組織の持続的発展のために必要な変化は、どうすれば生み出していけるのか。『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』の著者で経営学者の宇田川元一氏は、今求められるのは経営危機に対処する有事の改革ではなく、いわば「組織の慢性疾患」への変革、つまり、平時の改革であると強調する。同書の抜粋・再構成をもとに、その理由に迫る。(文中は敬称略)

今必要な企業変革とはどういうものか

 よく読まれている企業変革論に、三枝匡著『 決定版 V字回復の経営 2年で会社を変えられますか? 』(KADOKAWA) とジョン・コッター著『 企業変革力 』(梅津祐良訳/日経BP)という2つの作品がある。

 三枝の著作は、経営危機に陥った企業の再生を描いたベストセラーで、危機的な状況にある企業がV字回復をいかにして成し遂げるかを小説として描いたものだ。経営危機に直面しながらも責任を引き受けようとしない経営層、改革チームの血の滲(にじ)むような努力、社内で生じる反発、それを突破して再生を成し遂げていく主人公たちの様子が生き生きと描かれ、その迫力に思わず引き込まれてしまう傑作である。

 読み物としての面白さに加え、実際に何度も企業再生に携わってきた著者ならではの鋭い視点で描かれる変革の要諦に、この気概で企業変革を行うことが大切なのだと、熱い思いとともに読まれた方も少なくないだろう。

 事業の環境適応力が著しく落ちた状況下で、問題を特定し、環境への適応不全の部分を削り、自社資源で適応可能な部分を残す。そして、そのための事業戦略を策定し、実行する。この本を読むと、まるで腕の良い外科医の手術を見ているような気分になる。

 企業が再び環境に適応するには、問題を分析し、戦略を再構築していかなければならない。それには相当な知力・体力を必要とするが、同書に描かれるような状態の企業にとっては不可欠な変革への取り組みである。

 しかし、繰り返し読むうちに、私はいくつかの点で小さな違和感を覚えるようになった。この本が前提とする状況と、今、多くの企業が直面している問題状況との間に隔たりがあるように思えたのである。

 その違いを一言で述べるならば、今、多くの企業は、喫緊の企業再生が必要なほど、業績は悪化していないということである。そのため、自分たちの会社の置かれている状況について、『V字回復の経営』で書かれているほど、明確な問題意識を持っていない。

 『V字回復の経営』では、経営危機に陥った会社が題材として取り上げられる。すなわち、経営危機であるという認識は企業内に明確にあり、変革についてのコンセンサスも一定程度構築されている。そこでは事業再生の手法や進め方について異論が出たり、経営危機のレベルに関する状況認識に程度の差は見られたりするものの、変革しなければ経営破綻に至ることは避けられない。

 人間の健康状態に置き換えて考えてみると、これは急性疾患のような状況であり、そこで求められるのは、手術をしなければ死を意味するような状況での必死の変革である。

試行錯誤のプロセスこそが企業変革

 一方、今日の日本では、必ずしも経営危機の企業だけが変革を必要としているわけではない。むしろ、足元の業績はさほどひどい状況にはない企業が多いだろう。経営危機に直面した企業ほど明確な問題認識が形成されてはいないが、緩やかに迫る死を感じながら変革をせねばならないという感覚である。

成果につながるかどうかも分からないこの試行錯誤の過程こそが企業変革である(写真:wheeljack/stock.adobe.com)
成果につながるかどうかも分からないこの試行錯誤の過程こそが企業変革である(写真:wheeljack/stock.adobe.com)
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 これは危機感が足りないからであろうか。いや、おそらくそれとは別次元の問題である。

 例えるならば、長年の生活習慣によって慢性疾患にかかり、徐々に健康を喪失していくような状態である。このような企業は、ただちに事業の選択と集中を必要とするわけではない。そのような状態でいきなり外科手術を行えば、かえって健康を損ねることになるだろう。

 だが、その一方で、経営危機ではないが変革を必要とする企業は、緩やかに、しかし確実に生じる悪化の問題に対処しなければならない。この問題を放置すれば、いつか三枝も指摘するような経営危機に至るだろう。現段階で、環境と自社能力との適応度合いを見れば、事業存続が困難ではなくとも下がり続けている状態か、もしくは、一定の適応関係を構築できてはいるが、将来的に喪失することが確実に見通せる状態にある。

 それは同時に、新たな事業や経営の方向性が構築されず、環境への適応可能性が確保できない状況でもある。長期的に見れば危機であるものの、すぐに大改革をしなければ事業継続が困難になるほどには、問題の中身が明確ではない。

 緩やかな衰退局面にある企業が、経営危機に陥る前に、事業ポートフォリオや事業ドメインを変え、長期的な成長をかなえられるようにすること。そのために、自ら考えられず、実行できないとう構造的無能化の状態から抜け出し、未来への適応力を身に付けていくこと。これが、事業再生ではない、もう1つの企業変革の目指すところである。

 そして、これはかなり複雑性の高い状況でもある。なぜなら、問題が明確ではなく、個々に現れる問題が複雑に絡み合っているため、何を変革すればよいか、一概には判断できないからである。

 もちろん、事業領域を拡大するには、トップが戦略を示したり、新規事業開発を進めたり、あるいは、既存事業の改革で成し遂げられることが分かっている場合は、それを実行すればよいと考えるのはある程度正しいだろう。

 しかし、実際は、なぜそれが進まないのかは明らかではなく、その原因も複雑に入り組んでいる。この複雑に入り組んだ問題を紐解(ひもと)きながら、試行錯誤を繰り返すこと。成果につながるかどうかも分からないこの試行錯誤の過程こそが企業変革であるというのが、私が述べたいことである。

デビュー作『他者と働く』で異例の大反響を呼んだ注目の経営学者が、「構造的無能化」という独自のキーワードをもとに、今、多くの企業が直面する複雑な問題のメカニズムを丁寧に解き明かし、状況打開への道筋を示す、まったく新しい企業変革論。

宇田川元一著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)