バターや牛乳など乳製品を中心に事業を展開する大手食品会社、雪印メグミルク。同社では、書籍『The Art of Marketing マーケティングの技法』(音部大輔著)を参考に、マーケティング改革を進めています。どのように改革を進めているのでしょうか。そして、どのような成果が出ているのでしょうか。同社マーケティング部マーケティングリサーチG課長の橋爪和美さんに聞きました。

マーケティングの研究会を立ち上げ

 雪印メグミルクは、2009年に雪印乳業と日本ミルクコミュニティが経営統合して誕生しました。バター、チーズなどの「乳製品事業」、牛乳、ヨーグルトなどの「市乳事業」、粉ミルクなどの「ニュートリション事業」、飼料や種子などの「飼料・種苗事業」が4つの柱となり、事業を展開しています。

 私はもともとシステム開発部門に入社したのですが、乳製品が大好きで、社内公募を経て、商品開発に異動しました。その後、昨年からはマーケティング部に在籍しています。

 当社では、新商品やリニューアル商品を年間60~70点ほど発売しています。私は、商品開発に10年以上携わりましたが、自分では「絶対に売れる」と思って世に送り出した製品が、残念ながら終売…となることも。当たり前ですが、新商品の開発は1人ではできません。部内はもちろん、研究、調達、生産、営業といろんな部署の協力があって、可能になることです。終売となると、本当に申し訳なく、人としての信用をどんどん失っていくように感じていました。

 そこで、チーズプロフェッショナルやワインエキスパートの資格を取ってみたり、マーケティングを学んでみたりしたのですが、「やはり経営の知識が必要だ」と思い、グロービス経営大学院の門をたたきました。

商品開発を10年以上担当した後、マーケティング部に異動した橋爪さん
商品開発を10年以上担当した後、マーケティング部に異動した橋爪さん
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 グロービスでは、「カスタマージャーニーとブランディング」や「デザイン思考」といった科目があり、その中で「いかに自分が“お客様”のことを理解できていなかったか」という“気づき”と“お客様の心を理解すること”“共感すること(Empathy)”の大切さを学びました。

 しかしこれが、頭で理解できても、実践するのが難しい! そこで、一緒に学び続ける仲間が欲しいと考え、2021年7月、友人と2人で「マーケティングコミュニティ・ヒト研究所」を立ち上げました。

 ここでは、「ヒット商品を作るための“買いたい気持ちの研究”」や「人のこころ・インサイト」について学んでおり、今や会員数は500人超に。グロービス公認のクラブにしてもらいました。

マーケティングの全体設計ができる本

 マーケティングコミュニティ・ヒト研究所では、読書会も隔週土曜日の夜10時(!)から開催しています。課題図書を1章ずつ読み、みんなでディスカッションする形で進めています。

 今回、ご紹介する『 The Art of Marketing マーケティングの技法 パーセプションフロー(R)・モデル全解説 』(音部大輔著/宣伝会議)も読書会で取り上げた1冊。この本の特徴は「お客様起点でマーケティングの全体設計図を作る」ことです。

橋爪さんが読み込んでボロボロになった『The Art of Marketing マーケティングの技法』(音部大輔著)
橋爪さんが読み込んでボロボロになった『The Art of Marketing マーケティングの技法』(音部大輔著)
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 そのために「パーセプションフロー(R)・モデル」というシートを使います。このシートでは、1つのブランドに対して横軸では「行動」「パーセプション(消費者の認識)」「知覚刺激」「KPI」「メディア/媒体」、縦軸では「現状(競合を購入/使用している)」「認知(代替を提案する)」「興味(ブランドを検討する)」などを書き出し、マーケティング活動の全体設計図を作っていきます。

 世にマーケティングの本は数多くありますが、中にはマーケティングの一部を切り取ったもの、自社では再現しにくい成功体験談という場合も。でも、本書は、マーケティング活動の全体設計図の作り方が、組織に取り入れやすいシンプルなシートと共に示されているので、「本当にすごい本だな」と感嘆しました。私にとってのバイブルで、1年ぐらい前に買ったのですが、持ち歩いて読み込んでいるので、もうボロボロです。

本を活用して社内改革を進める

 私は、これまで残念ながら「売れない商品」を作り続けてきました。発売しては、何が悪かったのかよく分からないまま終売し、また新商品を作る。この「負のスパイラル」に自分も周囲も疲弊していました。しかしこの本を読んで、「パーセプションフロー(R)・モデルを取り入れれば、ここから抜け出せる!」と心が躍ったのを覚えています。

 そして、継続的にヒット商品を出せるように、本書の著者、音部大輔さんを招いて2週間に1度程度の勉強会を行い、2022年8月から23年3月まで雪印メグミルク内の組織改革、ブランド改革に取り組みました。

 当社はマーケティング部と乳製品事業部、市乳事業部の3つを合わせて「家庭用3部」という組織になっているのですが、2つのブランドを選び、ブランド定義、戦略作りを行い、そして、先に紹介した全体設計図のシート(パーセプションフロー<R>・モデル)の項目を一つ一つ埋めていき、マーケティングの全体設計図を完成させました。

 1つ例を挙げると、これまで「さけるチーズ」のマーケティングでは、商品のベネフィットを考えると、いろんな方が食べてくださっているので、「あれもこれも」とアピールポイントを盛り込み過ぎていました。でも、それだと限られた時間と予算では無理があります。パーセプションフロー(R)・モデルで整理することで、ターゲット層とマーケティング戦略を明確にすることができました。

 また、仮にうまくいかない場合でも、どこが想定と違っていたかを突き止め、立て直すことが可能になりました。

橋爪さんが読んだ『The Art of Marketing マーケティングの技法』には、参考となる場所にたくさんマーカーが引かれている
橋爪さんが読んだ『The Art of Marketing マーケティングの技法』には、参考となる場所にたくさんマーカーが引かれている
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 また、今までは「マーケティングはこの部署」「店頭展開はこの部署」「テレビCMはこの部署」と社内でバラバラに動いていたのですが、本書を活用することによって、社内に「共通言語」が生まれ、連携がスムーズになったと実感しています。

 ただ、こうした組織改革、マーケティング改革は1度やっただけでは定着しませんし、揺り戻しが起きかねないので、2023年上半期も別のブランドに対して実施中です。

社内の逸材も発見

 改革を始めた当初は、どの部署の社員も忙しいので、「通常の業務以外に新しいことを始めるのは無理」「まずはお手並み拝見」「結果が出たら、やってもいいけど」という引いた雰囲気もあったのですが、動けば動くほど仲間になってくれる人も増えていきました。

 何かを始めるとき、「自分で火を付けられる人」「火を付けられたら燃える人」「なかなか火が付かない人」といったタイプがいると思います。普段は組織の中で目立たなくても、「実はこの人って、こんなに熱い人だったんだ」「日頃からこんなに勉強してるんだ」という人もいます。私としては、そうした社内の逸材を発見できたことも大きな収穫でした。

 戦略を研ぎ澄ましてパーセプションフロー(R)・モデルを設計するのは、お客様のことをきちんと理解していないとできないので、大変な作業です。でも、そこをしっかりと行えば、本当にお客様に届く商品が世に送り出せます。そして、その成功体験は他の商品にも水平展開ができます。

 まだ、改革を始めて1年たっていませんが、本書の技法を基に「お客様も自分たちもワクワクする会社」をつくっていきたいですね。

「『お客様も自分たちもワクワクする会社』をつくっていきたい」
「『お客様も自分たちもワクワクする会社』をつくっていきたい」
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取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美