「せっかく考えたアイデアが潰されてしまった」「アイデアをひねり出したのはいいが、平凡すぎて言うのもはばかられる」。ビジネスでは新たなアイデアが常に求められますが、なかなか名案は思いつかず、せっかく考えたとしても組織圧力で潰されてしまうことが多々あります。しかし、平凡なアイデアから思いもしなかった価値が生まれることもあるのです。革新的なアイデアを実現するためには? 『原因と結果を武器にする思考』(安井翔太、伊藤寛武、金子雄祐著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けします。

「単純な発想」が数億ドルの価値を創出

 どれほど革新的に見えるアイデアでも、試してみるまで本当に効くかは分かりません。ある研究は、マイクロソフトのBingにおける数千件のA/Bテストの結果を分析し、衝撃的な報告をしています(※1)。改善によって得られた成果全体のうちの実に74.8%が、わずか上位2%のアイデアに集中していました。

 実際にテストしてみようと思えるくらい良いアイデアを100個思いついたとしても、本当に価値があるのはたったの2個なのです。言い換えれば、残りの98%のアイデアは期待外れということです。この数字を見れば、事前に「当たり」を見抜くことは、ほぼ不可能だということが分かります(注1)。

 さらに厄介なことに、本当に価値のあるアイデアほど、当初は平凡に見えます。Bingの最も大きな改善をもたらした施策も(編集注:マイクロソフトは検索画面のちょっとしたデザイン変更で年間数億ドルの利益を手にした)、当初は「まあ、簡単にできるから試してみるか」という軽いノリで実施されたものでした。

 誰もこれが「当たり」だとは思っていなかったのです。逆に、「これは革新的だ」「必ず成功する」と社内で期待を集めたアイデアが、蓋(ふた)を開けてみれば何の効果もなかったといった経験は、どの組織にも山ほどあるはずです。

なぜ「価値あるアイデア」は潰されてしまうのか?

 ハーバード大学のトムキ教授はこのような状況を「王子を見つけるには、たくさんのカエルにキスをしなければならない」と表現しています。改善とは「勝ち馬に乗る」がごとくうまくいくことが約束された施策を行うことではありません。大量の失敗の中からごく稀な成功を探し当てるプロセスであり、事前に勝者を選別することは原理的に不可能なのです。だからこそ、A/Bテストのような検証のプロセスが必要になります。

 しかし、ここで厄介な問題が生じます。「事前には分からないから検証が必要だ」という主張は、論理的には正しくても、組織の中では驚くほど受け入れられにくいのです。なぜでしょうか?

 組織には意思決定の力学があるからです。誰かがアイデアを提案したとき、それを採用するかどうか決める基準は、多くの場合そのアイデアの質ではありません。誰が提案したか、誰が賛成したか、誰が反対したか――そうした組織の中での力関係で決まります。

 そして最も影響力を持つのは、組織内で最も権限を持つ人物の意見です。そのような人の意見や判断をHiPPO(Highest Paid Person’s Opinion:最も高給取りの意見)と呼びます(※2)。HiPPOが機能している組織では、必ずしも意思決定にデータは必要ありません。最も影響力のある人物が「これでいこう」と言えば、それが組織の答えになるからです。

上司に意見しなかったことで死亡事故が発生

 HiPPOは意図的に形成されるものではありません。そもそも人間とはそういう生き物なのです。上位者の判断を尊重し、それに異を唱えることを本能的に避ける、私たちはヒエラルキーに従うようプログラムされています。問題は、複雑な状況ではこの本能が裏目に出ることです。有名なのは、1978年に起きたユナイテッド航空173便の墜落事故です(※3)。

 着陸装置の異常を調べるために旋回飛行を続ける機長に対し、航空機関士は燃料が尽きかけていることを明確に進言できませんでした。当時のコックピットには機長を頂点とした強固なヒエラルキーがあり、機長の判断能力を疑うような発言は許されなかったのです。結果、残念なことに10人の方が亡くなりました。フライトシミュレーターを使った後の研究で、同様の状況を観察した心理学者は次のように述べたそうです。「副操縦士らは機長に意見するより、死ぬことを選んだ」。

 ビジネスの現場で命を落とすことはありません。しかし同じ力学が、ビジネスでも機能しています。場合によっては、上司に異を唱えることはキャリアリスクにすらなり得ます。

 若手社員が上位者の判断を覆すことは極めて困難ですし、そのインセンティブもありません。かくして、検証されるべきアイデアは検証されないまま葬られ、組織は学習の機会を失ってしまいます。

Amazonの「レコメンド機能」を救った仕組み

 初期のAmazonで、まさにこの状況が生まれかけました(※4)。あるエンジニアが、ユーザーが検討中の商品に基づいて追加商品をレコメンドする機能を提案したそうです。この機能は、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」の原型とも言われています。今からしてみれば、ECサイトにおける基本的な機能の1つです。

 しかし、ある役員がレコメンドの導入に強く反対しました。「画面が混乱する」「ユーザーエクスペリエンスを損なう」というのがその理由です。通常の組織であれば、ここで話は終わりです。役員の判断が優先され、このアイデアはボツになったでしょう。

 しかし、このエンジニアは役員に内緒でA/Bテストを実施しました。結果、レコメンド機能は大きな効果をもたらすことが判明しました。こうなれば、もう役員も反対できません。データという明確な証拠があるにもかかわらず反対し続けることは、よほどの理由がなければ非合理的です。役員は判断を撤回し、レコメンド機能は実装され、Amazonの売り上げは大幅に伸びました。

Amazonはレコメンド機能を導入し、売り上げを大幅に伸ばした(写真はイメージ)(写真:DenPhoto/stock.adobe.com)
Amazonはレコメンド機能を導入し、売り上げを大幅に伸ばした(写真はイメージ)(写真:DenPhoto/stock.adobe.com)

A/Bテストが組織力学から解放してくれる

 A/Bテストは、HiPPOを無力化します。役員の反対を押し切る必要はなく、ただデータを見せればよいのです。数字という客観的な証拠があれば、肩書に関係なくアイデアの質で勝負できます。

 無数に生まれるアイデアのほとんどは期待外れです。だからこそ、玉石混交のアイデアをふるいにかけて本物を見つけ出す仕組みが必要です。しかしその選別を人間の直感や権威に委ねれば、組織の力学にのみ込まれてしまいます。

 A/Bテストは、その選別をデータに委ねることで、改善の計測を組織の力学から切り離します。この組織の力学を変える力が、A/Bテストに隠された大いなる力の1つです。

【注】
注1 似たような話は、様々な分野で見られます。例えば、ベンチャーキャピタルの世界では、彼らの投資利益の半分以上がわずか5%程度の企業から生まれていることが知られています(※5)。投資のプロですら、「当たり」企業を選んで投資することはできていません。
【参考文献】
※1 Azevedo, E. M., Deng, A., Montiel Olea, J. L., Rao, J., & Weyl, E. G.(2020). A/B Testing with Fat Tails. Journal of Political Economy, 128(12): 4614-000.
※2 Kohavi, R., Tang, D., & Xu, Y.(2020). Trustworthy Online Controlled Experiments: A Practical Guide to A/B Testing. Cambridge University Press.
※3 マシュー・サイド(2021)『多様性の科学』ディスカヴァー・トゥエンティワン
※4 Linden, G.(2006). Early Amazon: Shopping cart recommendations, Blogspot.com., from https://glinden.blogspot.com/2006/04/early-amazon-shopping-cart.html. Accessed 14 Jan. 2026.
※5 Kerr, W. R., Nanda, R., & Rhodes-Kropf, M.(2014). Entrepreneurship as Experimentation. Journal of Economic Perspectives, 28(3): 25-48.
「因果推論」と呼ばれる経済学の最先端の考え方を分かりやすく紹介し、「見せかけの効果」と「本当の効果」の見抜き方を説明します。原因と結果の関係を読み解き、「前例」「直感」「思い込み」から抜け出しましょう。

安井翔太、伊藤寛武、金子雄祐著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)