「温暖化の人間活動主因説」に異議を唱える書籍『 気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか? 』(日経BP)。「『気候変動の真実』私はこう読む」の第2回は評論家・翻訳家の山形浩生さん。山形さんは2003年にビョルン・ロンボルグの『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』(文芸春秋)を翻訳し、環境・エネルギー問題にも造詣が深い。ロシアによるウクライナ侵攻を契機としてエネルギー安全保障への関心が高まる中で、決着したかに見えた気候変動についての議論の見直しが起きるのではないかと語る。
フェアで冷静な記述
私は2021年に刊行された原著(『Unsettled』)を途中まで読んでいましたが、日本語版が今年出て、これ幸いと読み終えたところです。ブログでも書いたのですが、本書は非常にフェアで冷静な記述をしている良書だと思います。
気候変動論議については、科学的に決着したといわれています。人間の活動によって排出される二酸化炭素(CO₂)などの増加によって温暖化が進み、上昇幅がある限度を超えると、気候システムが暴走し始めて手がつけられなくなり、それによって地球環境は危機的な状況に陥り、人類は存亡の機に直面する、というものです。
ところが、本書はそれらをほぼ否定します。人為起源のCO₂の排出量は確かに増えているが、それが気候にどんな影響をもたらすか、科学ではちゃんと解明できていない。それ以前に、そもそも気候のメカニズムも解明されていないことだらけです。
確かにここ数十年、地球は少しずつ温暖化していますが、その原因が人間の活動による温室効果ガスの排出なのか、エルニーニョ現象など自然変動の結果なのか、あるいは、その組み合わせである場合、人為起源の割合はどのくらいなのか、科学的には明らかになっていません。
また、メディア報道などでは、台風などの大きな自然災害があると「気候変動の影響で」と説明されることが多いのですが、歴史をさかのぼって自然災害を調べてみると、近年特に増えているという確たる証拠は見つかっていません。
100年という時間は、地球の大きな気候変遷の中ではあっという間です。しかし、大気や海や地表の温度を正確に読み取り、それぞれをモデル化して組み合わせ、将来を予測していくのは、簡単なことではない。こうした非常に難しい気候変動の予測について、すべてが分かったかのように振る舞うべきではありません。
気候変動は政治的な問題になった
米国においては、気候変動は完全に政治的な問題として扱われています。すなわち、地球温暖化に懐疑的な意見を述べる人物は共和党支持者で、非科学的、化石燃料業界の手先といった具合です。
しかし、本書の著者スティーブン・E・クーニンは、それには当てはまりません。オバマ民主党政権でエネルギー省の科学次官に任命され、気候科学、温暖化のモデル構築、その問題点や課題、さらには政治的な事情についてまで熟知している、米国を代表する科学者だからです。科学次官になる前に石油会社BPで研究員をしていた時期がありますが、そのことが彼の見解に影響を与えているとは思えません。
クーニンは科学者としてフェアな立場にいるし、本書の議論の土台になっているのはIPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)が発表しているデータです。科学を厳正に適用し、政治家やマスメディアに踏み荒らされてしまった現状を冷静に整理、分析しています。本書の内容に異論を挟みたくなる人もいるでしょうが、しっかり読めば、決して針小棒大な議論をしているわけではないことが分かります。
悲観論を取り上げがちなメディア
IPCC第5次評価報告書(2014年)の最悪シナリオ(RCP8.5)では、地球の平均気温は2085~2100年に、基準年と比べ2.6~4.8度上昇するとしています。これは、温暖化対策をまったく取らなかった場合のシナリオですが、IPCCは、このシナリオは確度の低い参考意見と言っています。第6次評価報告書(2021年)の最悪シナリオ(SSP5-8.5)も同様です。
それ以外のシナリオはおおむね1~2度の間にあります。しかし、メディア側としては、極端なシナリオのほうが注目されるので、あえて悲観論を取り上げる傾向にあります。
また、IPCCには数多くの研究者が関わっており、全員がまったく同じ意見などではありません。にもかかわらず、メディア側はすべての専門家のコンセンサスがあるかのように報道します。本書日本語版の解説を執筆し、IPCC報告書を執筆したこともあるキヤノングローバル戦略研究所研究主幹の杉山大志さんは、「IPCCの中にも『ちょっと変だね。書きすぎているね』という声がある」とおっしゃっています。
同様のことはデンマークの政治学者ビョルン・ロンボルグや、『地球温暖化で人類は絶滅しない』(藤倉良、桂井太郎、安達一郎訳/化学同人/2022年7月刊行予定)の著者で環境活動家のマイケル・シェレンバーガーも言っています。科学ジャーナリストのマッド・リドレーや心理学者のスティーブン・ピンカーも、「このままいくと地球が滅びる」というような極端な悲観論には批判的です。
議論を見直すチャンス
しかし、すでに世界各国が脱炭素の目標を定め、走り始めてしまっている今、「実は温暖化は恐れていたほどではないかも」と、議論を蒸し返すのは無理だと思うかもしれません。
でも、そんなことはありません。エネルギー安保も含めた脱炭素政策を考える場合、果たしてこのままでいいのか、という意見が増えてくるだろうと思います。
英国は国内では石炭火力発電を停止し、自国の天然ガス採掘をやめる一方で、ロシアから天然ガスを輸入しています。緑の党が連立与党に入り、温暖化対策が国是になっているドイツは、「原発も化石燃料も嫌」と言いながら、同じくロシアからパイプラインで天然ガスを調達しています。
ところが、ロシアによるウクライナ侵攻が起きて、その矛盾があらわになりました。ロシア産の資源・エネルギー禁輸によって、欧州のエネルギー価格が今後も急騰するのは必至です。
「気候変動の議論自体がおかしいのでは」ということにはすぐならないとしても、温暖化だけで議論はできないのはすでに明らかで、エネルギー安保や軍事的な安保と合わせて考えるべきだということになるでしょう。すると、これまでのCO₂削減一辺倒でいいのか、異論を投げかけている人の意見も少しは聞いてみようか、という機運になるでしょう。これはチャンスだと思います。
以前は、米国の民主党や英国の労働党は、労働者のための政党という性格が強くありました。ところが、近年は高学歴の人ほど民主党、労働党を支持するようになっています。今、私はフランスの経済学者トマ・ピケティの新著の翻訳をしているのですが、ピケティも「意識の高い人たちの世界観を押し付けるのではなく、民主的に合意を得ねば」と言っています。
仮に今後も温暖化対策をしていくのだとしても、太陽光パネル設置を個人住宅に義務化するとか、LED(発光ダイオード)しか使えなくするとか、石炭火力発電をゼロにするとか、個別に狙い打ちするような政策は新たな利権を生むことにもなり、問題をややこしくしてしまいます。それよりは、フラットな炭素税などで、そのお金を地球環境への負荷軽減や災害対策に向けていくほうがまだましかなと思います。
取材・文/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 取材・構成/沖本健二(日経BOOKSユニット第1編集部) 撮影/木村輝
気候変動に関する科学の情報は、大元の文献から一般に伝わるまでの間にねじ曲がっていき、誇張や噓がまかり通っている――著者のスティーブン・E・クーニンはこう主張します。科学は本当のところ、何をどこまで言っているのか。米国で10万部超のベストセラーになった話題作です。
スティーブン E・クーニン著/三木俊哉訳/日経BP/2420円(税込)