世界有数の戦略コンサルティングファーム、マッキンゼー・アンド・カンパニー。世界中のクライアントにコンサルティングを行い、課題を解決しています。同ファーム パートナーの久家紀子さんは、ビジネスリーダーや後輩に薦める本として、フランスで単身修業した料理人の本や東京芸術大学を目指す学生を描いたマンガを挙げ、コンサルタントとして学べることを説きます。

<前編 「マッキンゼー 『最後は言葉で勝負』忘れえぬ村上春樹の1冊」 から読む>

料理人とコンサルタントの共通スキル

 今回は、いわゆるビジネス書とは異なりますが、学ぶところの多い2冊を紹介します。

 1冊目は 『調理場という戦場 「コート・ドール」斉須政雄の仕事論』 (斉須政雄著/幻冬舎文庫)。こちらを選んだのは、私が素材を大切に調理されるコート・ドールの料理を尊敬しているから──ということもあるのですが、斉須さんがフランス語も分からないまま23歳でフランスに渡り、数々のレストランを訪ねて料理修業をしていく、というストーリーに引き込まれてしまうからです。

『調理場という戦場』はフランスで修業した斉須政雄さんの本
『調理場という戦場』はフランスで修業した斉須政雄さんの本
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 私も高校生のときに、フランスに留学していました。でも、斉須さんはそれよりも何十年も前にフランスへ1人で飛び込んでいった。とにかく現地へ飛び、腕を磨いていく──という姿勢はコンサルタントにも通じるものがあり、思わず感情移入してしまいます。仕事をするには問題解決能力やコミュニケーションスキルももちろん必要なのですが、実はアプレンティスシップ(徒弟制度)も重要です。複数のロールモデルを見つけ、そのスタイルを取り入れ、自分のものにしていくことが鍵となるのですが、斉須さんのそうした奮闘も生き生きと書かれています。

 レストランは、料理長がいて、料理人がいるというチーム。規模としては数人から数十人、コンサルティングのプロジェクトチームと似ています。一番目立つのはレストランなら料理長、企業なら社長ですが、トップが1人で何でもできるわけではなく、いかに良いチームをつくるのか、その仲間をどうやって増やしていくのかが重要です。斉須さんが料理修業を重ね、最後は自分の店を持つという軌跡は、ビジネスパーソンが読んでも刺激的なはずです。

 斉須さんは現在72歳であられるので、本の中には現代の職場では聞かれなくなった厳しい言葉も出てきます。でも、一方で、今のビジネス界のトップ層には60代、70代の方がたくさんいらっしゃいます。その方たちの生きてきた時代の雰囲気、その世代ならではのハングリー精神を知るためにも、この本は役立つことでしょう。

 そして、斉須さんは厳しいだけではなく、「優秀な料理人ほど独立したがるが、ちゃんと送り出してあげる」という懐の深さも持ち合わせています。マッキンゼーにも独立する人がたくさんいますが、快く送り出し、その才能を社会のために役立てたほうがいいという考えが根付いています。

「レストランとコンサルティングのプロジェクトチームは似ています」と言う久家さん
「レストランとコンサルティングのプロジェクトチームは似ています」と言う久家さん
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 この本で他にも印象的なのは、斉須さんが、本書の一部となる内容をウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」に2002年ごろに連載していた際、若い世代の読者から、「わたしたちは、生まれた時にはぜんぶが満たされていた。これから、自分が、何を補っていけばいいのかわからない。やりたいことを簡単に見つけることができない」という声を聞いたときの反応です。

 ややもするとシニア世代は「甘えたことを言うな。どうして頑張れないんだ」などと批判しがちですが、斉須さんは「ぼくの若い人に対する侮りや慢心に、鉄鎚(てっつい)の一撃をあびたような気がしました」と、自分の若い人への見方を反省し、その価値観を受け入れるのです。このしなやかな感性こそが素晴らしい料理人である秘訣なのかと感銘を受けました。

ビジネスパーソンも参考になるマンガ

 最後の1冊はマンガ雑誌「アフタヌーン」(講談社)で連載中の 『ブルーピリオド』 (山口つばさ著/アフタヌーンコミックス)です。世界中を見ても、日本ほどマンガでこれだけさまざまなテーマが語られている国はありませんよね。何でも勉強できるし、知らない世界を体験できます。今回、推薦する本に1冊はマンガを入れたいと思っていました。

「アフタヌーン」で連載中のマンガ『ブルーピリオド』
「アフタヌーン」で連載中のマンガ『ブルーピリオド』
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 この本は、成績優秀で世渡り上手な主人公が美術の面白さに目覚め、必死になって泥臭く東京芸術大学を目指す──というストーリー。ストレスからじんましんが出るほどの状態で受験し、合格するのですが、入学後も「何かが違う」と悩むのです。何が芸術なのか分からない、学校の外のほうが学びがあるのではないか、と揺れ動く。幼い頃から満たされていて、それ故に悩みが深い、ということがうかがえる展開です。

 もし、シニア層のビジネスリーダーで、年配の方々にも支持されている『ゴルゴ13』(さいとう・たかを著/リイド社)などを読んでいらっしゃる人がいたら、「ぜひこちらのマンガも読んでみてください」とお薦めしたいですね。今の価値観、世界観がよく分かる1冊です。私の場合は、中学生の娘の勧めがあり、読んでみたら、のめり込みました。

 また、ストーリーが面白いのはもちろん、登場人物の個性が豊かで、LGBT(性的少数者)と思われるキャラクターもいます。ダイバーシティ&インクルージョンがわざとらしくなく、自然な形で出てくるのも今のあり方を示していると感じます。

 これからは、社員に目標を設定して「みんなで頑張ろう」と言っても、「みんなでって、どういうことですか」と質問されてしまうかもしれません。一昔前は富士山なりエベレストなり、分かりやすい高い目標があって、みんなでそこを目指すという共通認識が持てました。でも、これからの新しい時代を紡ぐ方々は見えている世界がまったく違って、「自分にとってのエベレストは5種類ぐらいあります」「いや、そもそもエベレストって目指すべきところでしたっけ」となるかもしれません。

 『ブルーピリオド』では、登場人物のいろいろな思いや感情に焦点を当てているので、ビジネスパーソンにとっても学びが多いはずです。他者と向き合うときには、究極的には「個人を理解する」ことが重要。私はこの人のことをきちんと理解しようとしているだろうか──と自問自答することは、ビジネスパーソン、ビジネスリーダーにとって欠かせない姿勢だと思います。マンガだと敬遠せず、ぜひ読んでみてください。

「私はこの人のことをきちんと理解しようとしているだろうか──と自問自答することは、ビジネスパーソン、ビジネスリーダーにとって欠かせない姿勢」
「私はこの人のことをきちんと理解しようとしているだろうか──と自問自答することは、ビジネスパーソン、ビジネスリーダーにとって欠かせない姿勢」
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取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美