これからは「世界の頭脳を引きつける」のが最大の戦略になる。今世紀が頭脳競争になるなら、日本は良いポジションにいる――。日本の半導体復活の鍵を握るキーパーソンで『 半導体超進化論 』の著者、黒田忠広・東京大学大学院工学系研究科教授と、半導体をめぐる各国の駆け引きを著書『 2030 半導体の地政学 』で生々しく描いた太田泰彦・日本経済新聞編集委員が、日本の半導体復権への道を示す。
第1回
「半導体 TSMC熊本進出とChatGPTで革命は起こるか」
第2回
「半導体 ラピダスが勝つために必要なこと」
頭脳競争になるなら日本はチャンス
太田泰彦・日本経済新聞編集委員(以下、太田) 世界最大のファウンドリ(チップの製造を専門に行う企業)であるTSMC(台湾積体電路製造)の工場が熊本に進出することを考えると、日本はもっとアジアからの人を受け入れるべきですよね。
黒田忠広・東京大学大学院工学系研究科教授(以下、黒田) 熊本はアジアの主要都市から、2時間ぐらいのフライトで来られます。時差もさほどない。これからは「世界の頭脳を引きつける」のが最大の戦略になると思います。前世紀は資本競争だったけれども、今世紀は頭脳競争になるなら、日本は良いポジションにいると思いますね。
太田 サムソンやTSMCが日本を追い抜いた理由の1つに、集中的に莫大な資金をかけたことがあります。でも、「産業の鍵は資本」という時代が変わろうとしていると。
黒田 ええ。もう、それに気づいている国もあります。東大に「一緒に研究をしたい」という誘いが増えています。
日本人には見えていない日本の強さとは
太田 そうすると、日本の付加価値、強さは何でしょうか。ベルギーに本拠を置く半導体の研究開発機関imecと、黒田先生が所長を務める東大d.labが戦略的パートナーシップを締結しましたが、そのときに「新しい発想がある、違う考え方がある」と言われたそうですね。「えっ、日本に新しい考え方があるの?」と思ってしまったのですが(笑)。
黒田 意外と自分たちのことが一番、分かっていないんですよね。海外からは日本の研究者の顔がしっかり見えてるんです。日本の半導体の大企業はなくなってしまったけれども、まだ研究者の顔は見えているんですよ。「日本の頭脳と一緒に未来を考えたい」という世界の期待は高いので、問題は日本がそれを受け入れるかどうかですね。
世界から見ると東京、大阪、福岡、札幌と魅力的な都市がたくさんあります。世界の人は、日本にいながら、英語で、最先端の仕事ができるなら喜んで来てくれると思いますよ。
太田 以前、ラピダスの小池淳義社長と話したとき、「工場はどこにするんですか」と聞いたら、「まだ言えない。でも、世界中の人が行きたいと思う場所に」と。後から北海道に工場を作ると聞いて、なるほどと思いました。
黒田 九州もいいですよね。ご飯はおいしいし、人も温かいし。九州で県知事や県庁の人に会ったときは、「TSMCの工場進出は地方行政と直結します」と話しています。単に台湾から工場が来るだけではなく、そこで働く人が増え、投資が行われ、アジアから人が集まります。「ぜひ、アジアに目を向け、来た人たちが『ここに住みたい』と思うような街づくりをしてください」と。そうすると県の皆さんも、「これまでの隣の県と張り合うような発想ではいけませんね」と納得されます。
太田 先日、北海道の千歳市に行きましたが、「ラピダスの工場が来る」というので、もう大騒ぎでした。ラピダス祭りの様相です。でも、千歳市の人と話していると、「工場が来る」「雇用が生まれる」という発想がまだ主流とのことでした。いや、そうではなくて、「来るのは工場ではなく、エコシステムですよね」という話で盛り上がりました。
オートメーション化で人間も進化する
黒田 そう、工場ではなくて「人が来る」のが重要なんですよ。やたら電力と水を使う巨大な工場ができても、ゴーストタウン化するだけです。今や工場はオートメーション化されていて、工場の中に人はいませんから。
以前、米国のジョー・バイデン大統領が視察した、ソウル近郊の京畿道平沢市にあるサムスンの工場を見せてもらったのですが、「機械化された結果、100人いたオペレーターは10人になりました」と。残りの90人はどうしたのかと聞くと、「もう一段階上のエンジニアの仕事に変わりました」と。恐らく、ChatGPTはエンジニア100人を10人に減らします。でも、その残り90人はまた違う段階の仕事に進むでしょう。オートメーション化が機械的にも情報処理的にも進めば進むほど、人間が高度化されるんです。
太田 人間が進化すると。希望が持てますね。黒田先生は、ChatGPTは使いますか。
黒田 使い倒そうと思っています。半導体は、あれだけ複雑なものを人間だけで作ろうとしていたんだから、これからはAIをいかに上手に使うかが勝負ですね。
太田 黒田先生の著書『半導体超進化論』を読んでいると、半導体は生き物ですよね。進化し続け、微細化し、製造方法も変わり、いろんな研究者、開発者が育ててきました。人間の知の結晶だと感じます。
黒田 私はトランジスタに興味があって、この微細な世界を見たかったんです。ナノテクノロジーの進歩によって1つのチップ(CPU)へ搭載できるトランジスタの数が1000億個になり、欠陥品が1個もないような製造ができるようになったというのは、これ自体が文化というか、文明です。そのうち1つのチップへ搭載できるトランジスタの数は1兆個になるでしょう。
でも、僕の興味はトランジスタの数がどこまで増えるのかではなく、「そのトランジスタで何をするのか」です。物理学者のリチャード・ファインマンは「There's Plenty of Room at the Bottom(ナノスケール領域には、まだたくさんの興味深いことがある)」と言ったけれども、僕はボトムではなくトップに興味があります。
太田 黒田先生はトップ、その先を見たいと。
黒田 ボトム、その微細な世界を追究するのは物理の領域で、日本は得意ですよね。でも、トップ、「それを使ってどうするのか」は米国が強い。これは文化的な違いで、日本は微に入り細に入りが好き。米国はモジュール化したものをどんどんつなぎ合わせて巨大化し、巨大な工場で作って売るのが好きなんですよ。両方の良さを生かして、日米連携を軸に半導体の研究ができるといいんですけれどね。
イノベーションを生み出す妄想力
太田 最後に黒田先生に聞きたいのは「妄想力」です。
黒田 確かにこの本に書かれているのは僕の妄想ですよね(笑)。
太田 ひらめきや妄想力はどこで学んだのですか。
黒田 たぶん、学ぶものではないでしょうね。たまたま、妄想癖のある人間が研究者になったと思ったほうがいいと思います。子どもの頃から妄想ばっかりしていました。
太田 今の若い世代に「妄想しなさい」と言うなら、どうすればいいですか。
黒田 みんなに言うのではなく、妄想している人に妄想を続けさせるほうがいいですね。会社でも全員が妄想し始めたら、潰れてしまいます。妄想して、研究を続ける人間は全体の10~15%ぐらい、そこに投資をするのがいいと思いますね。
そして、これからの日本に大事なのは、いかにそういう人たちを世界から呼び寄せられるかです。せっかく日本がもう一度、半導体に注力する、大きな投資をするというなら、それに付随する世界の頭脳を引きつけることを意識すべきですね。
本当は、日本の若い人はもっと海外に出たほうがいいんですけどね。ただ、今は日本が貧乏になってしまったから、出ていくのは難しいかもしれません。
太田 来てもらうほうがいいかもしれませんね。海外の人も、日本は安くて、安全で、食事はおいしくて、いいと思っているのでは。円安がチャンスかもしれません。
黒田 そして、今ではビジネスもあります。半導体で投資が集まり始めたから、これからは仕事で来てくれる人が増えますよ。
太田 円安を機に、日本が反転攻勢に出ると。
黒田 日本の半導体復権への道は、単に「売り上げが戻った」「シェアが10%を切ったところから、また増え始めた」という話ではありません。日本に頭脳が集まり始め、復活するというところが重要なんです。今後、九州と北海道はチャンスですよ。
太田 九州も北海道もフロンティア精神がありますしね。
黒田 熊本にTSMCが来るので、「世界の頭脳を引きつける街づくりが始まる」という期待ができますね。ここに、これからの日本が発展する姿があると思います。
文/三浦香代子 写真/鈴木愛子 構成/堀口祐介(日経BOOKSユニット)
『 半導体超進化論 世界を制する技術の未来 』
半導体の民主化、汎用チップから専用チップへ、チップの構造改革、半導体キューブ――。日本の半導体戦略をリードするキーパーソンが、新しい半導体の世界、激変する環境、それへの対応策を明らかにします。産官学・理系文系の枠を超えて半導体に関わるあらゆる人にとって必読の書です。
黒田忠広著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)
米中対立の激化に伴い、戦略物資としての半導体の価値が高まっています。各国の思惑、最先端の技術開発の現場ルポなどを交えながら、技術覇権をめぐる国家間のゲームを、日経新聞編集委員が地政学的な視点で読み解き、日本の半導体の将来像を展望します。
太田泰彦著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)





