スイスのトップビジネススクールIMD教授の一條和生さんと、TBWA HAKUHODOの細田高広さんがタッグを組んで執筆した『16歳からのリーダーシップ』。最近の日本では、「自分らしさ」が分からないという若者も多くなっています。SNSの普及や日本特有の「世間」の目など、その構造的な要因を探りつつ、それでも自分らしいリーダーシップを発揮するためのヒントを提案する、対談の第2回。

自分らしさの探求に疲れた若者

編集部(以下、――) 現代に求められるリーダー像は、自分らしさを発揮して共感や信頼を得る人だ、というお話を伺ってきました。『16歳からのリーダーシップ』では、校則を変えた石川県の高校生、地域医療崩壊の危機を打開しようと立ち上がった愛知県西部の70代の方など様々な例が紹介されていますね。いっぽう最近の10代、20代のなかには、「自分らしくあれ」という考え方そのものに抵抗があるという人も少なくありません。

細田高広氏(以下、細田氏) 今の10代、20代は、常識や慣例に縛られることなく、個人の個性や価値観、生き方が尊重されるべきだ、という教育を受けてきた世代です。あらゆるシーンで、あなたはどう思う? どうしたい? と聞かれるようになったことで、かえってプレッシャーとなり、自縛のようになってしまう人がいるのもうなずけます。例えば、就職活動の面接では「ガクチカ」を必ず聞かれるとか。「学生時代に力を入れたこと」の略語で、わざわざ略さなくても、と思いますが、それぐらい呪縛になっているのでしょう。大学でも、自分が何を本当に楽しいと感じるかではなく、何をすれば就活でうまく話せるか、という軸で4年間を過ごしてしまうんですね。加えて、自分らしさとか言われると、もうやめてくれよって思うのも致し方ない。

 SNSの普及によって、ソーシャルの中での自分らしさを考える機会が増えたことも一因ではないかと思います。SNSを見れば、勉強でもスポーツでも、アートでもファッションでも、全方位に自分よりすごく見える人たちが目に留まり、その人たちと比べながら、自分の長所や魅力を考えるのはとても息苦しいことだからです。

「SNSでは、勉強でもスポーツでも、アートでもファッションでも、全方位に自分よりすごく見える人たちが目に留まります」と細田高広さん
「SNSでは、勉強でもスポーツでも、アートでもファッションでも、全方位に自分よりすごく見える人たちが目に留まります」と細田高広さん
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細田 SNSがない時代は、ライバルは学校や地元という限られたエリアでのみに存在し、多くの人が“お山の大将”でいられました。だから、自分はこれが得意だという確信を持ってまい進することができたわけです。それが今や、SNSを見れば世界中のライバルが目につくようになりました。ズバ抜けて優秀な子にとってはいい刺激になり、学校も地元も飛び越えて、世界で活躍するチャンスをつかみやすい時代でしょう。けれども、自分にはこれといった特技も特長もない、と思ってしまう子にとっては、世界中のライバルを目の当たりにして腰が引け、自信を持つことがより難しくなっているのかと思います。

日本の「世間」、西洋の「社会」

下手に目立ったことをするとSNSで拡散されてしまうから失敗できない、という思考パターンも今の10代、20代の特徴かもしれません。失敗できないから何もしないでおこう、おとなしくしておこう、と考えてしまいがち。それは慎重でリスク管理ができていると言えますが、思い切って何かをやろうという行動力にはつながりません。

一條和生氏(以下、一條氏) 周りに変に過剰反応されて、それがSNS上でわーっと広がる波及範囲は昔と今では比べものになりませんからね。昔なら仲間内で済む話も、今は世界中の知らない人にまで広がってしまう恐れがあります。何かしたいことがあっても、やりたい気持ちを飲み込んでしまうのは当然でしょう。特に日本人は、周囲の目を気にする傾向が強く、自分を抑えがちです。なぜかというと、日本は隣近所や同級生、同僚などの近しい人たちによって作られる「世間」という目が支配しているからです。

「日本特有の『世間』という目が、個人のやりたい気持ちを妨げている」と語る一條和生さん
「日本特有の『世間』という目が、個人のやりたい気持ちを妨げている」と語る一條和生さん
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 これは、日本社会の本質に迫る歴史的名著として知られる阿部謹也先生の『 「世間」とは何か 』で論じられていることです。阿部先生いわく「個性的に生きることに大きな妨げがあり、その枠をなしているのがわが国の世間なのである」と。「世間体」や「世間知らず」、「世間の口に戸はたてられぬ」といった言葉は、それを裏付けるようですよね。家がある界隈(かいわい)でも学校でも会社でも、すべて世間に支配されています。何かを選択するとき、周りのみんなはどうしているかが気になって、「みんながやっているほう」を選びがちではありませんか? 誰一人選ばないことを、「自分はこれがいい」という勇気はなかなか持てないものでしょう。もしそうしたら、みんなに受け入れてもらえない、認めてもらえない、と不安になるからです。

 かたや、西洋の国々に存在するのは世間ではなくて社会です。社会というのは個人が前提になっていて、阿部先生は「個人は譲り渡すことができない尊厳をもっているとされており、その個人が集まって社会をつくるとみなされている」と言っています。こうした構造の違いを踏まえると、自分らしさを発揮しにくいのは、今の10代20代に限ったことではなく、日本特有のこととも言えるのです。

それでも、自分らしく生きるにはどうすればよいか

世間という妨げを無視できない日本人は、どうしたら自分らしさやリーダーシップを発揮しやすくなるのでしょうか。

一條氏 自分らしさが分からないという人はまず、自分は何をしたいか、心から楽しいと感じることは何かを考えて一つずつ実行してみてください。そして、いろいろ試しながら自分に最も合うのはどれか、一番楽しいと感じるのは何をしているときかをチェックしてください。その点と点をつないでいくと、自分ならではのこだわりや視点が見えてきて、自分らしさが明らかになるのではないかと思います。

 より平たく言うと、人生楽しんだモン勝ちだろうと考えて、したいこと、好きなことをやるといい、という話です。人によっては、したいことをする、というと周りにいる人のことを顧みないで自分勝手にすることをイメージするかもしれませんが、周りの人たちを不愉快にすることだったら、心底楽しめませんよね。自分がしたいことをしていても、自然とどうしたら周りも楽しくなるかを考えるようになって、軌道修正がかかるものです。

 すると、共感してくれる人が現れて、よりよくするための工夫がなされる。さらにそれに共感する人が現れて、どんどんよくなっていく、という連鎖が生まれます。その結果、自分が楽しいと思うことが多くの人に喜ばれることにつながり、それを最初に始めた人がリーダーになっていく、というわけです。

「まずは、自分が心から楽しいと感じることを探してみてほしい」と話し合う、一條さん(右)と細田さん(左)
「まずは、自分が心から楽しいと感じることを探してみてほしい」と話し合う、一條さん(右)と細田さん(左)
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細田氏 多くの人は、リーダーになると自己犠牲を強いられると思っているかもしれません。かつての私もそう思っていましたが、リーダーは自分がしたいことを突き詰めていくから、むしろ自己解放なんです。とにかくこれが好き、これだけは譲れない、と言える「偏愛」が1個でもあれば、見える世界は変わってくるでしょう。自分らしさが分からない、個性なんてない、という人は、「自分らしさって何?」という問いを持っているわけですから、そのわからなさを認めることも一つの武器になり得ます。

 それから、自分らしさとか個性を探すときに、自分の中だけで考えようとする人が多いけれど、思いのほか周りの人は、自分以上にあなたの良さを知っていたりします。SNSのようなソーシャルな場での相対化ではなく、友達からの、「あなたって〇〇が上手だよね」、とか、「あのときああしてもらってすごく助けられたとか」という言葉が大事だったりします。内々の関係性の中で自分のことを相対化する濃密な時間を過ごすのも大事だと思います。

取材・文/茅島奈緒深 取材・構成/石純馨(日経BOOKSユニット) 写真/小野さやか

16歳からのリーダーシップ

社会を見渡して変えたいと思うことはありますか? 現代のリーダーは、上に立つより前に立つ人。それぞれが、自分のやりたい目標をみつけ、みんなに広げ、実現に向けて行動し、かなえていく。誰もが持てるそんなリーダーシップにこそ、世界を変える力があります。

一條和生・細田高広著/日本経済新聞出版/1760円(税込)