「『気候変動の真実』私はこう読む」第4回は、元毎日新聞記者で、環境や食品安全を巡る報道のあり方についての著作も多い、ジャーナリストの小島正美さん。「『気候変動の真実』は記者必読の本であり、本書の内容を踏まえた温暖化報道のガイドラインを作ってほしい」、また、「メディアは改めて温暖化問題を検証する調査報道をすべき」と提言する。
記者必読の本
『 気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか? 』(スティーブン・E・クーニン著/三木俊哉訳/日経BP)は、記者必読の本です。気候変動に関する報道に携わっている記者なら、最低限本書の内容を知った上で記事を書くべきです。
地球温暖化や脱炭素は、科学記者にとどまらず、どの部署にいる記者も一度は扱うテーマです。本書で取り上げている基本的な知識を踏まえて記事を書けば、かなりの程度間違った報道を防ぐことができるでしょう。
例えば、「気象と気候は違う」ことに気づくだけでも、偏向報道を防げます。本書にあるように、気象とは1日から数年単位で変化が起きる現象なのに対し、気候は数十年の気象を平均した現象です。
記事を見ていくと、サンゴが減った、イネの育ちが悪い、果物の色づきが悪い、サンマが減ったなどのニュースを、気候変動と結び付けて書いている例があります。しかし、これらは、異常“気象”や自然変動が原因かもしれませんが、根拠なく地球温暖化といった“気候”変動と関連付けるのは間違いです。
先日も「サンマが減ったこと」を気候変動と結び付ける記事を見ました。では、この先、もしサンマが増えたとしたら、気候変動のせいと書くでしょうか。恐らく書かないと思います。
私は『正しいリスクの伝え方 放射能、風評被害、水、魚、お茶から牛肉まで』(エネルギーフォーラム/2011年)という本で、環境や食品安全問題について報道する際のガイドライン作りを提言したことがあります。例えば、残留農薬のニュースなら、ただ残留農薬が見つかったと書くのではなく、その残留量の数値と、それが1日当たりの許容摂取量の何%に当たるのかを明示し、政府の公式見解を必ず載せるといったガイドラインを守れば、もっと正確な記事になると主張しました。
同じように、気候変動の記事を書く際にも、何らかのガイドラインがあったらいいですね。本書の著者、スティーブン・E・クーニンさんや解説を寄せた杉山大志さんなどの科学者有志が、そうしたガイドラインを作り、記者たちに配ってほしいと思います。
また、本書はIPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告書にあるさまざまな記述や論点を、データや事実に基づいて検証しています。こうした仕事は本来であれば記者がやるべきことです。それを科学者が書いたということは、記者は、やるべき仕事をまっとうしていないとも言えます。
本書が指摘する「台風や熱波などの災害が激甚化している事実はない」「グリーンランドの氷床縮小は80年間変わっていない」「コンピューターのモデル予測には、研究者の恣意的な要素が働いており、科学的な予測のレベルに達していない」など、最低限押さえるべき事実を知れば、メディアの側は偏った報道を防げるはずです。
多くの記者は「地球温暖化の主因は人間が生み出す二酸化炭素である」という説を疑おうとしません。私は、現役時代に同僚の記者たちに「地球温暖化の原因は何ですか?」と質問したことがあります。すると、ほとんどの記者は「二酸化炭素」と答えました。
さらに「二酸化炭素以外に思いつく他の要因を挙げてください」と聞くと、大半の記者は「思いつかない」と答えました。それほどまでに記者自身が二酸化炭素説に染まっているわけです。
また、昨年まで私は東京理科大学で授業を持っていたのですか、学生たちに同じ質問をすると、8割の学生が「二酸化炭素が原因」と答えました。さらに「他の要因は?」と聞くと、「森林破壊」という回答がありましたが、太陽活動、雲、水蒸気、海流などの自然要因を挙げる回答はありませんでした。それは恐らく、普段、彼らが目にしている記事にほとんど出てこないからだと思います。
少なくとも科学部の記者であれば、太陽活動や海流、雲などの自然要因についても、きちんとした記事を書くべきだと思いますが、こうした記事はまず見かけません。
環境ホルモン報道に類似
地球温暖化を巡る報道は、かつての環境ホルモンの報道に似ています。実は、私は当初、環境ホルモンの危険性を訴える側にいました。
1996年、環境ホルモン問題を告発した米国の研究者、シーア・コルボーンさんのベストセラー『奪われし未来』(シーア・コルボーン、ダイアン・ダマノスキ、ジョン・ピーターソン・マイヤーズ/長尾力訳/翔泳社、邦訳版は1997年刊)が刊行され、私はアメリカでたまたま本書の存在を知り、連載記事を書きました。
環境ホルモンは、人間のホルモン本来の働きを乱し、生体機能に障害などを引き起こす恐れのある「外因性内分泌かく乱化学物質」の総称です。プラスチックから溶け出す環境ホルモンやダイオキシンが体内に取り込まれると、ヒトや生物で「オスのメス化」が生じ、生殖機能に重大な影響をもたらすことが、1997年以降、主要な新聞や雑誌に大きく取り上げられ、社会問題化しました。
すると、子どもの発達障害も、精子の減少などによる少子化も、すべて環境ホルモンのせいと言われるようになりました。この状況を見て、政府は環境ホルモンに対処するための検討会を立ち上げ、研究に予算をつけるようになりました。当時、私は大学の研究者から「環境ホルモンについての記事をもっと書いてほしい。そうすれば研究予算が通りやすくなるから」と言われたことがあります。
環境ホルモンが危ないという報道は5~6年続きましたが、その後、研究が進むにつれて、当初言われていたほどのリスクはないことが明らかになり、危険性を強調していた私自身、恥ずかしながら、空騒ぎだったかもしれないと思うようになりました。私と同様、多くのメディアも次第に関心を失っていきました。
一方、メディアの対応に関して言うと、環境ホルモン、遺伝子組み換え、残留農薬などの環境・食品安全問題と、地球温暖化問題とでは大きな違いがあります。前者の場合、まずNGO(非政府組織)や市民(団体)が問題を提起し、それにメディアが乗っかって、企業や政府の責任を追及する形でキャンペーンを展開していきました。
しかし、地球温暖化問題では、NGOや市民(団体)だけでなく政府も企業も政治家も含めステークホルダー(利害関係者)のほぼ全員が、二酸化炭素排出を止めないと地球が危機に陥るという「気候変動危機説」一色となり、それにメディアも疑うことなく加担する状況になっています。
科学は疑うことが基本です。そして、本来、新聞記者は、権力や権威にあえて異議を申し立て、特に全体主義的な動きに対しては反対の立場からチェックしなければならない存在です。気候変動報道に関しては、健全な言論空間とは言えません。
デスクによって記事がボツになることも
私はもともと、地球温暖化には懐疑的でした。人為起源の二酸化炭素排出を原因とする温暖化を声高に主張する欧州諸国は、例えば、排出ガス不正問題でドイツのフォルクスワーゲンがディーゼルエンジンに見切りをつけ、EV(電気自動車)の推進に舵(かじ)を切ったように、自国の利益のためにやっているのではないかという気がずっとしていたからです。西欧が常に正しいわけではありません。例えば、過去に森林を破壊し続けてきた英国やドイツなどが、今になって「二酸化炭素を吸収するアマゾンの森林を守れ」などと言うのは違和感を覚えます。
気候変動に関する懐疑派の記事が日本のメディアになかなか載らない背景には、メディア内部の自由度の欠如も関係していると思います。
私は毎日新聞の記者時代、地球温暖化について懐疑的な論を紙面で紹介することもありました。しかし、執筆した記事が全部掲載されたわけではありません。例えば、地球物理学者の丸山茂徳さんの著書『「地球温暖化」論に騙されるな!』(講談社)を紹介する記事を書いたら、担当デスクから「こんな話は信じられない。ちょっと預かるよ」と言われ、科学部の記者に意見を聞くと、みな否定的でした。
とはいえ、毎日新聞では、デスクによって意見が異なるのは普通でした。そこで、この預かりになってしまった記事を、別のデスクが担当の日に出稿したところ、記事は掲載されました。似た経験は遺伝子組み換え作物でも何度か体験しました。
このエピソードを某全国紙の記者に話したら、「うちならどのデスクでも通らないよ」と言われました。毎日新聞には、そうした意味での「自由」があったのです。この毎日新聞の伝統はずっと守ってほしいですね。
温暖化についての検証報道をすべき
各メディアには、ぜひ、『気候変動の真実』に書いてある内容が正しいかどうか、検証する調査報道をやってほしいと思います。
科学の世界で論争になっているテーマに関し、客観的な立場から調査報道を行う例は過去にあまりなく、現在の気候変動問題で調査報道が行われれば、極めて珍しい試みになります。記者たちは、この困難な大テーマにぜひ取り組んでほしいです。『気候変動の真実』を読めば、調査報道のヒントや材料はいくらでも見つかりますからね。
そうしたなかで、テレビでは気候変動危機をあおる番組が目立ちます。IPCCが「可能性は小さい」と条件を付けている最悪ケースに基づき、恐怖の映像を流し、今にも気候変動で地球が壊滅状態になるという暗い未来ばかり伝えています。
これこそ、本書でクーニンさんが警告する典型的な情報バイアスです。科学者の有志が集まって、こうした番組を徹底的に検証する活動をぜひやってほしいと思います。
一方で、別の科学番組も必要です。温暖化によって地球上の緑の面積が増えている様子や米国などの山林火災が特に増えていない様子などは、映像やグラフを使って視覚的に見せることができるはずです。また、二酸化炭素の増加が必ずしも人類にマイナスをもたらすばかりではないことも、映像で見せるべきでしょう。映像版「地球温暖化のファクトフルネス」をぜひ作ってほしいと思います。
取材・文/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 取材・構成/沖本健二(日経BOOKSユニット第1編集部) 写真/木村輝
気候変動に関する科学の情報は、大元の文献から一般に伝わるまでの間にねじ曲がっていき、誇張や噓がまかり通っている――著者のスティーブン・E・クーニンはこう主張します。科学は本当のところ、何をどこまで言っているのか。米国で10万部超のベストセラーになった話題作です。
スティーブン・E・クーニン著/三木俊哉訳/日経BP/2420円(税込み)