なぜ日本には、ユニコーン企業(企業価値10億ドル以上の未上場企業)が生まれないのでしょうか。それは、スタートアップ企業が生まれにくいだけではなく、銀行家やリード株主が機能していないからだと名和高司氏と楠木建氏は言います。 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』 を切り口に、イノベーションやそれを取り巻く日本の経営について、さまざまな視点から対談していただきました。その2回目。

(前回から読む)

日本の銀行家は、かつての「番頭」

楠木建氏(以下、楠木):名和さんの著書『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』を読んで改めて学んだのは、イノベーションの担い手であるアントレプレナー(起業家)は、経済的リスクを取るリスクテイカーではない、ということです。経済的リスクを取るのは、資本を提供する銀行家の役割で、アントレプレナーの役割は、内発的動機で捨て身になって事に当たることだ、と。

日本はスタートアップの上場のタイミングが早すぎると語る楠木氏(写真:稲垣純也、以下同)
日本はスタートアップの上場のタイミングが早すぎると語る楠木氏(写真:稲垣純也、以下同)
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名和高司氏(以下、名和):銀行家からお金を集める「番頭」的な存在もアントレプレナーに必要不可欠で、むしろ彼らも銀行家だと言えます。日本の代表的なアントレプレナーである松下幸之助にも本田宗一郎にも番頭がいて、彼らが銀行からお金を集める役割を担っていました。番頭は組織の中に存在していて、かつて明治や昭和の時代にはこのペアが機能していたんです。だから、松下幸之助も本田宗一郎も数々のイノベーションが起こせたのでしょう。番頭がいるから、アントレプレナーはリスクを考えずに、イノベーションの実現に向けて思い切り飛ばすことができたわけです。

楠木:なるほど。ということは、近年、本物のアントレプレナーが出てこない裏には、番頭不在という問題が隠れているんですね。

名和:その分、現代の銀行家に頑張れ、と言いたいですね。ベンチャーキャピタルの場合、投資先は上場して終わりにしてしまいますよね。イノベーションで大事なことはその先で、市場に大きくスケールすることなのに。

楠木:上場後も、長期的に支援するリード株主のような存在は、日本にはいないんですよね。そもそも、日本はスタートアップの上場のタイミングが早すぎる印象もあります。スタートアップがブームになってきているからか、すごく小粒な企業が上場して、その後成長することもスケールすることもないという……。

楠木建(くすのき・けん)一橋ビジネススクール教授<br>1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『「好き嫌い」と経営』(以上、東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社)など多数。
楠木建(くすのき・けん)一橋ビジネススクール教授
1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『「好き嫌い」と経営』(以上、東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社)など多数。
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自分たちが一流でなければ一流の相手とは組めない

名和:結果、ゴミの山ができてしまう、と。最近は政府もスタートアップ、スタートアップと焚(た)きつけるものだから、ゴミの山が大きくなるばかりです。日本でユニコーン企業がせっかく生まれたとしても、大きくスケールしていかなければ藻くずと消えてしまう可能性もあります。

 そうならないように、やはり銀行家やリード株主のような味方が必要なんですよね。どんなに有能なアントレプレナーも、市場にさらされると数字が気になってしまって、情熱がしぼんでしまいがち。市場の声に合わせすぎて翻弄される結果、パーパス=志を見失うとも言えます。

どんなに優秀なアントレプレナーも、銀行家がいないと力を存分に発揮できないと語る名和氏
どんなに優秀なアントレプレナーも、銀行家がいないと力を存分に発揮できないと語る名和氏
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楠木:ゴミの山と言えば、日本にはオープンイノベーションによる失敗事例のゴミの山もできていますね。オープンイノベーションを、単に企業間の境界を越えてコラボすることだと勘違いしてる人が多いせいでしょう。

名和:おっしゃる通り! 自分たちではどうにも変われないから、外部から知恵を借りてくることのように解釈している人も多いんですね。しかしその実、自分たち独自の資産に磨きをかけて一流の価値を持つことが、オープンイノベーションを成功させる前提です。自分たちが一流でなければ、一流の相手と組むことはできません。二流であれば二流以下の相手としか組めず、二流×二流=四流という結果に。市場に出る前に、勝負がついてしまっています。

楠木:オープンイノベーションは、経営学者のヘンリー・チェスブロウ氏が2003年に提唱した概念で、僕は約25年前、たまたま研究対象が同じだったので、米ハーバード大学にいた彼と共同研究して、いくつかの論文を書いたことがあります。

 当時はまだオープンイノベーションという言葉は使っていませんでしたが、実質的にはオープンイノベーションについて論じていました。その後、彼は研究を本にまとめて世界的に大ブレイク。彼が提唱した概念や本の内容にはもちろん意義があるのですが、受け取った側がオープンイノベーションという概念を誤解して、そのまま世の中に広がってしまったことが問題です。

名和:以前、楠木さんに紹介していただいてチェスブロウ氏に会いに行ったとき、彼は世の企業はいかにくだらないことをしているか、と嘆いていました。正しい意味でのオープンイノベーションをしている企業は世界的にも例がないと言ってましたね。

楠木:日本での成功例はユニクロと東レの協業だと『シュンペーター』の中でも取り上げていましたね。

オープンイノベーションに何よりも必要なのは対等でいられるための企業の実力

名和:ユニクロの大ヒット商品になった「ヒートテック」は東レとの共同開発品で、試作を重ねること5年。世に出るまでに5年もかかってるわけです。「ちょいのり」でできることではありません。

楠木:勘違いした人の中には、オープンイノベーションは自社にはない技術や知識を利用することだから、効率的で時間を買うことと同じ、などという人がいますが、5年かかるわけですからね。よほど強い相互信頼がない限り、できることではありません。

 東レはユニクロと組んだからこそ、とんでもないスケールを果たしましたよね。ヒートテックに次いで「エアリズム」も世に送り出すこともできて、自分たちの技術を価値あるものとして広めることに成功。5年かけてコミットした結果だと思います。

名和:5年も対等な関係を保てていることも注目すべき点です。オープンイノベーションは関係をコントロールするのが難しくて、M&A(合併・買収)に走る人たちが少なくありません。買収しちゃえば、相手は言うことを聞くと考えるわけですが、それは買収側に相手の価値を何倍にもする力がある場合のみ。力不足で、相手の力だけに頼ったM&Aは関係性が崩れて失敗します。独立した1つの企業対企業として、緊張感を持って切磋琢磨(せっさたくま)するからこそ、シナジー(相乗効果)が生まれるんです。

楠木:M&Aして自分たちのところで抱え込んでしまうと、緊張感がなくなって、依存的な人材ばかりになりますからね。

名和:そしてまた、二流×二流=四流という結果になる、という非常に皮肉な成り行きになります。オープンイノベーションの概念が悪いわけじゃありません。間違った解釈をして安易に飛びつく人たちの質の問題です。

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文/茅島奈緒深 構成/中野亜海

(次回に続く)

行き詰まりを打開する方法は、シュンペーターにある!

柳井正や松下幸之助などの分かりやすい例を引きながら、シュンペーターの「イノベーションとは何か」をお伝えします。まさに、「経済学は、シュンペーターから始めよ!」です。

名和高司、日経BP、2090円(税込み)