんというか、教育ママ濃度が高く偏っていたわけです。だから自分が親になったとき、偏らないようにしたいと思ったのですが、母を反面教師にして真逆の選択をするのもそれはそれで母にすごく影響されていることになりますよね。自分がこれだと信じられる道はないだろうかと思っていたときに、出合ったのが、この『親業』だったのです。
親としての在り方は「学ぶことができるスキル」だと捉えていて、一方的に子どもをコントロールするのではなく、子どもは今何ができて、何ができないのか、という「現在地」を見極めながら導くといい、という点がとても勉強になりました。本書を読んだことで、くすぶっていたモヤモヤがスッキリと晴れるように感じました。その意味で、親子関係の見直しや自分との向き合い方など、セルフコーチングにも役立つ本だと思います。
落ち込んだときに読むと元気が出る「漂流小説」
落ち込んだときや、元気を出したいときに読みたくなる本といえば、吉村昭さんの漂流をテーマにした小説です。『 漂流 』、『 破船 』、『 大黒屋光太夫 』(いずれも新潮文庫)など、どれも史実をベースにしています。
例えば、『漂流』は江戸時代に漁に出た船が嵐に遭い、乗組員たちが漂流した絶海の孤島が舞台になっています。誰もが最初は助かるはずだと信じていましたが、食料が尽き、水も不足し、救助の見込みもない、という厳しい現実に直面につれ、徐々に追い詰められていきます。1人、また1人と命が尽き、とうとう長平という土佐の船乗りだけに。長平は特に生存能力にあふれているわけではなく、ごくごく普通の船乗りですが、絶望的な孤独に耐えながら生きることをやめず、12年も生き延びて生還します。
こうしたサバイバルや極限状態がテーマの本はどちらかというと男性ファンが多いイメージがあるかもしれませんが、人はどう壊れていくか、生きる意味を見失ってしまうか、といった人間の内面が描かれているので、グイグイ引き込まれるように読むことができます。
吉村昭さんの作品を最初に手に取ったのは、はっきりと覚えていないのですが、ロシアに旅行に行くときに、ロシアを主な舞台とした『大黒屋光太夫』を読んだからか、大正時代にヒグマが開拓民を襲った日本獣害史上、最大の惨事といわれる三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)をモデルにした『 羆嵐(くまあらし) 』(新潮文庫)を読んだ時だったでしょうか。いずれにしてもこの10年のうちに出合って好きになり、吉村昭さんの作品はだいたい全部読んでいます。
なぜ、漂流小説を読むと元気が出るのか。理由はシンプルで、生死の境界線に立たされた状況下でも、諦めないで生き永らえた姿に触れると、仕事でしんどいことがあっても「あの極限状態を思えば」と視点が切り替わって、苦しみが分散されるからです。今は蛇口をひねれば、水をいくらでも飲めますしね(笑)。屋根がついた家もあるし、布団もある。自然と、自分が置かれた「今」に対する感謝の気持ちも芽生えます。私のこの悩みは、いろいろと「持ちすぎた」ことによる悩みなのではないか、という気づきも得たりします。ふっと気持ちが楽になって、問題解決の糸口をつかめることもあります。
気持ちをリセットできる教え
私の母校は東京女子大学で、初代学長は新渡戸稲造先生です。その新渡戸先生が、日本人の精神について西洋人に説明するために書いたと言われるのが『 武士道 』(矢内原忠雄訳、岩波文庫)です。原著は英語で書かれていて、英題は『Bushido:The Soul of Japan』になります。
本書は、新渡戸先生が留学先のベルギーにいたときの経験に基づいています。欧州の知識人から、日本には宗教教育がないのに、どうやって子どもに道徳教育をするのかと聞かれ、それに答える形でまとめたのが本書だといわれています。
東京女子大学には、「奉仕と犠牲(Service and Sacrifice)を」というキリスト教に基づく教育理念があり、これを強く打ち出したのも新渡戸先生です。先生はキリスト教的人格教育を重視され、折に触れて「犠牲と奉仕」の精神について説かれました。とはいえ、在学中は、この「奉仕と犠牲」という考え方を素直に受け入れられず、正直言って苦手でした。それもつかの間、社会に出るとすぐ「奉仕」か「犠牲」でしか片付けられない、やるせない場面に遭遇するようになったわけです……。そのつど、心のなかで「奉仕と犠牲、奉仕と犠牲」と念仏のように唱えて、と自分をなだめるように。
唱えるだけで胸のつかえが完全に取れるわけではありませんが、意外と気持ちをリセットできるので、静かに前を向き直すことができています。
取材・文/茅島奈緒深 構成/長野洋子、市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子
2回目 中澤有美子 口下手な自分に自信をくれた、コミュニケーションの名著4冊
3回目 中澤有美子 「子育て過敏症」と呼ばれるほど迷っていた私を支えてくれた1冊 ←今はここ
4回目 中澤有美子 新刊は欠かさず読む なぜか手放せない「スッキリしない小説」(6月1日公開予定)




