ソフトバンクは、通信だけではなく、AIなどの最先端テクノロジーを活用してさまざまな新規事業に取り組んでいます。ソフトバンクとトヨタ自動車などの共同出資会社、MONET Technologies(モネ テクノロジーズ)で、MaaS(マース=次世代移動サービス)の新市場を開拓している樫尾英明さんに、新規事業を展開する際に役立つ本を聞きました。今年度の新入社員研修で指導役も務めた樫尾さんは、それらの本を新人にも薦めたと言います。
新規事業の立ち上げに役立つ本
私はソフトバンクに入社後、6年間営業を担当し、「ジョブポスティング(社内公募)制度」を使って、ソフトバンクとトヨタ自動車などの共同出資会社であるMONET Technologiesに出向しました。MONETでは新規事業としてモビリティサービス(MaaS)を推進しています。
営業時代はプロダクトが豊富にあり、バックオフィスなど社内体制もしっかり整備されていたため、営業活動に専念できる環境でした。
しかし、設立当初のMONETへ出向したときには、プロダクトがない状態で、MaaSという未開拓の市場に対して仮説を立て、顧客である自治体などに提案をして、会議を進め、事業計画を練り、実際に予算が出て事業が動き出したら現場サポートをし、事業報告書を書き…といった営業活動以外にも広範囲に自分でやらなければいけないことがありました。このときに「経験がないからできない」などと言っていると、新規事業を推進できません。経験がないなかでも、とにかく進めていかないといけないんですね。
とはいえ、新規事業立ち上げの壁は高く、厚く…悩んでいたときに手に取ったのが、 『地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」』 (細谷功著/東洋経済新報社)でした。コンサル的な知識がなかった自分にとっても読みやすく、事業全体を俯瞰(ふかん)できるポイントを教えてくれました。
この本では、考える力のベースとなる知的能力を「地頭力」と定義し、地頭力を鍛えるには「フェルミ推定」が使えると説いています。フェルミ推定と聞くととっつきづらい印象をもつ人もいるかもしれませんが、要は、地頭力とは、結論から考える「仮説思考力」、全体から考える「フレームワーク思考力」、単純に考える「抽象化思考力」の3つと説明されています。
私もこの考え方を知ってから、やみくもに目の前の課題に取り組むのではなく、「まず仮説を立ててみる」「フレームワークを組み立ててみる」「今までの経験から、今回の課題をどう単純化し、置き換えられるか考えてみる」といった段階を踏むようになりました。
ソフトバンクでは「手挙げ」の風土があり、自分が手を挙げれば新規事業にも参加できます( 第1回「ソフトバンク 孫正義が一発OKするプレゼン術が学べる本」 参照)。そのときに「経験がないからできない」とならないよう、仕事の進め方の基本を知っておくためにも、この本は役立つと思います。
私は今年、「SB流社内副業制度」で募集があった新入社員研修のチューター業務(指導役)にも手を挙げ、研修を担当したのですが、今年の新入社員たちにも本書を薦めました。
顧客のところへ300回行け
もう1冊、新規事業を進める上で役立った本があります。 『新規事業の実践論』 (麻生要一著/NewsPicksパブリッシング)です。著者の麻生さんはリクルートの元新規事業開発室長として多くの新規事業を支援し、自らも起業された方。新規事業の成功確率をいかに上げるかというノウハウが凝縮されているのですが、私が特に印象に残ったのは「社内会議の通し方」と「顧客のところへ300回行け」という話です。
以前、私も顧客との議論の末、「プロダクトに新機能を追加したい」と社内会議に企画を提出したのですが、通らなかったことがあります。そのときは「何で?」と思ったのですが、この本を読んでみると、「上層部(決裁者)へは市場や競合、収益性などの説明が求められる。一方で、新規事業の初期段階では、それ以前に、顧客・課題・ソリューション仮説が確かであることを検証しないといけない」と書かれていて、新規事業の初期段階では、決裁者が知りたい情報と現場ニーズには乖離(かいり)が生じること、また段階を分けて決裁者も企画者も議論が必要であることを学びました。
新規事業を推進するときには、「市場性よりも顧客の課題解決につながるかを優先する時期」「市場性を見極めて投資する時期」などと、段階があるということも詳しく説明されています。
新規事業では、未開拓の領域に対して顧客を探すところから始まります。これまでの既存ビジネスのように机上で市場性を考え、プロダクトを企画すると、顧客が解決したい課題とずれてしまうことが何度もありました。やはり仮説を立て、顧客と共に仮説を修正していくというサイクルが大事だと学びましたね。
思考力を鍛えるメモ取り
今でこそ私はジョブポスティング制度やSB流社内副業制度に「手挙げ」をしていますが、入社当時、新入社員研修を受けていた頃は積極的な同期に圧倒されていました。研修講師の問いに対して、サッと手が挙がったり、気の利いた回答をしたりする姿を見て、「すごい」「頭の回転が速いな」と感心していました。
今年、自分が指導していた新入社員たちと1 on 1ミーティングを行ったときにも「手を挙げるのは気後れする」と相談されるときがありましたが、そんなときは 『ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング』 (赤羽雄二著/ダイヤモンド社)を薦めています。
この本は「メモ書きによって思考と感情を言語化する」というメソッドを紹介していますが、私も新入社員研修中には「とにかくメモを取るように」と言っていました。メモを取るということは、いったん頭の中で考えたことを書き出す作業。ということは、書くスピードが上がれば、考えるスピードも上がり、自分の意見を発言することにも積極的になれます。
思考力が鍛えられるし、自分自身の軸も定まってきます。ぜひ、新入社員たちも自信を持って「手挙げ」をしてほしい、と思っています。
取材・文/三浦香代子 撮影/鈴木愛子