目的達成のために最適な空間デザインをどう考えるか――。書籍『 結果を出す空間デザイン マーケティング理論や心理学が握る成功の秘訣 』では、「集客」や「長期利用」といった目的を果たすために、空間デザインに「マーケティング」の手法を取り入れて結果を出した実例を中心に紹介しています。本特集では書籍から抜粋し、筆者が手掛けたドローンスクール運営会社・ハミングバードにおける店舗の空間デザインの事例を示します。第5回では限られた予算で利用者の印象に残る空間デザインを実現した手法を解説します。
具体的な数字でDesire(欲求)を高める
当たり前ですが、空間をつくるだけで商品への対価を払ってくれる顧客を獲得できるわけではありません。次に必要になるのは、ラウンジやショップに入ってくれた人のDesire(欲求)を高めて、ドローンスクールに入ってもらうための仕掛けです。ここで考えたのが「ショールーム」です。といっても、40型のモニターを目立つところに何台か設置しただけの簡素なものです。
ドローンの技術は日々進歩しています。今後も多様な業態での利用が見込まれます。しかし、日本ではプライバシーの侵害など、いろいろな理由でドローンに関する規制がたくさん出来ています。結果として国内での普及が遅れ、ドローン先進国と比べると、操縦者の数も見劣りしています。
一方、建設産業などでは人手不足が大きな課題となっており、災害復旧での調査やインフラ点検をはじめ、ドローン活用の需要は確実に高まっています。他にも、過疎地への輸送手段として実証試験が進むなど、高い期待が寄せられています。操縦者の数はまだまだ足りません。
そこで、「ショールーム」のモニターで、こうした資格取得によるキャリアアップやビジネスチャンスの可能性をPRしました。これが顧客に欲求を高めてもらうツールです。このPRでは具体的な数字を示すことが大切です。例えば、「2027年度には約7900億円市場」「2021年度と比較すると約3倍以上」、といった具合です。定量化した数字があるかないかで利用者の購買意欲が全く違ってくるからです。
鈴木さんは趣味でトイドローンを使っています。買い物目的でコンコースを歩いていたら、トイドローンのショップを発見します。そこで前述のような情報を得るのです。これがきっかけで転職を真剣に考え始めるかもしれません。
とはいえ、ショールームを見に来た顧客や、たまたまウェブサイトを見た顧客が、いきなりドローンスクールに入会するようなケースはまずありません。お金だけでなく時間も必要な投資なので、自分にとって本当に必要なのか否かを検討したり、他のスクールなどと比較したりしてから入会するのが普通です。
ここで大切になるのが、時間がたっても覚えているMemory(記憶)です。これこそが入会に至る最後のひと押しになります。覚えてもらう仕掛けとして、空間に特徴を持たせなければなりません。
限られた予算で「映える」空間をMemory(記憶)の中に
ハミングバードもドローンスクールお台場をオープンする前は、1つのスクールを運営するだけでした。資金を集めていたとはいえ、当時、工事費として投じることができた予算は2000万円程度。面積が約300平方メートルとそれなりに大きく、床、壁だけでなく造作什器(じゅうき)や家具もそろえるとなれば、低コストに抑えなければなりません。タイルなどコストが高くなる材料は使わず、壁紙や塗装、グラフィックシート、カッティングシートを中心とした内装設計にする必要がありました。
「かっこよくて、おしゃれなデザイン」。こうした抽象的な目標でデザインするだけでは、記憶の定着にはつながりません。利用者が見たときに他と差別化でき、ドローンスクールお台場を覚えやすくするロジックをつくる必要があります。限られた予算で何をすべきか。私が検討したデザインの方向性は大別して以下の3つです。
(1)「多店舗展開を意識したブランディング」
アクセント色+補色などのカラーデザインによって、ブランド意識を高めやすくなります。ハミングバードのコーポレートカラーである青と黒を、壁や床、天井などの仕上げや家具什器などに用いて、ロゴやコーポレートアイデンティティー(CI)と類似した空間カラーデザインとし、記憶に残りやすくしました。多店舗展開した際に、店舗同士の類似性をつくりやすくすることも考えてドローンスクールお台場の店舗をデザインしています。
さらに、グラフィックデザインを壁に多用しました。建築の仕上げ材などは発売から時間が経過すると、廃盤によって同じデザインの素材がなくなるケースが多くあります。グラフィックデザインを壁のデザインに取り込めば、仕上げ材の品切れに伴う店舗間のデザイン差が生じにくくなります。長期的にブランドイメージを維持したり醸成したりしやすくなるのです。現在のFC化での多店舗展開では、この戦略が功を奏しています。
(2)「ターゲットを意識したブランディング」
ペルソナである鈴木さんの再登場です。ターゲットが明確になると、デザインの方向性も定まりやすくなります。鈴木さんはドローンに興味があるライトユーザーでSFのファンです。
そこで、SFファンが受け入れやすくなるような、黒を基調としたクールなデザインとしました。加えて、ショップやラウンジ空間では、ドローンの設計図や巨大な文字をベースとしたグラフィックデザインの壁をつくりました。ドローンの要素を建築に組み込むことで、空間を思い出すとドローンも思い出す。そんな記憶に残りやすい仕掛けを生み出したのです。
またSFの特徴は疑似体験にあると考えました。空間を疑似体験することで、SFファンやドローン好きの受けが良くなります。具体的にはドローンを飛ばすコートに、空の上から見える風景を採用しました。空から見える海や雲の模様を床に、周囲に見える空や雲を壁に入れました。ここでは自分が空に浮かんでいるような錯覚に陥ります。一般的なドローンスクールのコートは単色仕上げです。そんな空間とは異なり、ドローンスクールお台場はテーマパークのような空間に見えるでしょう。
(3)「エンタメ感を意識したブランディング」
周囲には物販店舗などの商業施設があります。物販店舗は他の店に負けないようなデザインや商品展示を駆使しています。そんな中で単純に目立つデザインを指向すると、予算がいくらあっても足りません。
ドローンが飛んでいるという強みを生かしたデザインで勝負すべきです。商業施設の中で唯一無二の空間を目指しました。アミューズメント施設のような「エンタメ感」、アパレルショップのような「非スクール感」、そうした点も意識しつつ、ローコストの内装で施設の特徴を記憶してもらう。そして、他のスクールとの比較にも打ち勝って入会というAction(行動)へとつなげる戦略を選びました。
初期の店舗戦略の精度∝多店舗展開の成功
(書籍『結果を出す空間デザイン マーケティング理論や心理学が握る成功の秘訣』を基に再構成)
[日経クロステック 2026年5月22日付の記事を転載・改題]
萩原浩(著)/日経BP/2640円(税込み)

