日本にセブンイレブンが上陸してから50年あまり。その実質的な創業者である鈴木敏文氏の足跡を、『コンビニ全史 日本のライフスタイルを変えた50年の物語』に掲載した日経・中村直文編集委員によるインタビューで振り返る。2016年に会長を退任した鈴木だが、その経営を支えたのは「常に挑戦を続けないと見放される」という強い危機感だった。連載第3回では、セブンイズムを作り出した「鈴木の金言」とともに、その一端を披露したい。(インタビューは2024年8月に実施。敬称略)

挑戦しないと見放される
鈴木は2016年に会長を退任するが、2018年にはセブンイレブンが2万店に達し、2019年には沖縄にも進出する。さて2024年8月のインタビューに戻り、近況や経営者としての心構えなどを聞いた。
国内で2万店を超えました。一番の理由は何ですか。
「かっこよく言えば、先を見て先の変化に合わせたこと。真似はしなかった。世の中の変化にどう合わせるか。変化は自分で作ることはできない。社会を色々な角度で眺めることが大事だ」
人のことが好きなのですか。
「小さいときからあがり症で、小学生のときに本は家で読めても学校で当てられると上手く読めなかった。気が小さかったのかもしれない。人の話を聞くより自分で考えている。結局は自分で納得できるかどうかだ」
2016年まで会長を務め、コンビニは完成させたとか思いましたか。
「あまりそのようなことは考えていなかった。自分の考え方に自信を持てるかどうか。米国の役員会議に出ても、彼らが納得してくれるかどうか。納得するまで言い続けたこともあった。日本でも」
最近セブンイレブンには行っていますか。
「家の近くに店があるから。普通のセブンで扱っている商品の幅は決まっていて、大体おいしい。なんでこんなのを出しているのかと思うことはある。でも今の経営に対していちいち文句は付けない」
今の世の中をどのように見ていますか。
「もっと一人ひとりが個性を出したら良いと思う。挑戦が足りない。セブンイレブンにのみならず、何に対しても。僕は全部挑戦だった。みんなが求めるものは新しいもの。人の真似ではない」
基本の徹底との言葉をよく聞きます。今のコンビニはどう映りますか。
「基本がしっかりしていれば続く。基本は何だといったら、皆に受けるかどうか。今のセブンは挑戦意欲がだんだん衰えてきている」
挑戦しないと他の企業から買収を受けてしまうのでしょうか。
「挑戦しないとお客から見放される。会社の価値も落ちる。イトーヨーカ堂など全部同じ」
トップは最高の広報マンでなければいけない
今の楽しみは何ですか。
「ゴルフはやめた。楽しみって何だろうね? あまりそのようなことは考えたことないね。食欲は普通にある。現役のときとは違うけど。最近は朝毎日、プールで30分歩いている。プールは泳ぐより歩く方が健康には良い」
鈴木さんは現役時代によく広報部のあるフロアへ降りてきていましたね。
「昔は広報に毎日行っていた。夕方になれば広報の部屋に行って新聞を読んでいた。読みながら広報の話を聞いていた。僕ほど広報に出入りしているトップはいなかったよね。トップは最高の広報マンでないといけない」
鈴木も91歳(2024年当時)。かつてのような柔軟な語り口は少なくなったが、今回のインタビューでは「自分が納得するかどうか」「挑戦しているのかどうか」を何度も企業経営や世界戦略における要点だと繰り返した。クシュタールによる買収提案の行方は予見できないが、独自に競争力を高め続けることこそがセブン&アイの企業価値を高めることにほかならない。
鈴木が「トップは広報マンたれ」というのも実に意義深い言葉だ。経営者が部下に任せるのが仕事で、担当からの情報・分析を重んじる。しかしそれでは時に「裸の王様」になり、時代からずれていく。鈴木が広報を重視したのは、忖度(そんたく)しない様々な外部の情報や意見が集まり、世の中がいつも変わりゆくことを肌で感じたいという意識が強かったからだろう。
かつてカルビーの会長を務めた松本晃もそんなスタンスだった。会社に行くことは少なく、小売店を回り、世の中の雰囲気を常に体感することを優先していたからだ。
鈴木はまさに世間の感覚、消費者心理・行動のありようを見極めようとしていた。セブン&アイHDには様々な鈴木の金言やそこから派生する「セブンイズム」が満ちている。その一端を披露しよう。
鈴木氏の「金言」
「おいしいものほど飽きる」
とても逆説的な言い方だが、おいしいからこそ、食べる頻度も上がり、飽きられてしまう。このためセブンイレブンの商品は年間で7割程度が入れ替わる。おにぎりや弁当などデイリー商品は年1回を目安にリニューアルされる。
「単品管理は3つを知る」
3つとは店、お客様、商品のこと。そこには消費トレンドや天候、地域ニーズなど様々な要素が絡み合い、考え抜いた上で発注するということだ。鈴木は仮説と検証の繰り返しと言い続けてきたが、仮説とは「売る意思のこと」と定義している。
「季節の変化、気温の変化より先に嗜好の変化が始まる」
例えば冷やし中華。3月になると三寒四温で気温が乱高下する。15度から翌日に20度に上がったり、逆だったりするが、20度だとまだひんやりする。しかし相対的には暑くも感じ、そろそろ冷やし中華が食べたくなるというわけだ。また夏でも少し気温が下がると、熱いラーメンやおでんが食べたくなることも。そんな感覚を忘れてはいけないということだ。
「ストッキングを購入する人は、ストッキングが欲しいだけではなく、履き替えたいというニーズがある」
セブンイレブンのトイレにはまさに着替え用のチェンジボード(踏み台)を備え付けているケースがある。例えばストッキングが伝線すると、少しくらいなら放っておくだろう。しかしボードがあれば、購入する可能性が高まる。モノではなく、サービスを売る意識も大切だ。
「価格設定を松竹梅にすると、竹が一番売れる」
値段が高い商品と低い商品を設定すると、人は迷い、どちらかというと低きに流れる。しかし選択肢を3つにすると心理的に「程よい」真ん中の竹を選びやすくなる。買い物とは選ぶ面白さを味わうこと。品ぞろえのうまさは人気店の秘訣でもある。
「昔の消費は富士山型、少し前は茶筒型、最近はペンシル型」
これは消費サイクルのスピードの例えだ。富士山型のヒット商品は、なだらかに販売量が上昇し、ピーク(頂上)に向かっていく。そしてなだらかにピークアウトしていくパターンだ。
茶筒型はすぐに売れ始め、ピークに達する。しばらくヒットは続き、飽きられると一気に売れ行きが落ちるパターン。
そしてペンシル型。ヒットするとやはり売れ行きは急上昇するが、ピーク期間はペン先のようにほんの一瞬。ピークアウト後は急減していく。まさにデジタル消費時代の特徴と言える。
鈴木はペンシル型を意識したケースとして金の食パンを引き合いに出す。
金の食パンはおいしいので、すぐに飽きられる。鈴木の回想によると、自信の商品だけに「販売促進に力を入れろ」というのが月並みな指示だが、鈴木は「すぐにリニューアルに着手しろ」と指示したという。金の食パンは累計販売数約1億6000万個とロングセラーとなる。
複数の「鈴木マーケ理論」を掛け合わせたヒットと言える。統計データと消費者心理、そして変化・生成を繰り返す社会への読み。セブンイレブンはこんな要素でできあがっている。
中村直文 著、日本経済新聞出版、1980円(税込み)
