経費精算のクラウドサービスを提供するコンカー日本法人社長に就任した三村真宗氏は、業績達成へのプレッシャーに日々追われることになります。ふと気がつくと、社員同士の対話に乏しく、問題点も課題も共有されない「沈黙の組織」となっていました。そんな企業を変えるきっかけはなんだったのか。『 フィードバック経営 「沈黙の組織」から「高め合う組織」へ 』より、その原点を抜粋してお届けします。
成果を上げていた。周囲とも衝突していない。それなのに、信頼していたエース社員から「一身上の都合で」と退職の申し入れが届く。
引き留めても、本当の理由は語られない。手元に残るのは、納得できない辞表と、振り返れば気づけたはずの兆候を見逃した悔いだけ。
多くのリーダーが、一度はこの場面を経験しています。あのひとは、なぜ去ったのか。その答えは、もう少しあとで触れます。
まず、私がコンカーでフィードバック文化を始めた当時のことからお話しさせてください。
マッキンゼーにあった「独特の空気感」
コンカーの社長に就任して数年、組織文化を変える取り組みは効き始め、風通しのよい空気が少しずつ根づいてきていました。
ところが、社員が増えてくると、気になる変化が見え始めます。
他部門の悪口を陰で言う社員。ネガティブな話を周囲にまき散らす社員。当時のコンカーはまだ小さな組織で、誰が何を言っているかは、だいたい耳に入ってきました。
本人たちを一人ひとり呼び出して、「陰口はやめましょう」と諭(さと)していこうか。そうも考えました。
しかし、それではモグラ叩きになるだけです。問題は個人ではなく、組織の空気にある。陰口に対して違和感を持つかどうか。その感性から変えなければならないと思いました。
そのとき、ふと頭に浮かんだのがマッキンゼーの光景でした。
かつて在籍していたマッキンゼーには、独特の空気がありました。
当時パートナーだった岡﨑健さん(現ファーストリテイリング取締役CFO)が率いるプロジェクトに入ったときのことです。大型投資の判断を6週間で提言する緊急案件で、連日、関係者へのインタビューに走り回っていました。
私は事業会社の出身で、クライアントへの提言でもつい自分の経験をもとに語ってしまう癖がありました。ファクトやロジックの裏づけが足りていないことに、当時の私は気づいていない。
岡﨑さんはそれを見かねたのでしょう。ある日の夕方、こんなボイスメールが届きました。再生してみると──
「マッキンゼーのプロジェクトで残す提言は、自分たちの手を離れたあと、クライアントのなかで多くの意思決定の拠りどころになっていく。それはもしかしたら5年後、10年後にも使われることになるかもしれない。だからこそ我々の提言は、自分の事業経験だけに基づくものではなく、そこにはファクトとロジックが大切なのです」
冷たい叱責ではない。クライアントのためであり、同時に、私に成長してほしいという温かさが、声のトーンからまっすぐに伝わってきました。
厳しくても、後味が悪くならない
マッキンゼーのフィードバックは、課題の指摘だけではありません。よい仕事にはよいと、言葉にして伝え合う空気がありました。
入社してまもない頃のことです。まだ周囲になじめず、居場所を探しているような日々が続いていました。
プロジェクトマネージャーが、「コンサルのプレゼンとスタイルが違うんですね。勉強になりました」と声をかけてくれた。事業畑から転じた自分のやり方が、コンサルタントの目に新鮮に映ることもある。その一言で、少し自信が持てました。
こうしたやりとりが至るところで交わされていました。クライアント先からの帰り道、オフィスのカフェテリア、エレベーターのなか。階層も経験年数も関係ない。呼吸をするようにフィードバックし合っている組織でした。
印象的だったのは、厳しいことを言われても後味が悪くならないことです。伝える側も、受け取る側も、「これは相手の成長を願って言っている」とわかっていました。
課題に気づいたとき、陰で語るのではなく、本人に伝える。「陰口を言うくらいなら、直接伝えたらどうですか」とたしなめる光景を目にしたことさえあります。
もちろん、マッキンゼーの文化をコンカーにそのまま持ち込めるわけではありません。規模も業種も、社員の背景も違う。
それでも、フィードバックし合うこと自体は、どんな組織でも始められるはずだ。この文化を、コンカーにも根づかせたい。モグラ叩きではなく、文化そのものを変えたい。そう決意しました。
フィードバック文化への宣言
コンカーでは四半期に一度、「オールハンズミーティング」と呼ぶ全社会議を開いていました。私はある回の会議で、一枚の図をスクリーンに映し、社員に語りかけました。
「日々、人と働いていれば、相手や他部門の課題に気づきます。これは自然なことです。ただ、そうした課題に対してどのような反応をするかは、組織の文化によって変わってきます」
「残念ながら、『批判し合う文化』の組織では、気づいた課題が中傷や悪口、後ろ向きな批判としてあらわれます。一方で、『抱え込む文化』の組織では、『ひとはひとだから』と考えて沈黙してしまいます。しかし、悪口を言っていても、抱え込んでいても、何も生まれません」
「だから私たちコンカーは、『高め合う文化』を目指しましょう。なにか課題があれば、相手の成長を願って、本人にフィードバックしましょう。そうすれば課題は改善され、相手の成長にもつながります」
全社員の前で、そう言い切りました。会議のあと、何人かの社員が声をかけてくれた。「あの話、腑に落ちました」「自分も陰口の空気が嫌だったんです」。方向は間違っていない。そう感じました。
この宣言が、コンカーにおけるフィードバック文化の出発点でした。
成長実感が失われるとき
冒頭のエース社員の話に戻りましょう。あのひとは、なぜ会社を去ったのか。
伸びている手応えが、いつの間にか消えていた。良い仕事をしても褒められない。改善すべき点があっても指摘されない。自分が成長しているのかどうか、だんだんわからなくなっていった。
成長実感が、静かに失われていました。毎日きちんと仕事をして、成果も出していた。だからこそ、周囲の誰も、このエース社員の内面で起きていた変化に気づけなかったのです。
エン・ジャパンの調査(2024年)※によれば、20代・30代のビジネスパーソンの3人に1 人が「仕事を通じた成長実感がない」と回答しています。そのうち91%が「転職を考えたことがある」と答えました。
成長の手応えが感じられない焦りは、しだいに諦めに変わっていき、やがて人は静かに職場を離れる準備を始めてしまいます。
若手社員が本当に恐れているもの
上司の側にも悪気はありません。成果を出している部下に、わざわざ声をかける必要を感じない。「順調そうだな」で済ませてしまう。厳しいことを言えば辞めてしまうのではないか、と遠慮する管理職もいるでしょう。
しかし、若手社員が本当に恐れているのは、上司からの厳しい指摘ではありません。何も言われず、関心を持たれず、自分の成長が止まってしまうことです。
このまま自分だけが取り残されるのではないか。その不安が、少しずつ積もっていきます。
同じ調査では、成長環境を重視する人が94%にのぼっています。求めているのは「居心地のよい沈黙」ではなく、「手応えのある対話」なのです。
沈黙は組織をむしばむ病。心理的安全性も、対話がなければ生まれない。ロングセラー『みんなのフィードバック大全』著者が、「声が巡る組織」をつくるための手法を解説。かけ声倒れで終わらせないための実践知がここにある。
三村真宗著/日経BP/3080円(税込)


