経済データを見れば、日本と世界の今が分かり、未来が読める。40年間、毎日経済データをチェックしているベテランの経営コンサルタント、小宮一慶さんが、最新の数字をもとに、今何が起きているのか、これから何が起きるのか、解説します。第1回前編は、トランプ米大統領の大胆な経済政策に揺れる米国経済を分析。小宮さんの著書、日経文庫『コンサルタントが毎日見ている経済データ30』の内容も踏まえながら説明します。

強硬姿勢を軟化させつつあるトランプ大統領

 「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げるトランプ米大統領は今年2月1日、中国、カナダ、メキシコに対し追加関税を課す大統領令に署名したのを皮切りに、積極的に関税政策を進めてきました。自国の産業や経済を守るために、世界中の国々との間に“関税の壁”を築いたのです。

 ところが、この政策は諸刃の剣ともいえるものであり、必ずしも米国民にメリットをもたらすとは限りません。関税の引き上げによって、国内物価が上昇する恐れがあるからです。トランプ大統領の就任から約5カ月が経過した今、米国経済はどのように推移しているのでしょうか。

 まず、米国の経済全体を表す「国内総生産(GDP)」を見てみます。2025年1~3月期は前期比年率でマイナス0.2%と発表されました(実質GDP、改定値)。

 米国経済は2022年4~6月期以降、11四半期連続でプラス成長を維持していました。2022年当時は新型コロナウイルス禍が明けつつある時期でしたから、その反動が生じたのも要因の一つです。なお、この指標は「前年同期比」ではなく「前四半期比の年率換算」の数字ですから、景気は3年近く拡大し続けていたということです。

(出所)米商務省
(出所)米商務省
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 トランプ大統領はGDP発表直後にSNS(交流サイト)で「マイナス成長はバイデン前大統領に責任がある」と非難しましたが、トランプ氏が大統領に就任したのは2025年1月20日ですから、バイデン政権だけに原因があるとは言い切れません。

 しかし、トランプ政権を震撼させたのはGDPがマイナスに転じたことだけではないのです。米国内の消費者マインドを示す「消費者信頼感指数」に注目してください。これは民間の調査機関であるコンファレンス・ボードが全米の約5000世帯を対象にアンケート調査を行い、景気、雇用、家計所得に関する現状と半年後の予想をまとめた指標です。1985年の水準を100として指数化しています。

 この推移を見ると、2024年はほぼ100を超える水準が続いていますから、おおむね安定していたといえます。しかし、それが2025年1月105.3、2月100.1から、3月93.9、4月85.7と急落したのです。

(出所)コンファレンス・ボード
(出所)コンファレンス・ボード
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 実は、この「85.7」という水準は、感覚的には新型コロナウイルスが急速に拡大した時期と非常によく似ています。コロナ禍が始まりつつあった2020年3月は118.8だったのが、4月には85.7まで大幅に落ち込みました。米国の消費者の今の景気に対する感覚が、その当時と同じぐらいまで落ちていることを考えると、消費者心理の冷え込みがいかに大きなものかということが分かります。

 なぜ、この指標が重要かというと、米国のGDPの約70%を支えているのが「個人消費」だからです。消費者信頼感指数がここまで急落しているのであれば、近い将来、米国の個人消費にも影響が出始め、それがひいてはGDP成長率の減速にもつながる可能性があるのです。

 ただ、後述する関税の引き下げなどにより消費者心理が改善しており、5月は98.0に急回復しました。今後の動向に注意が必要です。

 では、米国の個人消費は今、どのように推移しているのでしょうか。図表を見ると、2023年からずっとプラスの数字が続いています。これは前月比の数字なので、2023年1月以降、消費が拡大し続けていたことを意味します。

 ところが、2025年1月は前月比マイナス0.3%と減少に転じました。これは大きな動きではありませんが、先ほど述べたように消費者信頼感指数が急落していることを考えると、この先、個人消費が悪化し始める可能性があります。

(出所)米商務省
(出所)米商務省
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 5月12日、米国は中国との貿易協議の結果、相互に課している追加関税率を115%引き下げることで合意したと明らかにしました。米国が中国に課していた関税率145%が30%になるわけですから、大幅な引き下げです。さらに4月2日に発表した中国に対する相互関税の上乗せ分24%は90日間停止することになり、中国も同様の措置を取りました。その停止期間に、両国は貿易関係について協議を続けるというのです。

 これらの内容から、トランプ大統領が中国との交渉でかなり妥協したことがうかがえます。このように中国に対して強硬的だった態度を軟化させたのは、想定よりも国内経済の状況が悪化していることが原因だと考えられます。

関税政策の影響はまだ見極められない

 ただし、米国にはまだ救いの道があります。1つは、今のところインフレ率の上昇が見られないことです。

 米国のインフレ率を示す「消費者物価指数(CPI)」の2025年4月の数字は、前年同月比2.3%の上昇でした。コロナ禍が明けてモノやサービスの需要が急拡大していた2022年6月は9.1%まで上昇していたことを考えると、今は2%台に落ち着いていますから、物価は安定しているといえます。米国の中央銀行であるFRB(米連邦準備理事会)の目標値2.0%と比べると若干高い水準ですが、それでも物価が過熱しているとはいえません。

 もう1つは、雇用が安定していることです。米国の「失業率」は、2025年4月4.2%、5月4.2%。「非農業部門雇用者数」は、同年4月は14万7000人増、5月は13万9000人増と比較的安定しています。

 非農業部門雇用者数とは、農業を除いた30万社以上の企業や事務所を対象に、給与支払い帳簿をもとに雇用者が前月よりどれだけ増減したかを調査してまとめた数字です。一般的に、月15万~20万人ほど増えていれば雇用は安定し、景気も順調に拡大していると判断します。直近の数字はそれを少し下回っていますが、まずまずの水準といえるでしょう。

 このように、今のところインフレ率と雇用は比較的安定している状況です。米国の政策金利は4.25~4.5%の幅で維持されていることと、インフレ率が2.4%で推移していることを考えると、たとえこの先に景気が減速し始めたとしても、FRBは政策金利を引き下げる余力が十分にあります。

 トランプ大統領はFRBのパウエル議長に向けて、金利を引き下げるよう圧力をかけていますが、パウエル議長は慎重な姿勢を崩していません。その理由の1つは、トランプ大統領による関税政策の影響がまだ見極められないからです。関税率を引き上げたことで、今後、国内にインフレが起こる可能性があります。

 もう1つは、プライドの問題です。トランプ大統領に圧力をかけられたから金利を引き下げるなど、FRBは威信を保つためにも絶対に避けたいと考えているでしょう。

 ただし、インフレ率が低下して雇用の状況が悪化し、景気後退が鮮明になり始めたら、FRBは躊躇(ちゅうちょ)なく金利を引き下げると思います。その点を考慮すると、FRBは今年度中に政策金利を0.25%ずつ2回引き下げることが考えられますし、場合によってはそれ以上引き下げる可能性もあると私は見ています。

トランプ大統領は中国に対して強硬的だった態度を軟化させている(写真:Rokas/stock.adobe.com)
トランプ大統領は中国に対して強硬的だった態度を軟化させている(写真:Rokas/stock.adobe.com)
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 先にも述べたように、トランプ大統領は「2025年1~3月期のGDPがマイナスになったことは、バイデン政権に責任がある」と主張していますが、もし、4~6月期もマイナス成長になれば、もう逃げ場がありません。だからこそ、トランプ大統領は何としてもGDPを底上げするために、FRBに政策金利を引き下げるように引き続き強く要求するとともに、他国との関税交渉も想定より妥協することが考えられます。

 ただし、日本からの輸入に対する追加関税は、今後もあまり妥協しないのではないかと私は見ています。トランプ大統領は5月8日の英国との関税交渉で、米国に輸入される自動車に25%の追加関税を課すなかで、英国に対しては年間10万台までは関税を10%に引き下げると発表しました。さらに鉄鋼・アルミニウム製品への関税は、0%に引き下げられることになったのです。

 しかし、日本にはこのような対応をすることはないでしょう。なぜならば、米国にとって日本は700億ドル規模の貿易赤字国だからです。トランプ大統領は、現在TACO(Trump Always Chickens Out:トランプは常に最後はビビッて降りる)とまで揶揄(やゆ)されており、その点でも簡単な妥協はしないでしょう。現在、日本から輸入する自動車、鉄鋼・アルミニウム製品に25%の追加関税を適用しており、さらにその関税を50%に引き上げると表明しました。おそらく、関税を引き下げることは簡単にはせず、関税を引き下げる場合には、最終的には巨額の投資や為替によって調整するのではないかと思います。

 米国景気がこのまま後退局面に突入していくかは、今のところはまだ見極めが難しい段階です。今回指摘した「実質GDP」「消費者信頼感指数」「個人消費」のほか、雇用やインフレ率の動向を引き続き注視することがポイントです。

構成/森脇早絵

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