「ユニクロ」などを運営するファーストリテイリングを創業した柳井正氏は、経営者が実践することのひとつとして「目標を高く持つこと」を挙げています。柳井氏が社内で経営者を育てるために書いた『 経営者になるためのノート 』(PHP研究所)を、コーン・フェリー・ジャパン前会長の高野研一さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

10%や20%アップではなぜダメなのか

 柳井氏は、経営者が実践しなくてはならないことのひとつ目として、「目標を高く持つ」ことを挙げています。実際、ファーストリテイリングの売上高がまだ80億円程度のときに、柳井氏はGAPを超えて、世界一のアパレル製造小売業になることを大目標に掲げました。

 そして、売上高が100億円のときは300億円を目指し、300億円のときは1000億円を、1000億円のときは3000億円を、3000億円のときは1兆円をといった感じで、常に目標を高く引き上げていきました。

 なぜ売上高1000億円のときに、10%アップや20%アップの目標ではいけないのでしょうか。ここであなたにもその答えについて考えてもらいましょう。

柳井氏は売上高1000億円のときに、1200億円ではなく、3000億円を目標に掲げました。なぜ高い目標を設定することが経営者にとって重要なのでしょうか?

 10%や20%アップでいいと考えたとしたら、そこから出てくるアイデアは1000億円企業の域を超えられなくなってしまうからです。3倍の3000億円に目標を設定した途端、はじめて従来の延長線上からの発想の転換が必要であることに気づきます。その結果、頭に湧き上がってくるアイデア自体が変わっていくのです。

 3000億円の売上高となると、全国的に認知されるブランドになっている必要があります。そのためには、原宿のような目立つところに旗艦店を構えている必要があるでしょう。また、輸入商品に依存するのでなく、自社商品を中心に品ぞろえが行われていることでしょう。3000億円となると、いくつも売れ筋商品をつくって回転させる必要がありますが、輸入では思うように品数を確保できないからです。その際、品質にうるさい日本人が相手ですから、中国の協力工場のレベルを世界最高基準にまで引き上げなければならないでしょう。

 こうしたイマジネーションが次々と湧き上がってくるようでなければ、3000億円企業にはなれません。つまり、新しいビジョンを持つためには、自分自身の目線を大きく引き上げる必要があるということです。

高い目標を設定することでアイデア自体が変わっていく(写真/Shutterstock)
高い目標を設定することでアイデア自体が変わっていく(写真/Shutterstock)
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選択肢をつくるために

 この、高い目標を掲げることでイマジネーションを広げるという発想法は、実は人間の脳のメカニズムとも合致しています。人間の脳の活動のうち、われわれが自分で意識できる部分は2割もなく、8割以上の脳の活動は、われわれが意識できない無意識の世界で行われていることが分かってきています。そして、この無意識の世界が、われわれのイマジネーションと深く関連しているのです。

 この無意識の世界は、われわれの頭の中に思い浮かぶ選択肢や着眼点をつくる働きをしているといわれます。例えば、2人の課長が上司の部長から企画書の作成を宿題として与えられたとしましょう。A課長は、その瞬間、「いつやろうか」「何から手をつけようか」といった切り口の選択肢が意識の世界に浮かび上がってきます。これに対して、B課長は、「この企画書を誰に任せようか」「その人のモチベーションをどうやって引き出そうか」という角度の選択肢が頭の中に湧き上がってきます。

 これを見ると、A課長が自分で企画書を片付けようとしているのに対して、B課長は部下に任せようとしていることが分かります。よくA課長のような人に、「君ももう課長なんだから、全部自分で抱え込まずに、もっと仕事を部下に任せないといけないよ」といったことが言われます。その場ではA課長も、「確かにそうですね。これからは部下を信頼して任せることにします」と誓うのですが、その後も行動は一向に変わらないということがよくあります。それはなぜでしょうか。

 それは、A課長の頭の中に、「誰に任せようか」という選択肢が浮かび上がってこないからです。選択肢が思い浮かばないことには、選択することすらできません。このため、A課長のような人が行動パターンを変えるためには、意識の世界で決心をしてもあまり意味はなく、むしろ無意識の世界の行動パターンを変える必要があるということになります。

 ところで、この無意識の世界は、グーグルの検索エンジンのような働きを持っていて、自分が経験したことにタグをつけて記憶しておく機能があります。そして、外から刺激を受けたときに、無意識のうちにそれと関連したタグを持った過去の記憶を検索し、そこに引っかかってきた記憶を組み合わせて、選択肢や着眼点をつくっているといわれます。

 A課長のような人は、過去に自分ひとりで仕事を仕上げて褒められた経験が多いということを意味します。逆にB課長の場合は、部下と一緒に仕事を仕上げて達成感を共有した経験が多いことを意味しているのです。

「石のかけら」と「木の棒」をつなぐもの

 新しい選択肢が意識の世界に湧き上がってくるようにするためには、無意識の世界の検索パターンを変えることが求められることになります。そこで、「目標を高く持つ」ことが意味を持つのです。従来の選択肢では解決できない課題を自らに与えることで、無意識の世界が活性化し、新たな解を求めて様々な検索パターンを試すようになるからです。

 われわれ自身はその過程を意識することはできません。しかし、答えがない状態に置かれることで、漠とした不安を感じるようになります。この漠とした不安こそが、無意識の世界が様々な検索パターンを試している状態を意味します。私が柳井氏の「目標を高く持つ」という発想法に関心を持つのは、それが無意識の世界の働きを揺るがす訓練法になっているからです。

 柳井氏はフリースが100万枚売れたことに満足せず、600万枚、1200万枚と目標を次々と引き上げていきました。その結果、ついに2600万枚まで到達したのです。日本人の5人に1人に当たる規模です。これが高い目標を設定することがもたらす効果といえるでしょう。

 もちろん、目標を高く持つことで湧き上がってくる選択肢は、いずれも難易度が高いものばかりになるでしょう。しかし、柳井氏はそれに挑戦するところから、イノベーションが生まれると言います。

 イノベーションとは、一見関係のない概念が同時に検索に引っかかり、まったく新しい概念に発展していく現象をいいます。イノベーションは人間だけが起こしますが、その理由も、脳の構造と関連しています。人間の脳は動物に比べて圧倒的に脳細胞の数が多いため、経験したことにつけておけるタグの数が多くなります。その結果、検索したときに一見関係のない概念が複数引っかかってくることがあります。人間がダジャレを言ったり、比喩を使ったりするのはここに原因があります。

 ところが、この機能がイノベーションとも関連しているのです。その昔、石のかけらと木の棒を見て、「ヤリ」という新しい概念を発明した人類がいました。無意識の世界の検索活動に偶然「石のかけら」と「木の棒」が引っかかり、そこから新しい概念を思いついたのです。

 高い目標を掲げ、新しい環境に対峙することは、こうしたイノベーションをも触発する効果があるのです。ファーストリテイリングが高い目標に挑戦してきたことと、ヒートテックのようなイノベーションを起こしたことは、決して無関係ではないのです。

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