「一対一対応の原則」は、経営を強くする。モノまたはお金と伝票が、必ず一対一の対応を保つこと。これによって、会社の不正を防ぎ、正しい経営判断が可能になるのだ。四半世紀にわたって売れ続けてきた『稲盛和夫の実学 経営と会計』(日経ビジネス人文庫)より、抜粋・再構成してお届けする。3回目は、アメリカでの経験なども含めながら、この強固な仕組みについて解説する。

「一対一対応の原則」とは

 経営活動においては、必ずモノとお金が動く。そのときには、モノまたはお金と伝票が、必ず一対一の対応を保たなければならない。この原則を「一対一対応の原則」と私は呼んでいる。

 これは一見当たり前であるが、実際にはさまざまな理由で守られていないのが現実である。たとえば、伝票だけが先に処理されて品物はあとで届けられる、これと逆に、モノはとりあえず届けられたが、伝票は翌日発行されるといったことが、一流企業と言われる会社でも頻繁に行われている。このような「伝票操作」ないし「簿外処理」が少しでも許されるということは、数字が便法によっていくらでも変えられるということを意味しており、極端に言えば企業の決算などは信用するに値しないということになる。

 実際、期末に苦しまぎれに売上を水増しする例もよくあると聞く。取引先に電話を入れて、「今期、売上がどうしても足りない。これこれの内容で十億円の売上伝票をこちらで立てるが、来期早々に返品を入れてもとに戻すので、よろしく」というような依頼をする。取引先とのつじつまだけ合わせて伝票を上げて、期末の売上を少しでもよく見せようというのである。このようなことが一度でもあると社員の感覚が麻痺してしまい、数字は操作できるもの、操作して当然のものと、考えるようになってしまう。

 その結果、社内の管理は形だけのものとなり、組織のモラルを大きく低下させる。数字はごまかせばいいということになったら、社員は誰もまじめに働かなくなる。そんな会社が発展していくはずがない。

不正を許さない、強固な仕組み

 「一対一対応の原則」とは、このような事態を防ぎ、発生したすべての事実を即時に認識し、ガラス張りの管理のもとに置くということを意味する。社内に一対一の対応を徹底させると、誰も故意に数字をつくることができなくなる。伝票だけが勝手に動いたり、モノだけが動いたりすることはありえなくなる。モノが動けば必ず起票され、チェックされた伝票が動く。こうして、数字は事実のみをあらわすようになる。

 この「一対一の対応」における要諦は、原則に「徹する」ことである。事実を曖昧にしたり、隠すことができないガラス張りのシステムを構築し、トップ以下誰もが「一対一対応の原則」を守ることが、不正を防ぎ、社内のモラルを高め、社員一人一人の会社に対する信頼を強くするのである。

 またこうすることにより、伝票の数字の積み上げが、そのまま会社全体の数字になり、それにもとづいた決算書が会社全体の真の姿をあらわすようになる。このように一見「一対一対応の原則」は非常にプリミティブな手法に見えるが、それを徹底させることによって社内のモラルを高めると同時に、社内のあらゆる数字を信頼できるものにすることができるのである。

「一対一対応の原則」を守ることが、不正を防ぎ、社内のモラルを高め、社員一人一人の会社に対する信頼を強くする(写真:Charlie’s/stock.adobe.com)
「一対一対応の原則」を守ることが、不正を防ぎ、社内のモラルを高め、社員一人一人の会社に対する信頼を強くする(写真:Charlie’s/stock.adobe.com)
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アメリカでの体験

 京セラ創業から3年目の1962年、私は初めてアメリカへ渡った。当時日本ではセラミックの市場はきわめて限定されていたので、私は最先端のエレクトロニクスや半導体の産業が大きく発展しつつあったアメリカで、どうしても自社のセラミック製品を売りたかった。最初はまったく注文も取れずたいへん苦労したが、1968年には、後に半導体産業のメッカとなったシリコンバレーの近くにある、カリフォルニアのサニーベイルというところに営業所をつくり、現地での仕事を始めることになった。そのとき、それまで本社で貿易部長をしていた海外経験豊富な上西さんに、入社したばかりの若い社員をつけて、アメリカ駐在員として赴任してもらった。

 その当時の新入社員が、現在京セラ専務の梅村君である。上西さんは英語が堪能だが、会計は何も知らない。梅村君は理工系出身であり当時英語もしゃべれなければ、会計の知識もなかった。そこで、サニーベイルに事務所をつくったとき、サンフランシスコにいた日系二世の公認会計士に経理を指導してくれるように頼んだ。伝票処理をするのは梅村君の役目だったが、なかなかうまく覚えられず苦労していたようだ。

 私もそのころまだ会計のことをあまりよくわかっていなかったので、アメリカへ出張した際、「一緒にスタンフォード大学の図書館に行って経理の勉強をしてみよう」と思い立ち、梅村君を誘ったことがある。サンフランシスコ郊外にあるスタンフォード大学の図書館に行ってみると、面白いことに難解な専門書だけでなく八百屋の店主が簿記をつける方法というようなわかりやすい本まで置かれていた。まさに実学の国アメリカであると思い、二人で一緒に基礎から経理の勉強をしたことを覚えている。

 やがて、幸いアメリカでの仕事も順調に行き始めた。ちょうどシリコンバレーの半導体産業の勃興期で、当時最大の半導体メーカーであり、その後半導体産業の飛躍的な発展の母体となったフェアチャイルド社からの注文が増加していた。梅村君も営業活動や製品の発注と納品管理さらには経理と、超人的な働きで、一人ですべてをこなしていた。

間違った対応は経営判断を誤るリスクも

 駐在員事務所が発展して現地法人となった直後に渡米した私に、梅村君はいさんで「社長、順調に行き始めました。上西さんも大変喜んでいます」と言う。事実、半期ごとで見れば、順調に売上も、利益も伸びていた。ところが、月次決算を見ると、大赤字を出したり、大黒字を出したりしている。

 私は、「こんなことがあるわけないではないか。一対一の対応でなければならない、と言っているでしょう。ある月はこれだけ売ってこんな赤字が出て、翌月は同じような売上でこんな黒字が出るというのはおかしい。どうなっているんだ」と聞いた。

 しかし、梅村君は「いや、公認会計士の言う通りにやっています。確かにこうなるんです」と言う。そんなバカなと中身を調べてみたら、やはり、一対一の対応ができていない。実際の処理は次のようになっていた。

 顧客であるフェアチャイルド社にせかされて日本から製品を航空便で送る。サンフランシスコの空港に着くと、すぐに乙仲業者が荷揚げをし、税関を通して、サニーベイルの事務所に届ける。梅村君はフェアチャイルド社から「早く品物をくれ。今すぐ必要だ」と矢のような催促を受けているから、とにかく急いで持って行く。そのときにきちんと売上伝票も起票する。

 ところが、日本の京セラからこのサニーベイルにある現地法人宛の出荷請求書類である「船積書類」は、銀行経由で一週間くらい遅れてアメリカへ届く。そのとき初めて、それにもとづいて梅村君は仕入れを計上する。結局、彼はアメリカでは売った製品の仕入伝票処理をしないまま、売上伝票を上げていたわけである。だから、月末にドッと日本の工場から製品が届き、それを顧客に納めたら利益が大きくなるのだが、一週間後に仕入れが立つと翌月に大赤字が出る。こうして月々の利益が大きく変動していたのである。このことを指摘すると梅村君は、どうしても銀行経由の「船積書類」が届いて支払いが確定しないと仕入処理ができないという。

 それはその通りだが、「一対一対応の原則」は必ず守らなければならない。そのためには、モノが入ったときに必ず仕入れの伝票処理ができるよう、モノが入荷した際に仕入伝票を起こして京セラに対する買掛金を計上すること。その後、銀行から「船積書類」が届いたときに、仕入伝票とそれを突き合わせて、買掛金を銀行に対する支払債務に振り替えること。この二点を、梅村君に指示した。

 個々の取引の処理は忠実にできているように見えても、売上と仕入れが一対一の対応になっていないために、この例のように利益が売上実績に結びつかない変動を毎月繰り返している場合がある。いくら経理が一生懸命やっていても、一対一の対応で正しく処理されていない月次決算をつくっていては、間違った数字にもとづいて経営判断をしていることになり、会社の舵取りを誤る恐れがあるのだ。

※肩書は出版当時のもの。
会計がわからんで経営ができるか!

バブル経済に踊らされ、不良資産の山を築いた経営者は何をしていたのか。儲けとは、値決めとは、お金とは、実は何なのか。ゼロから経営の原理と会計を学んだ著者の会心作。

稲盛和夫著/日本経済新聞出版/576円(税込)