産業のコメとされてきたが、今や一国の経済を左右する超重要インフラとなった半導体。米中対立のなか、各国は半導体生産拠点の誘致にしのぎを削っている。日本の半導体復活の鍵を握るキーパーソンで『半導体超進化論』の著者、黒田忠広・東京大学大学院工学系研究科教授と、半導体をめぐる各国の駆け引きを著書『2030 半導体の地政学』で生々しく描いた太田泰彦・日本経済新聞編集委員が、半導体の未来についてディープに語り合う。
単に「工場が来る」のではない
太田泰彦・日本経済新聞編集委員(以下、太田) 私は半導体を「モノ」として見ています。戦略物資、地政学を動かすモノとして興味を持ち、『 2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か 』(日本経済新聞出版)を書きました。一方、黒田先生が今回書かれた『 半導体超進化論 世界を制する技術の未来 』(日経プレミアシリーズ)を読むと、半導体を「生き物」として見ていますよね。つまり、人間が小さな花に肥料をやり、葉を取り、改良するように半導体は発展してきた、それが今、進化の臨界点に来ている──という印象を持ちました。
黒田忠広・東京大学大学院工学系研究科教授(以下、黒田) 半導体に愛情を注いでいるのは確かですが、その分、「妄想」というか自分の世界に入り込んでいるので、読者からしたら偏りがあるかもしれませんね。僕の本と、太田さんの本を併せて読んでもらうと、ちょうどいいかもしれない(笑)。
太田 最近、半導体の世界では大きなニュースが続きました。まず、台湾にある世界最大のファウンドリ(チップの製造を専門に行う企業)であるTSMC(台湾積体電路製造)が熊本県に工場を作ると発表しました。その経済効果は4兆円超ともいわれていますが、これで何が変わりますか。
黒田 TSMCの熊本進出でいろんなことが動き始めましたよね。まず、第一に九州の親御さんが子どもたちに、「頑張って勉強しなさい。そうすれば半導体の業界で働けるよ」と言えるようになった。そんなことは半導体産業が落ち込んでいたここ20年では考えられないことでした。
太田 僕らが若かった時代──1980年代頃は半導体の設計をしている人は超カッコ良かった。憧れでした。今は違うのですか。
黒田 これまで20年ぐらい、半導体産業がうまくいっていなかった時期は、学生が興味を持っても、周囲の大人が止めていましたね。一時期、モノづくりは3K(きつい、汚い、危険)といわれた時代もありましたが、今はそのイメージもがらりと変わりましたね。TSMCを知らなかった人たちでさえ、「あの会社はすごい」と言い始めています。
太田 黒田先生の本に書かれていてなるほどと思ったのは、TSMCの工場が来るわけですが、実はモノづくりが来るだけではないと。半導体を作るには、ソフトから考えて抽象度を落としていく行程があります。単に工場でモノづくりをするだけではないんですよね。
黒田 そうです。半導体を設計するには「こういうものが作りたい」という仕様書を英語や図表を使って書きます。それを見たエンジニアが、ここからここまではソフトウエア、この部分はハードウエアにやらせようと切り分けます。英語という自然言語で書いてあったものをプログラム言語に落とすのです。例えばAI(人工知能)ならPython、制御だとC++というプログラム言語ですね。そして、ハードウエアの部分はVerilogというハードウエア記述言語に落とし、回路に落とし、レイアウトに落とし、最後は幾何学的な模様のマスクになって製造に行く──抽象的な言語から、どんどん具体的な情報に変換していくんですよね。
太田 そのすべての行程が半導体産業なわけですよね。
ChatGPTは半導体に革命をもたらすか
黒田 はい。僕はこの行程にChatGPTが使えるんじゃないかと思っています。そうなると、AIに興味のある学生は「半導体の設計も面白い」と思うに違いありません。
私が学生だった頃は、定規で図面を引いて、それを青焼き機にかけて──アンモニア臭がすごくて、今でもあの手触りや匂いは強烈に覚えています──その上に色塗りをして、何枚も色塗りしたものを重ねると、やっと立体構造が見えてくるんです。それを貼り合わせたものを工場に持っていって、3~4人で上から眺めて…という非常にアナログな作業をしていました。
太田 設計図は大きいんですか。
黒田 何枚も貼り合わせていましたが、それでもトランジスタの数は1000個ぐらいでした。今や1000億個に近づこうとしているのだから、もう桁がまったく違いますね。でも、これも5年後にはChatGPTに向かって、言葉で話しながら設計していると思いますよ。「ChatGPT、ここの性能を5%落としてもいいから、こっちにリソースを移してくれないか。そうしたら、もっと全体の電力効率が良くなるから」とか言ってね。
「スタートレック」のカーク船長がコンピュータと会話をして航海日誌を記録したりしているように、未来の半導体設計も、コンピュータと会話をしながら、1兆個のトランジスタを最適にデザインしているかもしれません。これってカッコいいですよね。
太田 いいですね。
黒田 そして、そうやって完成したチップが、次のコンピュータになるんですよ。それをまた使いながら、その次のチップを設計する。そうした循環が生まれ、さまざまな共進化を呼び起こすと面白いと思いますね。
10年後の半導体の世界は?
太田 黒田先生がイメージする10年後の半導体メーカー、あるいはユーザーはどんな姿ですか。
黒田 最初は、インテルのような資金力のある企業が、多くの人が使ってくれる汎用チップを作るというビジネスでした。しかし、今はGoogleやテスラが自社用にチップを作るようになりました。汎用から専用に変化してきています。でも、それができるのは相変わらず、Googleやテスラという資金力のある企業だけなんですよね。
これは僕の理想ですが、10年後にはもっといろんな会社で、数人とコンピュータを交えておしゃべりしながら、「ここの設計はこうしようか」「どう思う?」と半導体の設計や開発をしていたら面白いと思うんです。「半導体の民主化」が起きてほしいですね。
太田 なるほど。今は中小企業で、いいアイデアを持って、いいモノづくりをしていても、「自分たちに半導体は関係ない」と思っている人もいるかもしれません。そうした人たちも変わりますか。
黒田 自分たちで半導体を作り始めると、「買ってきた半導体で何かをすると圧倒的に高くつく」と分かる時代が来るでしょうね。もしかしたら近い将来、家庭内でDIYをするような感覚でチップを設計する時代が来るかもしれません。AIも活用して、子どもの家庭教師や料理ロボットを作れると面白いですよね。
太田 今は半導体が使われている製品というと、自動車や家電で、いわゆる産業機械ですよね。そこに思ってもみない半導体ユーザーが参入してくると?
黒田 そこが実は、半導体業界の抱えている悩みでもあります。半導体は何十億個と製品が売れないと、ペイしない仕組みです。逆に言えば、何十億個と出る製品に対しては、ものすごく安く作れます。だから、今はスマートフォンが重要なわけです。スマホの前はPC、その前はテレビですね。各家庭に1台、あるいは1人1個というような数が売れるから、安く作れる製造システムができました。
太田 自分用の調理ロボットを作ろうとすると、カスタムメードになってしまい、1台何百万円になってしまうわけですね。
黒田 高額過ぎて、どうしようもないですよね。だから今、半導体業界の最大の関心は「スマホの次に来るのは何だ?」ですね。
文/三浦香代子 写真/鈴木愛子 構成/堀口祐介(日経BOOKSユニット)
『 半導体超進化論 世界を制する技術の未来 』
半導体の民主化、汎用チップから専用チップへ、チップの構造改革、半導体キューブ――。日本の半導体戦略をリードするキーパーソンが、新しい半導体の世界、激変する環境、それへの対応策を明らかにします。産官学・理系文系の枠を超えて半導体に関わるあらゆる人にとって必読の書です。
黒田忠広著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)
米中対立の激化に伴い、戦略物資としての半導体の価値が高まっています。各国の思惑、最先端の技術開発の現場ルポなどを交えながら、技術覇権をめぐる国家間のゲームを、日経新聞編集委員が地政学的な視点で読み解き、日本の半導体の将来像を展望します。
太田泰彦著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)





