近年、エネルギーや食品などをはじめとする物価の高騰が生活に大きな影響を及ぼしています。物価上昇はいつまで続くのでしょうか。40年間、毎日経済データをチェックしているベテランの経営コンサルタント、小宮一慶さんが、最新の経済データをもとに解説する連載第2回。小宮さんの著書、日経文庫『コンサルタントが毎日見ている経済データ30』の内容も踏まえながら説明します。
日本のインフレ率は欧米よりも高い
2025年に入ってからも値上げに関するニュースはとどまるところを知らず、この動きはいつまで続くのかと辟易(へきえき)する方も多いのではないでしょうか。今回は、終わりの見えない物価上昇がいつまで続くのか、先行きを見極めるための注目点について解説します。
そもそも、なぜ物価高が続いているのでしょうか。これまでの物価の推移を振り返ってみます。日本はバブル崩壊後である1990年代半ば以降、およそ30年間にわたってデフレに苦しめられてきましたが、2022年の春先からインフレに転じました。
一般的に「インフレ率」を指す「消費者物価指数(生鮮除く総合)」は、2021年までは前年比マイナスからゼロ%台の水準が続いていましたが、2022年4月に前年比2.1%まで上昇し、12月には4.0%まで上がりました。
インフレ率が急に上昇した理由はいくつかあります。まず、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵略の影響です。ロシアは世界有数の原油やLNG(液化天然ガス)の産出国であるだけでなく、ロシアとウクライナの両国は小麦の主要生産国ですから、このウクライナ危機によってエネルギーや食料などの価格が上昇したのです。
さらに2022年は、米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)が急速なインフレを抑えるべく年央から政策金利を大幅に引き上げました。その結果、日米金利差が拡大して2022年初には110円台だったドル-円相場が年央には130円台、後半には140円台と急速に円安が進んだことも、物価上昇に拍車をかけました。
それらに加え、2022年後半に日本政府は「ウィズコロナ」の方針を打ち出し、感染拡大防止と経済活動の両立を図る方向に舵(かじ)を切りました。それによって経済活動がある程度回復し、人手不足の加速が重なったこともインフレの一因となりました。
インフレ率は2024年には2%台まで落ちましたが、2025年に入ると1月3.2%、2月3.0%、3月3.2%、4月3.5%、そして5月は3.7%まで上昇しています。2022年に始まった日本のインフレは、依然として収束の気配が見えません。
なぜ、物価高が3年も続いているのでしょうか。その要因の1つに、日本の金融政策の遅れが挙げられます。主要国の物価の動きに目を向けると、世界的にコロナ禍が明け始めた2022年、米国ではインフレ率が同年6月に前年比9.1%まで上昇しました。FRBはインフレ抑制のために急速に政策金利を引き上げ、インフレ率は2023年6月に3.0%まで下落。その後もゆっくりと低下していき、2025年5月は2.4%に落ち着いています。
欧州もほぼ同じ動きを見せていました。ユーロ圏のインフレ率は2022年10月に前年比10.6%まで上昇しましたが、欧州中央銀行(ECB)が同年7月に利上げを開始したことで、物価は徐々に落ち着いていきました。2025年5月は1.9%となっています。
つまり、現在、日本のインフレ率は欧米よりも高い水準で推移しているのです。欧米各国は2022年の段階で利上げを実施してインフレを抑えましたが、日本はようやく2024年3月にマイナス金利政策を解除しました。そして2025年1月、政策金利である「コール翌日物金利」の誘導目標を0.50%まで引き上げたのです。利上げ幅という点でも、米国が2023年に5%台、欧州も同年に4%台まで引き上げたことと比べると、かなり遅いペースです。
以上のことを考えると、日本の金融政策は欧米主要国と比較すると“周回遅れ”と言わざるを得ません。
物価上昇が落ち着く気配はない
では、このインフレはいつまで続くのでしょうか。物価の状況をもう少し詳しく読み解くために、さらに3つの指標を分析します。
1つ目は、「国内企業物価指数」。これは国内の企業間で取引されているモノの価格水準を示す指標です。この「モノ」という部分がポイントで、国内企業物価指数は主に製品の価格を表していますが、消費者物価指数はサービスの比重が高いのが特徴です。
2つ目は、「輸入物価指数」です。さまざまな種類の輸入品の平均価格を、国内に入ってくる水際段階で調査し、その水準を基準年(現在は2020年)と比べて指数化した数字です。なお、この対象となるのはモノだけで、サービスは含まれません。
これら物価に関する指標は、同じトレンドになる傾向がありますが、振れ幅には差があることに注意してください。一般的には、もっとも振れ幅が大きいのは輸入物価指数、その次は国内企業物価指数、最後に消費者物価指数となります。輸入物価指数は、資源価格や為替相場の影響をダイレクトに受けるので、もっとも変動幅が大きくなる傾向があります。その変動幅を、企業がある程度努力することで吸収し、消費者物価に価格転嫁します。
以上の関係を踏まえたうえで、最近の動向を振り返ります。国内企業物価指数は2024年の春先までは前年比1%を下回る水準でしたが、徐々に上昇していき、2025年はほとんど4%台で推移しています。この点はもちろんインフレ率を押し上げる要因になります。
一方で輸入物価指数は、2025年2月は前年比マイナス1.1%、3月マイナス2.4%、4月マイナス7.3%、5月マイナス10.3%と低下し続けています。この理由は、1つは1年前と比べたときのドル-円レートの水準です。2024年5月では、月の平均レートが156.13円でしたが、6月30日現在は145円程度です。さらには、原油価格の下落です。ドバイ原油価格は、2024年前半は1バレル=80ドル台で推移していましたが、以降、徐々に下落していき、2025年5月は63.01ドルまで落ちたのです。
これらはインフレ率を下げる要因になりますが、イランとイスラエルの対⽴が激化したことで⾵向きが変わりつつあります。2025年6⽉23⽇に1バレル=78ドル前後まで上昇後、6月30日現在は60ドル台後半で推移しています。現時点では円相場があまり動いていないことを考えると、原油価格が再度上昇することがあれば、輸⼊物価を押し上げ、さらには国内企業物価、消費者物価にも影響していく可能性があります。
また、「企業向けサービス価格指数」も上昇し続けています。これは金融、運輸、通信、不動産、広告、コンサルティングなどの第3次産業が企業向けに提供するサービスの価格水準を、基準年(現在は2020年)と比べて数値化した数字です。2025年はずっと前年比3%台が続いており、人手不足から人件費が上昇し続けていることが読み取れます。
以上の点から、現状では物価を押し上げる要因が多く、物価上昇はしばらく続くことが予想されます。
物価上昇のペースは? 見極めの3つの注目点
物価上昇のトレンドはある程度中長期的に続くと思われますが、この先の動きを見極めるためのポイントがいくつかあり、物価上昇と下落の両方の要因が考えられます。
1つは、日本と米国の金融政策です。今のところ、日銀は利上げを、FRBは利下げをする可能性が高いので、この先に経済的なショックなどが起こらなければ日米の金利差が縮まっていき、円高ドル安が進むと考えられます。すると輸入物価の上昇が抑えられますから、その分消費者物価の上昇が抑えられる可能性があります。
先にも触れたように、今、米国のインフレ率は2%台前半と落ち着いているので、FRBは今年中に0.25%の利下げを2度は実施するのではないかと私は考えています。ただ、FRBはトランプ大統領から強い利下げ圧力を受けているものの、関税政策がこれからどのぐらい米国のインフレ率などに影響を及ぼすかを慎重に見極めています。
2つ目は、日米の関税交渉です。現在、米国は日本から輸入する自動車、鉄鋼・アルミニウム製品に25%の追加関税を適用しており、鉄鋼などに関してはさらにその関税が50%に引き上げられています。特に日本にとっての最大の懸念材料は自動車です。石破茂首相は6月17日にトランプ大統領と会談しましたが、関税協議について合意には至りませんでした。
前回 「トランプ関税の影響は? 陰りが見える米国景気の先行き」 でも述べましたが、米国にとって日本は700億ドル規模の貿易赤字国ですから、関税を簡単に引き下げることはしないでしょう。引き下げるとするならば、巨額投資や為替によって調整すると考えられます。この場合、10円から15円程度の円高に振れる可能性があると私は見ています。円高に振れれば、その分、輸入物価の抑制につながる可能性があります。
3つ目は、イランとイスラエルの戦争の行方と原油価格です。6月22日、米国がイランの核施設を攻撃したことで、緊張が非常に高まっています。このまま中東情勢の緊張状態が続けば、原油価格がさらに上昇していく可能性があります。ホルムズ海峡が封鎖されるようなことになればなおさらです。停戦合意という情報もありますが、今後の見極めが必要です。
異常気象も物価上昇に影響を及ぼす可能性があります。6月は平年よりも暑い状態が続きましたが、生鮮品などにすでに影響が出始めています。
以上のことから、物価はしばらくの間、上昇傾向が続くと思われます。ただ、今回指摘した3つの注目点の動き方によっては上昇ペースが変わる可能性があるので、引き続き物価に関連する指標や中東情勢、米国の動向には注意し続けることが肝要です。
構成/森脇早絵
GDP、失業率、旅行取扱状況、粗鋼生産高、日経平均株価など経済データを関連づけて見れば、日本と世界の動きがつかめます。40年間ウオッチし続けてきた人気コンサルタントが、国内外のニュースを紹介しながら、実際の経済・社会の動きと連動した生きた指標の読み方を解説。
小宮一慶著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)



