経済データを見れば、日本と世界の今が分かり、未来が読める。40年間、毎日経済データをチェックしているベテランの経営コンサルタント、小宮一慶さんが、最新の数字をもとに、今何が起きているのか、これから何が起きるのか、解説します。第1回後編は、日本経済の現状と先行きについて。小宮さんの著書、日経文庫『コンサルタントが毎日見ている経済データ30』の内容も踏まえながら説明します。
急速に悪化しつつある「街角景気」
トランプ米大統領による関税政策に注目が集まっていますが、私はそれと同時に、日本経済の先行きを懸念しています。というのは、今、国内景気が陰りつつあるからです。物価の高騰や実質賃金の減少など、消費者心理が冷え込む状況が続いていますが、景気後退になりうる要因はそれだけではありません。
今、日本経済はどのように推移し、どのような懸念材料を抱えているのでしょうか。今回は、私が今注目している指標をもとに、国内景気の現状と先行きを分析します。
日本の「実質国内総生産(実質GDP)」の年率換算値を振り返ると、上がったり下がったりといった状況が続いていました。2024年1~3月期はマイナス1.3%、4~6月期は3.9%、7~9月期は0.9%、10~12月期は2.2%、そして直近の数字である2025年1~3月期はマイナス0.2%(2次速報値)でした。
実質GDPはまだ足踏み状態といったところですが、私が懸念しているのは「街角景気(景気ウォッチャー調査)」の動きです。これは文字通り景気の動向を示す指標の1つで、迅速かつ的確に把握するために、内閣府が月に1度、各地の景気の動きに敏感な人たちに調査した結果をまとめたものです。例えば、タクシー運転手、ホテルのフロント係、小売店の店員、中小企業の経営者、ハローワークの職員など、経済の最前線にいるさまざまな職業の人に景況感について質問します。
なお、この指標は50を超えていれば「景気は良くなっている」と答えた人が多く、50を切っていれば「景気は悪くなっている」と答えた人が多いと見ます。
街角景気の「景気の現状判断DI」を振り返ると、2024年に入ってからは総じて50を切っていました。経済の最前線にいる人たちは、あまり景気は良くないと感じていたということです。さらに2025年に入ると、1月48.6、2月45.6、3月45.1、4月は42.6まで落ち込んでいます。5月には44.4まで持ち直しましたが、それでも低い状態が続いています。
なぜ、ここまで悪化しているのでしょうか。その理由は、実質賃金の減少です。「現金給与総額」の推移を見てください。「現金給与総額」と聞くと、あたかも日本中の給与の総額のように感じられるかもしれませんが、この数字は1人当たりの給与の総額を示していることに注意してください。
現金給与総額は、2022年1月以降、ずっとプラスの数字が続いています。つまり、給与は上がり続けているのです。ただ、これは名目値(実額)の数字ですから、物価変動の影響を考慮されていません。
ここから物価変動を加味した実質値を求めるためには、インフレ率(「消費者物価指数」、生鮮除く総合、前年比)の数字を考慮します(正確には、給与とインフレ率を比べる際には、消費者物価指数のなかでもどの指標を使うべきか諸説あるのですが、私はこちらの指標を採用しています)。
消費者物価指数は、2024年は2%台で推移していましたが、2025年に入ってからは、1月は前年比プラス3.2%、2月3.0%、3月3.2%、4月は3.5%まで上昇しています。ちなみに米国の2025年4月のインフレ率は2.3%ですから、日本は米国よりもずっと高い水準だといえるのです。
話を戻して、最近の現金給与総額の推移を見ると、2025年1月は前年同月比プラス1.8%、2月は2.7%、3月は2.3%となっています。なお、2024年12月は4.4%と大きく伸びていますが、これは賞与の影響です。毎年、賞与が支払われる6、7月と11、12月は伸びやすくなることに注意してください。
そして、賃上げが期待された4月は2.3%の上昇でした。先にも述べたように物価上昇は3.5%でした。つまり、給与の伸びがインフレ率に追い付いていないわけですから、実質賃金は目減りしていると言えるのです。
実質賃金が減っているわけですから、当然、家計の支出も落ち込みます。家計の支出を示す「消費支出2人以上世帯(前年比)」を見ると、2023年から大半の月でマイナスになっていることが分かります。
前回、米国経済の解説の中で、米国のGDPのうち約70%を支えているのは「個人消費」であると述べました。同様に日本の場合は、GDPのうち約55%を「家計支出」が支えています(米国の場合は「個人消費」、日本では「家計支出」と呼ぶことが多いのですが、内容は同じです)。当然のことながら、家計支出が落ち込めば、実質GDPにも大きく影響すると言えます。
日本のGDPはインバウンド消費によって底上げ
では、日本のGDPは落ち込んでいるのでしょうか。実のところ、先にも述べたように、昨年はおおむねプラス成長が続いていたのです。GDPの55%強を支える家計の支出は長い間減少傾向なのに、なぜ、実質GDPは伸びているのでしょうか。
答えは、外国人観光客による「インバウンド消費」です。2024年の名目GDP約600兆円のうち、約8兆円がインバウンド消費によるものといわれています。
「家計の支出が減少しても、インバウンド消費によってプラス成長を続けているなら問題ないのではないか」と思う人もいるかもしれません。もちろん、このままインバウンド消費が伸び続ければいいのかもしれませんが、今後、そこが伸び悩むのではないかと私は懸念しているのです。
インバウンド消費に大きく関わる「全国百貨店売上高」の推移を見ていきます。これは百貨店業界の動向を示す指標で、日本百貨店協会が全国各地のデパートの売上高を集計し、毎月発表しています。
全国百貨店売上高は、かつては消費動向を示す代表的な指標とみなされていました。しかし最近では、量販店やディスカウントストア、ネットショップなどの増加によって、百貨店の売り上げは減少傾向にあり、消費全般というよりは「ぜいたく品」の売れ行きを示す指標とされています。また、外国人観光客は、円安などの要因から日本で高額品をたくさん買いますから、外国人観光客が増えるほど百貨店売上高も伸びる傾向にあるのです。
2024年の全国百貨店売上高は総じて大幅に伸びています。新型コロナウイルス禍明けの影響に円安による外国人観光客の増加が重なり、百貨店の売り上げは好調だったのです。ところが2025年に入ると、1月は前年比5.2%、2月マイナス1.5%、3月マイナス2.8%、そして4月はマイナス4.5%と3カ月連続で減少しています。外国人観光客の人数自体は減っているわけではありませんが、外国人観光客による高額品の消費は落ち着いてきたと言えます。
このように、家計の支出が減少傾向にあるだけではなく、“頼みの綱”であったインバウンド消費の伸びも止まりつつあることを考えると、今後、日本は景気後退局面に突入する可能性があると考えられるのです。
今年の春闘で、大企業の賃上げ率は5%を超えたと報じられました。しかし、労働者の約7割は中小企業で働いていますから、中小企業の賃上げでどれだけ上昇したのかが重要です。2025年4月の現金給与総額の伸びは先に2.3%と説明しましたが、これが今後どのぐらい伸びるのか。また、インフレ率を加味した実質賃金がどれだけ上がるのか。あるいは下がるのか。ここが、今後の国内景気の動向を決めると考えていいと思います。
もう少し長いタームでは、トランプ関税の影響も表れてくるでしょう。日本経済新聞が東証プライム市場上場の3月期企業約1000社の業績予想を集計したところ、2026年3月期の純利益合計は前期比マイナス7%となる見込みだと報じられました(日経電子版2025年5月22日)。そうなると、来年度の賃上げは今年度ほど簡単にはいかない可能性があります。その点からも、国内景気の先行きが陰る可能性が高まると言えます。引き続き、今回取り上げた指標の動向に注目です。
構成/森脇早絵
GDP、失業率、旅行取扱状況、粗鋼生産高、日経平均株価など経済データを関連づけて見れば、日本と世界の動きがつかめます。40年間ウオッチし続けてきた人気コンサルタントが、国内外のニュースを紹介しながら、実際の経済・社会の動きと連動した生きた指標の読み方を解説。
小宮一慶著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)





