感じの悪い医師に当たって、不愉快な思いをした経験、皆さんもあるのではないでしょうか? でも、意外と本人は「患者と真面目に向き合っているのに、なんで無愛想だと言われるのだろう」と思っていたりするのです。あるものの欠如が、そのすれ違いを生じさせているのかもしれません。トレーニングを受けた調査員が客を装って医療機関のサービスをチェックする「覆面調査」を受けた実例をミステリー仕立てで紹介する新刊『覆面調査員は見た! 医療現場のマナー事件簿』から、特に“あるある”なケースを抜粋してお届けします。

医療施設をチェックする覆面調査員(イラスト:オザワミカ)
(イラスト:オザワミカ)
画像のクリックで拡大表示
依頼内容

 今回の依頼元は、住宅街にある内科クリニックです。長らく、医師は院長1人の体制を続けていましたが、半年前から代診の医師に週1回、来てもらっています。代診医師は、院長の大学の先輩でもあり、知識や技術は申し分ありません。しかし、患者からの評判は非常に悪く、「受付スタッフや看護師の対応は丁寧なのに、医師はムスッとしている。話を聞くだけ聞いて『はい、じゃあ薬出しときますね』の一言で済ませ、診察が10秒で終わってしまった。診てもらっている気が全くしない。あんな態度じゃ、何も相談できない」「あの医師は無愛想で怖いから、次は他の医師の担当の日に受診したい」などの声が寄せられています。

 実際、代診日だけ目に見えて患者数が減少しており、院長の診察日に患者が集中した結果、待ち時間は増える一方とのこと。このままだと、クリニック全体の印象も悪くなりかねません。一方で、自ら代診を頼んだ医師に、「接遇を改めるように」と依頼するのは失礼なのではないかと院長は悩んでいます。そこで、覆面調査を実施し、第三者からフィードバックすることで改善を目指す方針になりました。

「話を聞いていない」 不信感を抱かせる医師の態度

 早速、覆面調査員A子が調査に向かいました。建物は清潔な印象です。公共交通機関だとアクセスが少し不便ですが、駐車場は広く、車ならば来院しやすい環境といえます。車椅子でもスムーズに通院できるよう、スロープがあったり、待合室にも適度なスペースが確保されたりしていました。

 A子が中に入った際、受付スタッフから明るい笑顔での挨拶は特になかったものの、声のトーンや目元の表情が柔らかかったので、冷たい印象は受けませんでした。受付スタッフは、待合室で座っている体調の悪そうな患者を「大丈夫ですか」「もし良かったら奥のベッドで休んでくださいね」と気遣ったり、足の不自由な高齢患者に「ゆっくりで大丈夫ですよ」と声を掛けたりしていて、優しさが感じられました。バスの時間を尋ねた患者に対しても、その人が乗ろうとしていたバスが出たばかりで、次は30分以上待たなければならない旨を伝えるだけでなく、別のルートを調べるなど、親身に相談に乗っていました。さらに「よろしければ待合室でお待ちくださいね」と勧めており、非常に丁寧な対応でした。

 覆面調査を行う際、通常は調査員へ事前に相談の経緯などは共有しません。バイアスが掛かり、正確な調査が難しくなる恐れがあるからです。今回もA子は、代診医師に問題があることを知らずに訪問しました。しかしA子は、調査が終了するとすぐに、「医師の接遇がひどくて、とても残念でした」と憤った様子で報告してきました。

 A子が診察室に通され、待っていると、代診のB医師が「こんにちは」と言って入ってきました。笑顔も声の抑揚もなく、ただ言葉を述べているだけという印象で、受付スタッフや看護師などの優しい対応とのギャップにA子は面食らいました。診察中も終始、無表情です。

 A子は便秘を訴え、「ここ2~3年は排便後のスッキリ感がない」「便が細くなってきているような気がする」「薬にはあまり頼りたくない」といった内容を伝えました。B医師はA子と目を合わせることはなく、ずっとパソコン画面を見ています。そして、話を聞き終えると、「薬を飲みたくないんだったら、どうしたらいいんでしょうね」と言ったそうです。A子はひどく戸惑いました。

 また、A子が「検査とかは受けなくても大丈夫でしょうか」と尋ねたところ、B医師は「別に最近、便の調子が変わったわけじゃないんですよね」と発言。A子は「便が細くなった旨を説明したのに、話をきちんと聞いていなかったのか」と不信感を抱き、「この先生は私の気持ちに寄り添ってくれていない」と悲しい気持ちになりました。

医療機関への苦情は「誤解」から生じる?

 今回のクリニックのスコアをレーダーチャートに示します。

出所:『覆面調査員は見た! 医療現場のマナー事件簿』
出所:『覆面調査員は見た! 医療現場のマナー事件簿』
画像のクリックで拡大表示

 この調査で、A子はかなり不満がたまった様子でした。恐らく、B医師は「薬に頼りたくない」とのA子の希望を尊重した上で、解決策について「どうしたらいいんでしょうね」と口にしたのだと思います。しかしA子は、医師に見放されたように感じてしまいました。検査のくだりに関しても、コミュニケーションの小さなずれが原因でA子が不快感を覚えた可能性があります。A子は「ここ2~3年」を最近と捉えていた一方、B医師にとっての「最近」は直近2~3カ月だったのかもしれません。

 上記のすれ違いが誤解を生み、A子の不信感につながったのでしょう。医療機関への苦情は、少なからず誤解から生じるとされています。

 それでは、なぜ誤解が生じてしまうのしょうか。その主な要因として考えられるのが、医師と患者の間で十分に「ラポール」を形成できていないことです。ラポールはカウンセリング学の用語で、『 新版 医師のためのパフォーマンス学入門 』(佐藤綾子著、日経メディカル開発)によると「共感関係、協調関係、親和性のある関係、了解に基づく関係」を指します。

 例えば、血圧が高めで太り気味の女性患者に対して、医師が減量を指導する場面を考えてみましょう。医師患者間にラポールが形成されていれば、医師が「〇〇さん、もう少し体重を減らしましょうね」と伝えたら、患者は「そうですよね。やせないとダメですよね」と素直に受け取るはずです。ところが、ラポールが形成されていない場合、医師が全く同じ言葉を使ったとしても、患者は「なんて失礼な! そんなこと、分かっているのにわざわざ言わないでよ!」と気分を害し、減量への意欲が低下しかねません。結果として、治療効果が出にくくなる可能性も考えられます。

 B医師は入室時に「こんにちは」と挨拶はしましたが、「ただ言っているだけ」と相手に思わせる話し方でした。診察中も終始、無表情で患者の顔を見ることはありませんでした。これでは患者が「医師が自分の味方である」「親身になってくれている」「尊重されている」などと感じるわけもなく、ラポールの形成は困難です。

訴訟の受けやすさを左右するほど影響力の大きい「声」

 医師からすれば、限られた時間で患者の話を効率的に聞くには、「大したことのない」内容を頭の中で除外する作業が必要でしょう。しかし、それを態度に出して、軽く流してしまうと、患者は「苦しみを分かってもらえない」「話を聞いてくれない」と感じてしまうものです。ラポール形成の第一歩は、相手を尊重した行動です。「それはご心配ですね」「大変でしたね」など、患者の訴えをいったん受け入れてみてください。患者の言葉を繰り返すだけでも効果的です。

 他に、笑顔での挨拶、適切なアイコンタクト、うなずきや相づち、共感の言葉も欠かせません。とはいえ、何を言っても「はいはい」とか「ふむふむ」といった同じ相づちばかりを繰り返したり、患者の話が終わる前に遮るように相づちを打ったりしてしまうのは逆効果ですから注意しましょう。

 また、医療機関ではマスク着用が基本になっている現在、患者からは医師の表情が読み取りにくくなっています。そこで重要性を増しているのが「声」です。医師の声の響き(会話の内容は関係なく、声の抑揚やイントネーション、リズムなど)が訴訟の受けやすさを左右するとの報告もあります。訴訟まで至らなくても、患者の不信感に声が影響し得るため、温かみや気遣いを意識して話すことをお勧めします。

 今回のケースでは、B医師に個別にフィードバックすることになりました。B医師はこれまで、患者と「ラポールを形成する」という視点を全く意識してこなかったようで、衝撃を受けていました。患者から「無愛想だ」と言われがちな点は把握していたものの、「真面目に患者に向き合っているのになぜだろう」と不思議に思っていたとのこと。「話し方」や「聞き方」といった改善点が明確になり、B医師は「ラポール形成に向けてやる気がわいてきた」と語ってくれました。

最近は、レストランやタクシーなどで“感じが悪い”スタッフや運転手に当たって、不快な思いをする機会が以前よりも減ってきたと感じます。一方で医療機関では、インターネットの口コミで低評価を付けたくなるような残念な出来事に遭遇することがそれなりにあるのではないでしょうか? トレーニングを受けた調査員が客を装って医療機関のサービスをチェックする「覆面調査」を受けた25事例を取り上げ、問題の原因を探り、解決を目指します。

榊原陽子著/日経BP/3190円(税込み)