組織の持続的発展のために必要な変化を、私たちはどうすれば生み出していけるのだろうか。『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』の著者で経営学者の宇田川元一氏は、変革の第一歩である組織の自発性を生み出す一つの有効な手段として、「対話」を挙げる。変革の推進者と実行者が「ともに課題に取り組む者」という関係性を構築するために必要なことを、同書の抜粋・再構成をもとに考える。

組織が変わらないという問題

 組織が「変わらない」という問題を考えてみよう。これは、戦略を構築したり新たな変革上の施策を打ち出したりしても、それが実行部門で積極的に実行されないという問題である。こうした状況に対し、施策の推進者側が、現場の理解不足や施策の浸透度の問題だと考えてしまうことはよくある。そして現場の理解を進めるために様々な取り組みが行われる。

 例えば、近年盛んに行われるようになった1on1やエンゲージメント・サーベイなどの取り組みが、現場で積極的に受け入れられないことがある。そこで数値目標を設定して状況改善を促そうとするのだが、面従腹背が横行し、アリバイ的な実施にとどまったり、問題の多い現場ほど協力的でなかったりする。

 このような場面では、施策への理解を深めるために、丁寧に会話をしていくことを「対話」と呼んで実行させようとすることがある。だが、よく観察してみると、この構図は対話と呼ぶにはふさわしくないものだ。

 なぜなら、施策の是非については議論の余地はなく、それを一方的に理解させるための場という前提に立っているからだ。つまり、推進部門にとって、施策を実行する側の事業部門は変革施策を実行するための1つの道具であり、そこに個別性や複雑性を見いだそうとはしていないのである。

 もちろん、1on1やエンゲージメントなどの取り組みを通して、上司と部下で会話をしたり、会社の仕事を通じて成長の実感が得られたりすることには一定の意義があるだろう。しかし、何より大切なのは、そうした施策が、なぜ自分たちが望むような形で実行されないのか、なぜ現場が自発性を持たないのか、いつ頃からそういうことが起き始めたのかを考えることである。

 それが分からない場合は、その分からなさの中にこそ、変革の鍵があると考えるのが望ましい。

 現場には施策を実行できない何らかの理由があるのかもしれない。双方の見ている世界が異なるのに、その違いを踏まえずにどんなに施策を推進しようとしても、現場は不満を募らせるだけだろう。このような場合は、意味の押しつけをせず、実行部門の人々の世界を知ろうと努め、彼らの言語(ナラティヴ)で、自分たちが進めようとしている施策を捉え直す必要がある。

 「考える私と実行するあなた」という関係から、「ともに課題に取り組む者」という関係性をいかに構築していけるか。そこには推進者も実行者とともに変わらなければならないという痛みが伴う。しかし、双方に存在するこの痛みに向き合い、乗り越えていこうとすることこそ、対話をするということであり、変革に必要な道筋である。

 機会を捉え、戦略を考え、自発性を持って実行する。完璧ではなくても、こうした地道な実践を続けていくことが、企業の未来を作っていくはずだ。

顧客の視点で自事業を捉え直す

 企業変革を妨げる「変わらない」という問題を乗り越えるには、まず、目の前で起きている問題を紐解(ひもと)くところから始めなければならない。そのために一つの有効な手立てとなるのが「対話」である。

 ドラッカーに強く影響を受けた同時代人に、セオドア・レヴィットというマーケティング論の大家がいる。彼の「穴あけドリルを買う人は、ドリルがほしいのではなく、壁の穴がほしいのだ」という主張をご存じの方もいるかもしれない。

 この言葉が意味するのは、顧客は壁の穴を開けるという目的のために、ドリルという手段を購入しているということである。つまり、ドリルを使わずに壁の穴が開けられたり、穴を開けなくても目的がかなえられたりするならば、顧客はそれを選択するだろう。

 これは、企業は顧客がなぜ自社の製品やサービスを購入するのかをよく考え、事業ドメインを再考していかなければならないということを述べた、経営戦略論やマーケティング論のテキストでも度々登場する有名な議論である。

答えの見えない領域へと歩みを進めることこそ、変革の第一歩と言えるだろう(写真:mraoraor/stock.adobe.com)
答えの見えない領域へと歩みを進めることこそ、変革の第一歩と言えるだろう(写真:mraoraor/stock.adobe.com)
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 彼の「マーケティング近視眼」という論文の冒頭には、米国の鉄道の衰退に関する興味深いエピソードが紹介されている。第2次世界大戦後、米国では航空機や自動車の普及とともに、鉄道は衰退の一途をたどる。その理由について、「鉄道事業者が提供しているのは鉄道事業であり、輸送手段を提供しているとは考えなかったからだ」と彼は指摘する。

 では、鉄道事業者はなぜ、自分たちが顧客に輸送手段を提供しているとは考えなかったのだろうか。それは、顧客の視点で自社の事業を捉えることがなかったからだとレヴィットは述べる。

 鉄道事業者は、鉄道運行の改良は怠らなかったが、顧客の視点で自分たちの事業を見ることをしなかった。もしそれを実現できていれば、移動手段という観点から、鉄道以外の事業を検討できたかもしれず、あるいは、鉄道事業で構築された知識や技術を、別の形で事業化できたかもしれない。だが、鉄道事業運営という視点のみで自分たちの事業を捉えている限り、こうした考えには至らない。

 鉄道事業に携わる多くの人々が、自分は鉄道事業を熟知したプロフェッショナルであるという自負を持っていただろう。それ自体は大切なことである。しかし、このエピソードが示すのは、鉄道事業の背後にある顧客の課題に気づくことの大切さである。果たして、どれだけの人々が、自分たちは顧客のことを分かっていないということに、目を向けられていたであろうか。

 顧客の課題や社会にある様々な課題について、自分たちはよく分かっていないという事実に目を向けること。それは、自分や自組織の弱さを受け入れることであり、その過程は少なからぬ痛みを伴うだろう。その痛みは、自分の精神的な痛みだけではなく、組織の混乱や対立といった形で表れることもあるかもしれない。

 変革に伴う痛みは、自分たちが直面する課題に対し、自分たちは答えを持たないという事実を認めざるを得ないことで生じる。しかし、そのことに耐えなければならないときもある。より複雑な問題の正体が見えてくるまで、複雑さを抱えていかなければならないこともあるだろう。そうした答えの見えない領域へと歩みを進めることこそ、変革の第一歩と言えるだろう。

デビュー作『他者と働く』で異例の大反響を呼んだ注目の経営学者が、「構造的無能化」という独自のキーワードをもとに、今、多くの企業が直面する複雑な問題のメカニズムを丁寧に解き明かし、状況打開への道筋を示す、まったく新しい企業変革論。

宇田川元一著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)