心を落ち着かせる色、集中力を高める色、ネガティブな感情を引き出す色、食欲を増進させる色――色は人々の行動にどのような影響を及ぼすのか? 科学的な実証研究の成果が、医療・健康領域から製品開発、趣味まで、私たちの生活の場にさまざまに取り入れられている。色の不思議と色彩が変える社会の最前線を、最新科学に基づき解説した『 手術をする外科医はなぜ白衣を着ないのか? 色の不思議を科学する 』から抜粋・再構成して、お届けする。
黒い色のものは重く感じる
身のまわりにある重くて黒いものといったら、鉄の塊、岩などがすぐに思いつくが、重くて白いものといわれたら、どうだろう? 一方、軽くて白いものといったら、綿、雲などがすぐに思いつくが、軽くて黒いものといわれてもなかなか出てこない。
一般に重いものは暗い色のものが多く、軽いものは明るい色をしていることが多いようだ。そのせいか、色によって重さの感じ方が異なる。白い発泡スチロールは軽そうに見える。ところがそれを黒く塗ると重そうに見える。また、白い服を着ている人を見ると軽快な感じがするだろう。
日本大学の本田直氏らが、ものの色が持ち上げたときの重さの感覚に及ぼす影響について行った実験によると、同じ重さのものを持ち上げても、黒色のほうが白色より10~20%重く感じるという結果になっている。黒色の場合、見た目が重く感じるのは容易に想像がつくが、持ち上げても実際以上に重く感じるというのは不思議な気がする。
私たちの周囲には、例えば段ボール箱は、一般に茶色で中間的な明るさの色をしている。最近は宅配便の箱に白色のものも使われるようになっているが、これによって、運ぶ人がいくらかなりでも荷物を軽く感じるようになったのではないか。
視覚からの情報は、人が得る情報の80%を超えるともいわれる。視覚を遮ると他の感覚が鋭くなるといわれるが、そのせいか目を閉じているときは目を開けているときより同じものを持っても重く感じるので、実際に試してみてほしい。
感覚とは曖昧なもので、他の感覚からの影響を受けるのだが、特に視覚は他の感覚に大きな影響を及ぼす。ちなみに、カバンは黒い色のものが多く、特に通勤用のカバンは黒が主流だ。今度新しいカバンを買うときには明るい色のものにしてみてはどうだろう。通勤がいくらかでも楽になるかもしれない。
緑や青の手術着が負担を和らげる
病院というと白い色を連想させる。明るい色は清潔感を与える効果があり、医師や看護師のユニフォームも一般には白衣である。ところが、手術に関しては別だ。手術着や手術室の壁の色には緑や青が使われている。これは、なぜだろうか?
赤い模様をしばらく見つめた後、白いところに目を移すと、そこに青緑色の模様が見える。これが補色残像という現象だ。2つの色のついた光をある割合で混ぜると白くなる場合に、それらの2つの色の関係を補色という。
手術には出血が伴い、その術部は明るく照らされている。もし手術着や壁が白色だと、手術中の医師が血をしばらく見た後で手術着や壁に目を移すと、赤色の補色である青緑色がちらついて見えることになる。そうすると集中力が妨げられたり、疲労感を覚えたりすることになり、手術に影響が出かねないのだ。そこで壁や手術着を緑や青にして、補色残像が見えることを防いでいるのである。
また、医師や看護師は長時間、緊張感に包まれながら手術をしている。もし白い手術着だったら、そこに赤い血がついているのが見えると、さらに緊張感が高まり、精神的な負担も大きくなるだろう。緑や青の手術着には、それを防ぐ働きがあるのだ。
一方、緑や青は色そのものに緊張を和らげる効果もあり、これから手術を受ける患者の気持ちを落ち着かせてくれる。また、緑や青の手術着であれば、そこに血がついても黒く見える。赤色は赤以外の色の光を吸収し、青緑色は赤色を吸収する。2つの色が合わさることにより、すべての色の光が吸収されて黒く見えるのだ。これを減法混色(げんぽうこんしょく)と呼んでいる。
看護師のユニフォームも今は、ピンクや水色の明るい有彩色が使われるようになった。白は固い印象を与えるが、ピンクや水色は清潔感を保ちながら柔らかい印象をもたらす。最近ではさらに暗めの色も使われるようになり、患者に落ち着いた感じを与えているようだ。
色がスポーツ選手のパフォーマンスを変える
近年、陸上競技場のトラックが青いところが増えた。スポーツ用具やユニフォームなどにもさまざまな色が使われるようになってきた。そして、この競技ではこの色のボールのほうがスコアがよくなるとか、あの色のユニフォームのほうが勝率が高いなどといわれたりしている。本当に色によってパフォーマンスに差が出るのだろうか?
陸上のハードルの色は白と黒に塗り分けられている。この色を赤、黄、青、黄緑、オレンジ、緑などに塗った場合に記録がどうなるかを調べた実験がある(古藤高良「運動と色」体育の科学Vol.33-7,pp.520-522,1983)。小学4~6年生の男女で測定を行ったものだ。その結果、一部に例外はあったが、男女ともカラー化されたハードルのほうが記録はよくなった。理由ははっきりしないが、古藤氏は、ハードルの色を変えることで軽い感じを受け、高さに対する恐怖心が和らぎ軽快に飛び越えられたことが記録の向上につながったものと考えている。
ユニフォームの色が対戦ごとに抽選により決まる競技として、ボクシング、テコンドー、レスリングなどがある。2004年のアテネ・オリンピックでは、これら3競技において、赤いユニフォームと青いユニフォームで対戦した場合、赤のほうが、勝率が約10%高かったという結果が出ている(Russell A.Hill1 & Robert A.Barton1,Psychology:Red enhances human performance in contests.Nature 435,293,19 May 2005)。ただし、その後の大会では差がないという結果になった。
英ダラム大学とプリマス大学の研究チームは、ユニフォームの色と勝率の関係について、第2次世界大戦以降のイングランド・サッカーリーグの試合結果を分析した結果を報告している。それによると、赤、白、青、黄、オレンジのユニフォームの色別の勝率は、赤チームが最も高く、黄またはオレンジが最も低かったという。その理由の1つとして、赤い服を着るとテストステロンが多く分泌され、元気になるためであるとしている。
かつてプロ野球の古田敦也捕手が青色のキャッチャーミットを使っていた。ピッチャーが集中しやすいという理由のようだ。古藤氏らは、的の色と背景の色を変えて的に投球を当てる実験をしている。大学の硬式野球部員60名が参加した実験では、的が青で背景が黄色のときに最も高い得点を得た。この結果は、キャッチャーミットを青、プロテクターを黄色にするとコントロールがよくなることを示唆している。
このように、いくつかの実験が、スポーツ用具やユニフォームの色によってパフォーマンスに差が出ることを示しているのだが、差がないとする結果もいくつかある。色とパフォーマンスの関係が明確にならないのは、実際の競技において、色だけを変えて他の条件を等しくすることが難しいことによる。さらなる研究が待たれるところだ。
仕事やスポーツのパフォーマンスを変え、ダイエット効果にも影響。「映え」だって見せ方次第。なぜ色が見えるのかから、人の心理に与える影響、動植物たちが生きるために進化させてきた目と脳の秘密まで、最新科学をもとに説き明かす色の不思議な世界。
入倉隆著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)