組織を率いる管理職の立場になると、成果や効率だけでなく、「人をどう動かすか」「どう変化を起こすか」といった悩みに直面することが増えていきます。かつて通用したマネジメントやトップダウンの指示が、今や“使えない”ものになりつつある時代。これからの管理職やリーダーに求められるのは、一人ひとりの思いや言葉を引き出し、新しい価値やイノベーションへとつなげる力です。
 そこで今回は、これからの時代の「マネジメントに役立つ、思考のフレームワーク」を学べる5冊を、荒木さんに選んでもらいました。

従来の管理主義にはない、組織が成長する原動力

1. 『冒険する組織のつくりかた』(安斎勇樹著、テオリア)

 僕らが日常的に耳にする「ターゲット」「競争戦略」「シェア奪取」といった言葉。実は、軍事用語に由来していることをご存じでしょうか。これらはもともと、“相手の領土を奪う”という発想に根ざした言葉であり、その考え方がビジネスの世界でもごく当たり前に浸透しています。組織づくり支援のプロでもある著者の安斎勇樹さんが、この「軍事的世界観」から抜け出して、組織を「冒険的世界観」に変えていこう! と伝えるのが、この『 冒険する組織のつくりかた 』です。

『冒険する組織のつくりかた』(安斎勇樹著、テオリア)/画像クリックでAmazonページへ
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 ここでいう「冒険的」というのは、単に自由気ままということではなく、好奇心を原動力に問いを立て、未知の可能性を探求していく姿勢のこと。そのカギとなるのが、「目標のレンズ」「チームのレンズ」「会議のレンズ」「成長のレンズ」「組織のレンズ」という“5つの冒険的レンズ”です。
 例えば、旧来型の軍事的世界観の組織では、“行動を縛る指令”が前提にあります。「あれをやれ」「これをやれ」と、明確な指令が与えられている状態こそが良いとされてきたのは、指令が明確であればあるほど、人を管理しやすくなるから。ここで、冒険的世界観における1つめの「目標のレンズ」では、あらかじめ答えを示すのではなく、好奇心をかき立てる問いに置き換えることを提案します。「なぜ?」「どうして?」といった探究心を促す問いこそが、組織を冒険的な方向へと導くのです。

 安斎さんは、そのほかの4つのレンズでも、軍事的世界観から冒険的世界観への転換を呼びかけています。
■目標のレンズ:行動を縛ってノルマを課すのではなく、好奇心をかき立てる問いへ
■チームのレンズ:機能別の編成部隊から、互いの個性を生かし合う仲間の集まりへ
■会議のレンズ:前例の踏襲や意思決定だけの場から、会話と価値創造の場へ
■成長のレンズ:望ましいスキルや行動の習得から、新たなアイデンティティーの探求へ
■組織のレンズ:事業戦略を実現するための手段から、人と事業の可能性を広げる土壌へ

 本書は、この5つを組織にインストールすることで、旧来型の管理主義から抜け出し、「冒険する組織」へとかじを切ることができると説きます。
 僕自身、さまざまな組織のマネジメント層と話す機会が多いですが、その中で必ずといっていいほど聞くのが、「これまでのやり方が通じなくなっている」という悩みです。若手に目標を与えて、成果に応じてにんじんをぶら下げ、“お尻”をたたく。そんなやり方では、もはや人は動かず、むしろ離れていく時代です。けれど、「では代わりにどうすればいいのか?」という問いに、多くの組織が答えを見いだせずにいるのが現状です。
 冒険的世界観の組織づくりは、軍事的世界観に染まりきった世代にとって、これまで使ったことのない“筋肉”を動かすようなもの。やり方を変えるには勇気がいりますが、だからこそ本書のフレームワークは、これからの時代にマネジメントを担う人たちにとって、確かな道しるべになるはずです。

イノベーションは個人の「暗黙知」から始まる

2. 『知識創造企業(新装版)』 野中郁次郎著、竹内弘高著、梅本勝博訳、東洋経済新報社

 1995年に刊行された『 知識創造企業 』は、30年たった今もなお多くの企業に影響を与え続ける名著であり、野中郁次郎先生(2025年逝去)が提唱した「SECIモデル」は、組織が知識を創造し続けるための基本的な枠組みとして、世界中で引用されてきました。

『知識創造企業(新装版)』 野中郁次郎著、竹内弘高著、梅本勝博訳、東洋経済新報社/画像クリックでAmazonページへ
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 「SECIモデル」は、共同化(Socialization)→表出化(Externalization)→連結化(Combination)→内面化(Internalization)のサイクルで構成されます。その出発点にある「共同化」は、個人が持つ“暗黙知”を、グループ全体の暗黙知へと広げていくプロセスです。暗黙知というのは、言葉にしにくい感情や直感、経験知のこと。野中先生は、イノベーションとはまさに、この暗黙知から始まると説きます。

 多くの組織では、経営層の形式知、つまり「こうすべきだ」という明文化された方針から物ごとが動き出します。ですが、野中先生が強調するのはその逆です。一人ひとりの「なんとなく違う気がする」「これ面白いかもしれない」といった感覚、その小さな芽をすくい上げて組織全体で共有することが、知識創造の第一歩になるというのです。これは、先ほど紹介した安斎さんのアイデア、「冒険的世界観」にも通じるものがあります。
 野中先生は、この「共同化」のプロセスを一人称→二人称→三人称へと進化させるものとして説明しています。個人の内面にあるモヤモヤ(一人称)を、仲間との対話を通じて言語化し(二人称)、やがて組織として公式に認められる知識(三人称)へと昇華させる。この循環こそが、組織を継続的に成長させる原動力になる。

 現代の組織では、コストや人員の制約、発言しづらい空気などによって、この暗黙知が共有される前に消えてしまうことも少なくありません。けれど、野中先生が1980年代から一貫して主張してきたように、真にイノベーティブな発想は、現場で働く“個人の感覚や経験”から生まれるものです。
 だからこそ、個人の暗黙知をマネジメントの都合で握りつぶしてはいけないし、組織が封じ込めてしまってもいけない──そんな警告を、あらためて突きつけてくれるフレームワークだと思います。

失敗は3種類 悪い失敗もあれば、賢い失敗もある

3. 『失敗できる組織』 エイミー・C・エドモンドソン著、土方奈美訳、早川書房

 次に紹介するのは、「心理的安全性」の提唱者として知られるエイミー・C・エドモンドソンが今年、出版した『 失敗できる組織 』。本書では、「失敗」を「基本的失敗」「複雑な失敗」「賢い失敗」の3つに分類するフレームワークが示されています。

『失敗できる組織』 エイミー・C・エドモンドソン著、土方奈美訳、早川書房
『失敗できる組織』 エイミー・C・エドモンドソン著、土方奈美訳、早川書房

 多くの組織は「失敗は悪いことじゃない」「失敗を恐れるな」と言いますが、それではあまりにも“失敗”の解像度が低すぎやしないか? というのが、本書の問いかけです。なぜなら、組織には“歓迎できない失敗”が確かに存在するから。そして、失敗への解像度が低い組織は、現場とマネジメントの間でコミュニケーションの齟齬(そご)が生まれてしまいます。

 では、本書が言う「基本的失敗」とは何か。これは、知識が確立されていて、不確実性の低い領域でのミスを指します。例えば、何度も経験している業務で同じ確認漏れを繰り返すなどは、予防可能な失敗というわけです。
 2つめの「複雑な失敗」とは、知識は確立されているものの、予想外の外部要因や複数の変数が絡む失敗のこと。天候による航空機の遅延や、複雑な工程での偶発的トラブルなどが該当します。学習や工夫で減らせる余地はあるものの、完全な予防は難しい領域です。
 3つめの「賢い失敗」は、知識が限られていて、不確実性が高い状況での挑戦で起こるミス。前例のない新規事業や実験的な取り組みなど、やってみなければわからない失敗と言えます。本書では特に、この「賢い失敗」を組織内で共有することで、形式知化することの大切さを強調しています。これは一つ前に紹介した、野中先生が言う「共同化」の作業でもあると感じます。

 ここで、僕の失敗談も少しだけ紹介しましょう。10年以上前にグロービス経営大学院で「オンラインMBA」を立ち上げたときのことです。授業ツールとして使っていたウェブ会議システムが突然落ち、授業が提供できなくなって青ざめたことがありました。当時はまだ世の中にオンライン授業のノウハウがほとんどなく、いわば“予測不可能”なアクシデントだった。けれど僕はその失敗の経験から、代替手段やツールの限界、受講生の反応や必要な対応について、多くのことを学ぶことができました。
 こうした知見は、“新しい取り組みへの挑戦で失敗した”からこそ得られたもの。手前みそですが、「賢い失敗」だったと言える。そして、その経験を公開・共有することは、個人という枠を超えて組織全体の資産にもなり得ます。

 片や、慣れた業務での“凡ミス”や、“毎日遅刻する”といった「基本的失敗」は、繰り返さない仕組みづくりが欠かせません。このように失敗の質を見極め、切り分けられてこそ、組織に健全な“失敗文化”が根づく。この本で紹介されているフレームワークは、その見極め方を具体的に提示しつつ、「失敗」という曖昧な言葉を、組織の成長を加速させる燃料へと変えるすべを教えてくれるはずです。

「組織を動かす」とは何か? を理解する

4. 『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』 クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、玉田俊平太監修、翔泳社

『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』 クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、玉田俊平太監修、翔泳社/画像クリックでAmazonページへ
『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』 クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、玉田俊平太監修、翔泳社/画像クリックでAmazonページへ

 以前、この連載で「 『経営戦略』のビジネス名著 」として紹介した、クレイトン・クリステンセンの『 イノベーションのジレンマ 』。今回は、マネジメントの視点でこの名著を紹介したいと思います。
 本書ではイノベーションを「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」の2種類に分類しています。前者は、既存製品やサービスの性能向上、改善を積み重ねるもので、多くの企業が日常的に取り組んでいる領域です。後者は、既存市場を根本から揺さぶる新しい技術やサービスを生み出すもので、しばしば既存プレーヤーが軽視していたローエンド市場から始まります。

 ジレンマが生じるのは、「持続的イノベーション」で成功している企業ほど、「破壊的イノベーション」に対応しづらくなる点にあります。既存顧客の声に耳を傾け続けるあまり、より高機能かつ高品質な製品づくりを追求するようになり、やがて「過剰品質」に陥ってしまう。例えば、スマートフォンの画面や解像度は、多くのユーザーにとって既に必要十分なのに、「黒の深みが違う」「スクロールがより滑らか」といった、ニッチな高品質化を追求していく――まさにそんな状況です。

 その一方で、品質は劣るものの、価格や利便性に優れる新興サービスや製品が現れ、当初は無視されていた市場から徐々にシェアを奪っていくことも珍しくありません。これが、「破壊的イノベーション」の典型的なパターンです。
 この場合の仕掛け人の多くは競争環境の外側にいたプレーヤーであり、既存のリーダー企業はその土俵を変えることができません。長年築いてきた事業構造やブランド戦略が、柔軟な方向転換を邪魔してしまうからです。著者のクリステンセンは、こうした事態を防ぐには、声の大きな既存の顧客だけでなく、ローエンドかつ少数派の存在に目を向けることの重要性を説きます。

 既存の組織が、まだ言語化されていない「暗黙知」に耳を傾け、「賢い失敗」を選び取り、「破壊的イノベーション」に挑むために必要なことは何か? 今の自社のサービスや製品は、本当に顧客の本質的な価値に応えているのか? ――そんな問いを鋭く突きつけてくる本書は、これまで紹介してきた『失敗できる組織』や『知識創造企業』と特に親和性が高く、併せて読むことで“組織を動かすとは何か?” についての本質的な理解が一層深まるはずです。

「複雑さを受け入れる」と見える新たな発見

5. 『スマホの中の子どもたち』 エミリー・ワインスタイン著、キャリー・ジェームズ著、豊福晋平訳、水野一成解説、日経BP

 SNS依存、さらし上げ、過激な承認欲求…。この『 スマホの中の子どもたち 』は、スマホ中毒になった子どもたちの実態を、当事者らへのインタビューを通じて描き出します。

『スマホの中の子どもたち』 エミリー・ワインスタイン著、キャリー・ジェームズ著、豊福晋平訳、水野一成解説、日経BP/画像クリックでAmazonページへ
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 スマホやSNSが生み出す課題は、親世代も感覚的には理解しています。そこで多くの大人がとる行動は、スマホを取り上げる、利用時間を制限する、といった分かりやすい対処でしょう。しかし、この本の著者たちは、「それではうまくいかない」と断言。子どもたちとデジタルの関係をより良いものにするために必要なのは、制限ではなく“対話”だと言います。本書では、そのための3つのフレームを提示しています。

 1つめは、「決めつける」のではなく、「問いかける」こと。「SNSは悪い」「ゲームは無駄」と決めつけずに、「何が面白いの?」「どんなところが好き?」と問いかける。
 2つめは、「あきれる」のではなく、「共感を示す」こと。例えば、長時間スマホをいじっていることに眉をひそめる代わりに、「このキャラクター、よくできてるね」といった共感の言葉をかける。
 3つめは、「戒め」だけでなく、「複雑さを受け入れる」こと。「やめなさい」ではなくて、なぜそのアプリやサービスがやめられないのか、その背景や人間関係といった、複雑な構造を理解する。

 これら3つは、スマホ中毒に陥る子どもと親との関係づくりに限らず、組織や顧客との向き合い方にも通じる考え方だと思います。顧客や若い世代の行動を、先入観で評価したり、あきれて突き放したりせず、「なぜそうなるのか」を問い、共感し、その背景の複雑さを理解する。そこには、新しい発見や改善の糸口が隠れているかもしれません。これは、先ほど紹介した『イノベーションのジレンマ』に描かれた、破壊的イノベーションの起こし方にも通じる話です。

 本書は、デジタル時代を生きる子どもたちのリアルな姿を知る手がかりであると同時に、組織として他者理解を深めるための、普遍的なフレームワークを教えてくれる一冊です。

取材・文/金澤英恵 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集) 編集協力/山崎綾