日経クロストレンドの新刊『 コンペ荒らしが実践する生成AI「超」企画術 “問いの技術”で勝ち筋を導く7つの創造ステップ 』は、広告代理店、インターネットメディア、コンサルティングファームにおける著者の経験から、企画という仕事の一連のプロセスに、生成AIをどのように組み込むかを解説。企画の現場ですぐに使えるプロンプトも豊富に紹介しています。本書籍から第2章「アイデアを磨く──企画をとがらせる『仮説破壊』」を抜粋・再編集してお届けします。その第2回。[日経クロストレンド 2026年6月16日付の記事を転載]
「ユーザー視点で考えました」の嘘
多くの企画者が口にする言葉があります。
「ユーザー視点で考えました」
しかし実際には、自分の感覚をユーザー視点に言い換えているだけ、ということも少なくありません。このパートは、生成AIを使って擬似ユーザーを立ち上げる方法を扱います。
ただし、ペルソナをそれらしくつくることが目的ではありません。仮説が本当に生活者の感覚に触れているかを検証するための道具として使います。
なぜユーザー視点は曖昧になるのか
企画書にはよく「ターゲットは30代共働き女性」などと書かれます。しかし、それはまだラベルにすぎません。30代共働き女性といっても、子どもの有無、職種、帰宅時間、価値観、美容への関心度によって生活はまったく異なります。
抽象的なターゲット設定のままでは、企画は机上で完結します。生活の中でどう機能するのかが見えないまま、構造だけが整っていきます。その結果、「実際に使っている人が浮かばない」案になります。
そこで必要になるのが、擬似ユーザーの設定です。ただし目的はリアルなペルソナ資料をつくることではありません。仮説をぶつける相手を明確にすることです。
生成AIで擬似ユーザーを立ち上げる
まずは具体的な人物像を立ち上げます。
「30代共働き女性で、美容には関心があるが、忙しくて継続できない人物像を具体的に設定してください」
きっとAIは、職業、家族構成、平日のスケジュール、休日の過ごし方、自己評価、美容に対する本音などを描写します。ここで重要なのは、正確さではありません。具体性です。抽象的な「30 代女性」ではなく、「ある1人」に変えることが目的です。
私たちは「ターゲット」という言葉を使った瞬間に、使い手の顔が見えない抽象論に陥りがちです。しかし、すべての企画は、それに触れ、行動する実在の人間がいるわけです。
朝何時に起きるのか、帰宅は何時か、子どもは何歳か、鏡を見るのはどのタイミングか。具体的な生活の流れの中でしか、企画は検証できません。
AIで人物像をシミュレーションすると、企画に対する問いの質が変わります。
「この人は本当に使い続けるだろうか」「この価格を払うだろうか」「この説明で納得するだろうか」「そもそも今の生活動線に入り込む余地はあるのか」と、思考が具体化します。机上のロジックではなく、生活のシミュレーションが始まります。
ここで重要なのは、AIが描いた人物を正しいと信じ過ぎないこと。擬似ユーザーは事実ではなく、仮説の実験装置です。リアルな人物像をつくることが目的ではありません。仮説をぶつけたときに企画が確からしいかを見ることが目的です。
さらに踏み込むなら、擬似ユーザーに反応させるところまで行います。
「この人物がこの企画を初めて見たとき、最初に口にしそうな一言は何ですか」
この問いを投げると、AIはちゅうちょや期待や不安を含んだ言葉を返してくるでしょう。
その一言が、企画の急所を示すことがあります。また、もう一段深めるなら、時間軸を動かします。
「この人物が3カ月後にこの商品を使わなくなっているとしたら、何が起きていた可能性がありますか」
ここで見えてくるのは、継続設計の甘さです。購入時の説得はできていても、習慣化の設計が弱い場合、そのズレが浮き彫りになります。
擬似ユーザーは、共感を得るための装置ではありません。企画者の自己満足を壊すための装置です。自分では「良い」と思っていた案が、生活の文脈では不自然に見える瞬間があります。その違和感こそが、磨きの起点になります。
擬似ユーザーに問いをぶつける
人物像ができたら、次は対話です。立ち上げた擬似ユーザーに、遠慮なく企画をぶつけます。
「上記の人物が、次の企画案を見たときに感じる違和感や不安を挙げてください」
この問いに対してAIは、価格へのちゅうちょ、時間確保への不安、効果への半信半疑など、企画案に応じてネガティブな反応を提示します。ここで得られるのは、企画者が見たくなかった反応です。
重要なのは、肯定的な意見よりも、違和感や拒否感に注目することです。企画者は、自分の案を前向きに評価しがちです。自分で考え、自分で選び抜いた案だからこそ、長所を強調し、短所を補足説明で乗り越えようとします。しかし生活者は、常に前向きではありません。
皆さん自身、生活者として何かを買ったり、使ったりしたとき、企画者の意図を忖度するでしょうか。そんなことはありません。むしろ、「これ面倒だな」「高いな」「続かなそうだな」と、瞬時に判断します。生活者は、企画者が思っている以上にシビアです。
生成AIによる擬似ユーザーは、そのギャップを可視化します。自分の頭の中では合理的だったロジックが、生活の文脈に置かれた瞬間に揺らぐことがあります。その揺らぎこそが、磨きの入り口です。
私も含め、企画者は往々にして、自分の案を前向きに評価しがちです。擬似ユーザーとの対話は、共感を得るための演出ではありません。自己満足を壊すための実験です。生活の中でどう見えるかを何度もシミュレーションすることで、企画は机上の正しさから、現実に耐えうる設計へと変わります。
言語化されていない本音に踏み込む
最も重視したいのは、生活者の本音です。ただし本音とは、アンケートにそのまま書かれている言葉ではありません。多くの場合、生活者自身も自分の感情を十分に言語化できていません。そこで、もう一段深く掘ります。
「この人物が言語化できていないが、心の奥で感じている不満や葛藤を推測してください」
AIは、自己肯定感の揺らぎ、他人との比較疲れ、完璧主義による挫折感などを提示するかもしれません。ここで得られるのは、表面的な不満の奥にある感情構造です。
例えば「忙しくて続かない」という発言の奥に、「自分のことを後回しにしている自責感」があるかもしれません。「効果が不安」という言葉の裏に、「また失敗したくない」という恐れがあるかもしれません。
こうした感情は、生活者自身が明確に言葉にしているとは限りません。しかし行動には強く影響しています。
擬似ユーザーは増やし過ぎない
生成AIを使えば、いくらでもペルソナを増やせます。しかし人数を増やすほど、焦点はぼやけます。本章の段階では、ぶつける相手は1人か2人で十分です。
重要なのは代表性ではなく、リアリティーです。その人物に本当に刺さるのか。その人物に強く拒否されるのか。仮説を揺さぶる力のある人物像であることが重要です。
繰り返しになりますが、ここで冷静に押さえておきたいことがあります。
生成AIがつくる人物像は、データの集合から推測されたモデルです。本物の生活者ではありません。そのため、実地調査の代替にはならないし、数値的根拠にはならない。意思決定の唯一の材料でもないという前提を忘れてはいけません。あくまで擬似ユーザーは、思考装置です。
擬似ユーザーがもたらす効果
それでも、この手法には大きな価値があります。抽象的だったターゲットが、具体的な相手に変わる。その瞬間、問いの解像度が上がります。
「この人は、本当にお金を払うだろうか」
「この説明で、納得するだろうか」
「3カ月後も使い続けているだろうか」
こうした問いが自然に出てくるようになります。
ユーザー視点とは、共感することではありません。疑うことです。

清水覚(著)/日経BP/2200円(税込み)

