待合室に患者があふれかえる皮膚科クリニック。立って待っている人までいるのに、スタッフたちは申し訳なさそうなそぶりさえ見せません。その裏側にある事情とは? そして、待ち時間の不満を解消する方法はあるのでしょうか? トレーニングを受けた調査員が客を装って医療機関のサービスをチェックする「覆面調査」を受けた実例をミステリー仕立てで紹介する新刊『覆面調査員は見た! 医療現場のマナー事件簿』(榊原陽子著、日経BP)から、特に“あるある”なケースを抜粋してお届けします。

「皆さん、立って待っていらっしゃいます」
早速、覆面調査員A子が調査に向かいました。11時半過ぎに到着しましたが、待合室の椅子はぎっしり埋まっていて、立っている人もいます。A子は患者をかき分けるように受付に行き、診察の希望を伝えました。受付スタッフには笑顔が全くなく、A子は「怖い」と感じました。「こんにちは、初診ですね」と保険証を見ながら言い、事務的な対応でした。言葉遣いそのものは不適切ではないものの、冷たい印象を受けたそうです。
A子は待ち時間について尋ねました。受付スタッフは「2時間以上は掛かります」と真顔で、恐縮する様子も見せません。驚いたA子が「外で待っていてもいいですか」と聞くと、「診察受付終了時刻の12時20分には必ず戻ってください」と返されました。
待合室にあふれかえる患者の数を考えると、1時間弱ではまだ順番が回ってこない気がしましたが、A子は指示された通り、12時20分に戻りました。すると、前よりもさらにたくさんの人が待っています。受付スタッフに「座る所が全くないので、再度、外で待っていてもいいですか」と確認したところ、少しムッとした様子で「皆さん、立って待っていらっしゃいます」と言われました。「でも、本当に場所がありませんから」と、A子が食い下がると、「13時までに必ず戻ってきてください」と明らかに迷惑そうな様子でした。
その後、診察の順番が回ってきたのは14時前。院長は「お待たせしました」と声を掛けてくれたのですが、それ以外のスタッフからは待ち時間への配慮の言葉はありませんでした。患者たちを立ったまま待たせていることに対して「仕方ない」「当然だ」という考えが透けて見えるスタッフたちの対応をA子はとても不快に感じたといいます。
患者の不満の矛先が向かうのは…?
今回のクリニックのスコアをレーダーチャートに示します。
クリニックで患者満足度調査を行うと、不満項目としてよく挙がるのが「待ち時間の長さ」です。ただし、「患者の不満」は必ずしも医療機関側に届くとは限りません。
米国のeサティスファイ・ドットコム社の調査によると、一般の店舗で不満を抱いた顧客のうち、企業やスタッフにそれを伝える人はたった4%で、残りの96%は何も言わない「サイレントクレーマー」だそうです。そして、サイレントクレーマーのうち、約25%は再訪を避けます。当然、知人に勧めることもありません。
待ち時間の長さへの不満を放置していると、中長期的に患者の減少を引き起しかねないのです。しかし中には、待ち時間問題に無頓着な医業経営者もいます。
待ち時間に対する患者の不満の矛先が向かうのは主に受付スタッフだからです。待ち時間が長くなると患者から苦情を言われるだけでなく、休憩時間が削られたり、食事の時間を確保できなかったりする羽目になります。それらはストレスとなり、スタッフに大きな負荷を掛け、接遇レベルの低下や離職につながる恐れがあります。
今回のクリニックの受付スタッフも、疲弊していたためにムッとした様子に見えてしまったのかもしれません。では、待ち時間の長さによる患者の不満を解消するにはどうすればよいのでしょうか。
待ち時間を常にゼロにするのは非現実的…ならばどうする?
当然のことですが、医師の診察ペースを上回るスピードで患者が来院すれば、待ち時間は必ず生じます。しかし、これだけで「待ち時間の不満解消は難しい」と諦めてはいけません。
まず、システムで解決する方法があります。例えば、待ち時間や人数を表示したり、順番が来るとスマートフォンに連絡が来たりする仕組みを導入するなどが考えられます。また、順番予約システムを取り入れているクリニックも増えています。種類も豊富なので、自院に合ったものを検討するとよいでしょう。
しかし、どんなに工夫しても待ち時間を常にゼロにするのは現実的ではありません。そこで重要になるのが、受付スタッフが患者に与える印象です。「待つのは当たり前」「仕方がない」というのは、スタッフの正直な感想でしょう。ただし、その思いを患者に察知されると、悪印象を持たれ、無用なクレームが発生しかねません。待たせていることに対する「ねぎらい」や「申し訳なさ」を表情や言葉で表すだけでも十分効果があります。
待っている患者への「声掛け」も欠かせません。長い待ち時間に苦言を呈する患者の多くが、「どれだけ待てばよいのかが分からない」から腹を立てているとされています。彼らの怒りが頂点に達する前に、「申し訳ありませんが、あと〇分ほどお待ちいただけますか」「〇〇様は〇番目に診察予定です」などと伝えましょう。このちょっとした心遣いによって、「待ち時間はあっても丁寧なクリニック」との印象に変化するのです。
それでも残念なことに、待ち時間に対する苦情が発生した場合、まずは誠実なお詫びが大切です。その上で、詳細な事情を把握します。苦情の背景には様々な事情があるからです。
苦情の本質がどこにあるのかをしっかりと傾聴して共感し、患者の意見を復唱します。その場で解決できないようなら、「いただいたご意見を院長や他のスタッフなどと共有し、改善策を検討してまいります」などと締めくくるとよいでしょう。
そして、こうしたクレームを集約、共有できる時間をつくり、改善につなげられる仕組みを構築します。可能であれば、苦情を言った患者が再度来院した際に改善の進捗状況を説明すれば、その後も継続して通ってもらいやすくなるはずです。
榊原陽子著/日経BP/3190円(税込み)


